読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

青春とは個人差?〜堀田きいちさんの「君と僕。」完結に寄せて

 夏、長いですね。結構前に夏といえばロケットと死体探し、なんて言ってた時にはまぁすぐに秋になるだろうとたかをくくっていたんですが、まだまだ夏の六合目みたいな雰囲気です。

 夏というと思い出されるのが、夕方に涼しい部屋から3駅離れた高校に行き、日が暮れた頃にラグビーの練習が始まり、20時頃にグランドを撤収し22時頃にようやく家に帰り着くという懐かしの部活生活です。


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ジョジョの奇妙な冒険第一部1巻より。この辺の立ち位置でした。

 私の通っていた高校は複数のコースがあり、他のクラスと交流ができるのが唯一部活だったのですが、そうなると練習の後にスーパーで買った1.5リットルのサイダーをラッパ飲みしながら互いの将来について漠然と話したりしたものです。今考えるとほとんど蛮族ですね。当時の悩みの大部分は目の前の部活のプレイスキルのことでしたが、部活以外にもそれなりに将来に関する漠然とした不安を感じてはいました。そんなとき、こういう風に生活したいと思わせてくれたのが堀田きいちさんの「君と僕。」でした。

2003年にスクウェア・エニックスのガンガンで連載を開始し、2015年に休載し、2019年に連載再開、つい先日最終巻が出て大団円となりました。

最終巻。

 物語はというと

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容姿の良い双子の祐希と裕太


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成績が良く、真面目な要(かなめ)

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ドイツ人と日本人のハーフでお調子者の千鶴。

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ほわほわとした女の子みたいな男の子、春
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気難しい後輩の女の子メリー(あだ名)

 

彼らの高校生活を巡る群像劇です。基本的にはコミカルな掛け合いを楽しむお話と思って頂いてまったく問題無いです。
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教師も積極的に弄り倒す。

 

 本作の魅力は、仲がよく、常に一緒に居るメンバー同士のかけあいと関係。そして、常に一緒にいるとはいえそれぞれがどのような考え方をしているのか、個人としてどんな体験をしているのかは別々であり、それを俯瞰して見られる点です。先程、妻に「高校時代にろくに恋愛してないやつが高校の恋愛を語るな気持ち悪い。」と言われ、非常に悲しい気持ちになりましたが、高校時代の恋愛エアプ勢の私が特に好きでおすすめしたいのは、君と僕。の4巻に収録されている話で、アニメが好きで基本的にやる気のない双子の弟、祐希と食堂のお姉さんを巡るエピソードです。f:id:sannzannsannzann:20220820192234j:image

食堂のお姉さん。

 

 祐希はお姉さんの持つパン(のシール)を目当てでにお姉さんに声をかけ、

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交渉までやる気がない。

 

祐希もお姉さんも共通して同じシールを集めていたことから、ちょっとした顔見知りになります。f:id:sannzannsannzann:20220820192521j:image

大人の余裕。今だと金額はともかくこんなに食えないのではと思わなくもない。

 

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シールを譲ってはもらえないものの、祐希は食堂の掃除をすることでシールを貰う契約をします。掃除を繰り返すうちに、お姉さんが元々美容師であり、復職を考えていることを知ります。f:id:sannzannsannzann:20220820204316j:image

精一杯。

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人にあまり興味を持たなかった祐希が自分なりに想いを伝え、恋愛に至ってはいなくとも互いに意識する姿が見ていてやきもきします。仲良しグループは「シールを集めたい、でも毎日パンを食べるのは辛い」という祐希のわがままに付き合って、毎日誰か一人がパンを食べ、残りは学食を食べるというわちゃわちゃとした仲の良さも微笑ましいですし、そんな中周りには知られず一人でお姉さんと恋愛未満のやり取りをする祐希が見ていてぐっときます。


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人から見ると単なる剥がれかけでも個人としては思い入れのあるシール。

 結局どんなに仲が良くても24時間一緒にいるわけではないので、共通の思い出とは別に様々な個人的な体験が有るわけです。グループとしての青春と個人としての青春、どちらもバランスよく描いている素敵な作品です。ちなみに私は高校時代、このエピソードに憧れてシール集めてみました。しかし、ラグビー部で遠征に行った際に立ち寄ったコンビニで、先輩や後輩がゴツメめのミックスグリル弁当とかについてた5点とかのシールをくれ、一瞬で集まりました。憧れていたのとは大分違う感じの青春でした。

 話が逸れましたが、そんな「君と僕。」。完結巻では彼らの卒業まで描かれているのですが、その直前に、あまり内心が描かれて来なかったキャラクターに光が当たります。他のキャラクターから見た姿と個人が内心で思っていることはギャップがあります。その内心に一瞬光を当てたことで物語として、個人を描いた作品としての完成度が増した気がします。

 それにしても、16歳のときに初めてこの本を手にとって以来こちらだけ一方的に歳を取ってしまいました。私はもうすぐ30になりますが、完結に際して全巻読み直し、彼らの青春を通して自分の青く傲慢な時代を思い出しました。良くも悪くも少年時代は記憶に残るものです。彼らの青春を通して自らの高校時代に想いを馳せるのも良いかもしれません。

 

研究者になろう!〜喜嶋先生の静かな世界

以前、弊ブログにおいて、京極夏彦さんのどすこいを紹介しました。文系の極みの様な大御所ミステリー作家を捕まえて何故代表作である京極堂シリーズではなく、力士が暴れる珍短編集を扱ったのかは過去の記事を参照していただくとして、その過去記事でも若干ふれた理系ミステリの大御所、森博嗣さんの著作を紹介したいと思います。


 森博嗣さんといえば、講談社メフィスト賞の第一回を「すべてがFになる」で受賞して以来、多数のミステリィ小説やファンタジー小説を執筆されてきました。

その作品は、随所に専門用語等を含んだ理系チックかつ詩的な文体が特徴で、御本人のカタカナの使用法から「森ミステリィ(ミステリーではない)」と呼ばれています。理系というとまるで人情味が無いような冷徹さがイメージされたりしますが、まぁ多分にそういうイメージ通りな部分もあるんですが、プログラムのような冷静な人格に感情をちょっとトッピングしているような人物描写が唯一無二の森ミステリィを作り上げている気がします。さて、アルファベットくらいなら覚えているからと中1の英語の授業なんて無視して森博嗣の本を読むなどして文庫本を2冊ほど没収されるほど人生の初期から森ミステリィを接種してきた手前、「すべてがFになる」から始まるS&Mシリーズの流れを組む一連の森ミステリィのサーガを紹介していくのもやぶさかではないですが、今回は一冊の本に絞って紹介致します。


 今回紹介する本は「喜嶋先生の静かな世界」です。この本は主人公の橋場(はしば)君が大学生から大学院生を通して研究者になるまでの一連の研究生活を描いた作品です。この本は、「研究」と「大学」そして「研究者」を主人公の橋場君の視点からリアルに描写した作品です。というのも、作者の森博嗣さんは国立N大学で助教授(現在は准教授)として勤務される傍らに副業として執筆をされ、そして著作のヒットにより研究者としての給料を作家としての給料が大幅に上回ったこと等の理由で退官されています。つまりこの本には、作者自身の研究者としての経験がふんだんに盛り込まれており、往年の研究の様子、そして研究者がどういうものだったのか垣間見ることができます。研究者になる前(研究者ではない人)と後(研究者)で味が変わる2度おいしい小説ですね。「君も研究者になろう!」とかダサい帯を巻いて理系の高校生に無料で配布してあげたい小説です。

 ところでそもそも研究とはどういうものでしょうか?「自由研究」とか宿題で出される割に「研究が何か」は意外と教えてもらえません。私は自由研究は当時はまっていた三国志の年表を模造紙にしたためていました。しかし、研究と言うのはこういった既知のものをまとめるものではありません。あくまでも、「現在まで誰も発見していない物事を明らかにする」ことが研究と言われます。既に明らかになっていることを理解する「勉強」は「研究」ではないのです。

 お恥ずかしいので、こんなことをわざわざ書きたくないのですが、私は現在、母校の大学の博士課程で社会人ドクターとして研究を行っています。作者の森博嗣さんは建築系ですがある意味近い分野の工学系の研究をしています。トランペットを眺める少年がいずれジャズミュージシャンになったり、神様に寿司をおごられた少年が寿司になったりするように私も森博嗣を接種して「おらも理系の大学生になりてぇ」と工学部に進学しました。

志賀直哉小僧の神様。小僧は寿司にはなりませんが、小僧寿しはできました。

 

 そして割と厳しめの研究室をゼミとして選び、就職したのち、数年間の勤務を経て会社の要請と自分の希望で修士、博士と進み現在に至ります。

 さて、そんな私が今何を思っているかと言いますと、「早く人間(会社員)になりたい!」です。


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いい歳して徹夜とかしないで真っ当な人間として生きたい。

 

私は研究には向いていませんでした。無聊の日々をブログの閲覧数やラジオに投稿したメールが読まれることで慰める日々が続いています。

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シグルイ1巻より伊良子。これは演技で全然悔いてない。私もこんな日々が好きなのであんまり悔いてません。

 

 そんな私が「そういえば、森博嗣さんの著作でも特に好きだったのが研究を題材にした、喜嶋先生の静かな世界だったよな」と思い出して再読し今回の投稿に至ります。博士3年目にしか味わえない悲哀で割と本筋と関係ないところで感情が爆発してしまい感極まったので、三十路の悲しい夏休み、読書感想文を垂れ流したいと思います。

 さて、本作の主な登場人物は、主人公の橋場君、院生(博士3年)の中村さん、後に同じ講座の院生となる櫻居さん、そしてタイトルにもなっているゼミの助手、喜嶋先生です。

 橋場君は幼いころから勉強(暗記)が苦手でしたが、物事に対して疑問を強く持つタイプで、わからないことは書籍で調べないと気が済まないたちでした。それ故に暗記の多い文系科目は苦手、理解していれば解ける理系科目は得意な子でした。そんな彼が自分の成績を鑑みて、理系に強い大学に進学したのですが、そこでの講義というものが書物を読めばわかる(≒勉強)に近いものであることに落胆します。しかし、ゼミに配属され院生の中村さんに教わりつつ研究というものに触れるようになり、研究ひいては大学に魅力を感じるようになります。

 橋場君が初めて研究をしたのは卒業研究です。何をやればいいのかわからない中、自分の思いついたことを試し、眠る間も惜しんでプログラムと計算結果をまとめ目の前の問題を解決する日々を過ごしました。自分も手探りだったなと思いつつ、実際は博士課程の院生にしっかりと管理されていました。橋場君も同じく中村さんという院生に研究とはどういうものか間接的に教わりつつ、卒業研究をまとめ、そして、なんとなく自分の研究成果が工学(≒実際に役に立つ学問)としてどこかで役に立つのでは無いかという誇らしい気持ちになります。その原体験から彼は研究という行為に魅せられ、本格的な研究者としての道を歩み始めるのです。ついでに中村さんは「おらはこんなに立派でねぇ」と再読した私に凄まじい劣等感ももたらしてくれました。

 さて、あらすじの紹介が長くなりましたが、橋場君はよその講座から受験した女性、櫻居さんとともに修士課程の学生になります。櫻居さんは院生の試験をダントツの1位で通過した才媛です。私が最も切なさを感じたのはこの櫻居さんと橋場君の対比です。

 橋場君が「研究」が好きな人間だとすると、櫻居さんは「勉強」が好きで得意な人間として描かれています。先ほど少し説明しましたが、研究というのは「現在まで誰も発見していない物事を明らかにする」ことです。私の恩師はそれを山に登ることに喩えました。「山は富士山から近所の小さい山まで種々あるが、誰にも登ったことのない山に登らなければ研究とは言えない。仮に誰かが登ったことのある山でも違うルートをたどったとか、既往の研究と異なる新しい点を示さなければならない。」こういった物言いはどこの研究室でも良く聞きます。恩師同様に登山に喩えるならば山の登山口に立った時に、まず「他の人が登っていないルートであるか確認(≒勉強する)」そのうえで、「地図に載っていない獣道を登る(研究する)」そして「頂上にたどり着いた際に今までの行程を誰もが登れるように記録して公開し(論文として残す)無関係な第三者のチェックを受ける(査読される)」ことで初めて登山道として登録され地図として出版できる。みたいな感じでしょうか?これが勉強の場合だと、「地図を見ながら頂上に登る。」くらいになります。


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 メイドインアビスより、穴に潜るために研究を続ける人。失敗してもあきらめないバイタリティが研究には必要。

 

 こんな登山をするうえで一番きついのは、せっかく登ったのに目の前にこれ以上登れる足がかりが無く、元の道を戻ることです。そう、誰もが発見していない道を行くことは失敗を常に味わうということです。

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ダイの大冒険より妖魔司教ザボエラ。それが一番難しいんだっつうの。

 

 あくまで本作は、橋場君視点ですので櫻居さんの内心描写はありませんが、その言動から「勉強は得意だから院に進んだ。」「女性でも活躍できるよう、今後キャリアを積むために学位が欲しい。」「今まで通り努力すればできるはず。」という意識が垣間見えます。しかし、どんなに優秀な研究者でも失敗(成果に至らない)は必ずあります。失敗と言っても「そこに道が無いこと」がわかるだけでも失敗ではないという考え方もありますが、成果(論文)につながる進捗が無い状態が続くのは、精神的に辛いものです。それもいままで「勉強」では人に遅れを取らず失敗から無縁だった彼女にはキツいようでした。しかし研究で成果を挙げるには失敗の痛手を好奇心や探求心といったバイタリティをばねにして、挑戦し続ける必要があります。

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スティール・ボール・ラン1巻より。スティーブン・スティール氏のようなメンタルの人!研究者に向いてますよ!

 

 作中では挑戦できなくなった人間が大学を去り就職するかはたまた大学の建物から物理的に飛び降りるかといった厳しい現実も描かれています。現に大学院生の自殺者は毎年かなりの数がいます。

 さて、であれば橋場君は「研究」が好きな人間として、失敗も楽しみつつ研究の酸いも甘いも嚙み分けているのかと言うと意外とそうでもないです。実家がよほどのお金持ちでもない限り仕送りには限界があるのでバイトをする必要がありますし、そういった制約はもちろんのこと、そもそも論文を書くという作業そのものが研究とは異なるのではないかとも言及されています。ここは賛否両論ある記述な気もしますが、山登り(≒研究)が好きなのに何故時間を割いてマッピング(≒論文を書くのか)をしなければならないのかという訳です。

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ダイの大冒険よりフレイザード。俺は論文を書くのが好きなんじゃねぇ。研究が好きなんだよぉオ!

そのうえで、後輩ができれば彼の研究も手伝わなければならない、院を卒業して研究職として就職すると今度は、大学生への教育を行わなければならない。後進の教育ができるのは先達(登山家)しかいないためです。研究が好きなので研究職に就いたのに、キャリアを重ねるほど自分のやりたい研究に割ける時間が減っていきます。もちろん研究とは必ずしも一人でやるわけではないので、後進を指導しつつ共著で論文を書くというのも当たり前ではあるのですが、まぁ無線を握ってカメラ越しに指示を出しても山登り気分は味わえませんので気持ちはわかります。橋場君もその矛盾を徐々に感じるようになりその気持ちを押し殺しながら仕事をします。


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ダイの大冒険〜勇者アバンと獄炎の魔王より、妖魔学士ザムザ。せめて論文はお父さんと共著にしてもらえ。


 さて、長くなってきましたが、それではタイトルにある喜嶋先生とはどのような方なのでしょうか?それは、本作のテーマ「研究」だけをするために生きている方です。喜嶋先生は多くの研究成果を持ちながら研究時間が減ることを避けるため、助手という職位のままでいます。助手は受け持つ授業も無く研究に専念できる地位であるためです。「研究には王道しかない(覇者が行くような道はなく、勇者が行く清く正しい道しかない)」と発言し、この王道を外れないように生きています。研究者としての理想を体現されているといってもいいでしょう。喜嶋先生は王道を外れないように生きていますが、もちろんプライベートも(研究に比べれば比率が小さいですが)存在し、作中でも意外なまでにアップダウンのある人生を送っています。

 喜嶋先生が実在したのかはわかりません。しかし、きっとその個々のエピソードの元となった人物はいるのでしょう。研究者としての理想を体現しているかに見える喜島先生とその理想に至れない櫻居さん、橋場君、そして職位に阻まれる全ての研究者。その対比を描くことで研究のすばらしさ、研究とはこうあってほしいという祈りを感じます。研究という行為のすばらしさを描いた小説でこれ以上のものは今後も生まれないでしょう。手に入らない理想に絶望するのか、それでも明日を渇望するのか。明日はどっちだ。


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銀と金より。走り続けるしか無い。

終末だからこそ殺人は起こるのか?物理の北山猛邦さん

 もし世界が終わるなら何をするか?と言われるとまぁ終わるまでの時間にもよると思いますが、おそらく混乱を避けて家でゆっくりすると思います。できれば一年くらいで混乱も収まって前と同じ生活ができればいいですね。科学技術の発展を盲目的に信じているので、退廃的な雰囲気の終末世界は来ないと思っていますが、それはそれとして廃墟や廃村、かつて存在した人の営みみたいなものにしか無い雰囲気が好きです。

例えばこの、「ヨコハマ買い出し紀行」は関東が結構水没し、人口も減った終末感のある未来を描いているのですが、人の営みはあまり変わっておらず素敵な雰囲気があります。

 さて、人々は終末世界でも変わらず営みを続けるとして優先されるべきは衣食住の確保でしょうか?その後ら安定した生活が得られたところで次は娯楽が続くのでしょうか?ただそういった生活に必須な物の確保以上に、「世界が終わるのなら好き勝手生きてやる!ヒャッハー!」と普段ならスルーする嫌な人間関係をここぞとばかりに排除してやろう、まさに倶に天を戴かず!とか考える輩も一定数いるかもしれません。

 そんな終末世界でヒャッハーと殺人事件を起こす犯人を描いたミステリといえば北山猛邦さんです。多分終末世界+ミステリを描いた作家はこの方以外にあんまりいないです。

 私と北山猛邦さんの出会いは高校生の時、講談社ノベルズのメフィスト賞受賞作を読み漁っている時期でした。北山猛邦さんはクロック城殺人事件で第24回メフィスト賞を受賞しデビューしています。

今は文庫化していますが、当時講談社ノベルズ版のクロック城殺人事件は「本文208頁の真相を誰にも話さないでください」という帯の但し書きとともに、後半の推理パートは丸々赤い紙で袋綴じのようになっており、否が応でも興味をそそられる素敵な装丁の本でした。その内容はというと、太陽の黒点の影響で、世界中で異常気象が頻発し1999年に世界が終わると明らかになった世界で、まさにその1999年に幽霊退治の専門家南深騎(みなみみき)がある依頼を受けてクロック城に赴くが、そこで殺人事件に巻き込まれる、というお話です。終末世界でも人は殺人を犯す、そしてバレないように工夫を凝らすというのはまぁ言われてみればそうなんですが、静かに終焉を迎えようとする世界の描写に急に生々しい人の欲が絡んでくるとこれが意外と食い合わせが良いです。

 クロック城殺人事件から始まる北山猛邦さんの城シリーズはすべてファンタジーチックな終末感のある世界観が魅力的ですが、一方でこの城シリーズを数作書いたあたりでそのミステリに対する姿勢から、「物理の北山」というまるで、予備校講師の様な呼び名で呼ばれるようになりました。つまりはファンタジー寄りな世界観と裏腹にトリックは凄まじく物理的な訳です。ピタゴラスイッチのように緻密な密室トリックもあれば、一目でそういうことか!と納得する仕掛けを作品中に織り込む大胆さが両立されています。終末感ある世界観、大胆な物理トリック、そのどちらかを描いた作品はありますが、北山さんのようにセットにしてしまった作家は当時は(今もですが)レアで唯一無二の輝きを放っていました。

 さて、そんな北山猛邦さんの作品で私が一番好きなのは瑠璃城殺人事件です。

いわゆる特殊設定ミステリーと呼ばれる作品で、簡単に言うと、因縁に結ばれた城主の娘マリィ、騎士レイン、城主のジョフロワの三人が生まれ変わりを重ねつつ、マリィとレインはジョフロワから身を守ろうとするといったお話です。1243年フランスの瑠璃城、1916年第一次世界大戦中のドイツとフランス戦の塹壕、1989年日本最北の地の「最果ての図書館」この3つの時代を舞台に首なし死体の消失トリックが展開されます。1243年に騎士団の持っていた6つの短剣は呪われた短剣として生まれ変わるたびにマリィとレインを死に至らしめようとします。殺人事件、死体消失の謎という点はミステリとしつつ、ジョフロワから如何に逃れようとするのかはホラーやアドベンチャーゲームの様な趣があります。通常のトリックに加えて、その時代に生を受けていなければ相手を殺害or逃げることができないというある意味これも究極に物理的な命題をどう解決するのかも見どころです。

 ちなみに北山さんの最新作はこちらの月灯館殺人事件。

この作品は、複数のミステリー作家が缶詰になっている山中の館で起こる殺人事件を描いています。罪に焦点を当てて殺されていく作家達。瑠璃城殺人事件と同様に、どんなトリックで殺されたのか?また、そもそも殺人が可能なのは誰か?という点に思いを馳せつつ読むと良いのではないかと思います。

 それにしても、仮に私がこんなファンタジーチックな世界観の中にいて殺人事件が起きたとすると、「何か超常的な力で殺されたのか?」などと考えてしまいそうです。しかし、北山ミステリは大切なことを教えてくれました。「科学が支配するこの世界では基本的に触られなければ殺されない」ということです。

先日Prime Videoに追加されたウィリーズ・ワンダーランド。悪霊だろうが触れられるなら倒せる。

 

 作者の北山さんがそう考えているかどうかはわかりませんが、アリス・ミラー城殺人事件ではある登場人物が、「俺は犯人ではない、しかし、ここまで人が死んだからには俺が全員を殺せば俺は死なない。」と判断しある意味犯人側にシフトします。

「こんな殺人鬼が居るところで寝られるか!俺は一人で部屋にこもるぜ!」の最終進化形「ここにいる全員を殺せば俺は生き延びられる!」が拝める稀有なミステリ小説。

 

 言い伝えや因習が残る村だろうが、超能力者が治める教団だろうが終末世界だろうが触れられなければ殺されないのは同じですよね?北山猛邦さんのミステリの様な静かな終末世界、またはマッドマックスの様など派手な終末世界。どんな終末が訪れるかはわかりませんが、生き延びるために必要なのは、胡散臭い雰囲気とトリックに騙されず、必要とあらば相手を倒す覚悟ではないでしょうか?その心意気といざという時のための大胆な物理トリックを仕込んでおきたい方におすすめの作家さんです。

エロ・グロ・ナンセンスにジュブナイル。何でもありの魅力〜道満晴明

 2022年7月20日道満晴明さんの最新作、「ビバリウムで朝食を」が発売されました。折角なので最新作の発売に合わせて大好きな漫画家、道満晴明さんの紹介をしたいと思います。

最新作。ドラえもんへのオマージュが散りばめられたジュブナイル

 道満晴明さんの最新作「ビバリウムで朝食を」は夏休みに七不思議を追う三人の女の子を描いた作品です。女の子の一人、ヨキは七不思議のひとつ人さらいのノッポマンと接触します。ノッポマンは人さらいなどではなくある人物を探しており、ヨキはノッポマンの人探しを手伝うことになるのでした。


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ヨキとネズミを怖がるノッポマン。


まるでジュブナイルの王道といった夏休みの様子ですがどうやら単なる一夏の思い出とはひと味もふた味も違うようです。それは何故かと言いますと、おばけが公然と存在していたり、


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公然とおばけの存在する世界観とおばけの「Q」

 

謎の生き物がいたりします。
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謎の生き物、ツチネコ。

 

そして、様々な効果のある不思議な「ナイショ道具」

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秘密のナイショ道具。

 

ご覧の通り、所々に藤子・F・不二雄先生へのオマージュが見られ、大長編ドラえもんの様な雰囲気が素敵ですが、それだけではありません。幽霊、謎の生き物に加えて我々の世界には存在するある道具に関する認識が無かったり、人探しを通じて少女たちは段々と危険な目にも合うことになります。藤子・F・不二雄先生のSF(少し不思議)な要素とSF(少し不穏)な要素が見え隠れする夏休み。夏にピッタリの作品です。続刊が待ち遠しいですね。

 最新作「ビバリウムで朝食を」を初めての道満晴明さんの作品として著作を読み進めるのも良いのですが、折角なので道満晴明さんのその他の著作の紹介を通してその魅力について語りたいと思います。道満晴明さんは1995年に成人漫画家として初の単行本を出して以来、成人漫画、一般漫画共に多数の著作があります。その作風はたんぱくな描写に比して濃厚かつ独特な世界観を構築しています。そのため作風が合う、合わないがはっきりしているようです。私は数年前に道満晴明さんの「ヴォイニッチホテル」と出会って以来、「おすすめの漫画or漫画家いる?」と訊かれる度に道満晴明さんを薦めてきたのですが、紹介した相手はめちゃくちゃハマるか合わなかったと言われるかの二択に綺麗に分かれました。どういう物が好きな方に合うかと言うと説明が難しいのですが、

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こういう、登場人物がややマニアックな知識についてやや説明口調で語り、コメントするやつ。個人的に大好物なシーンなのですが、このページにグッと来た方には多分めちゃくちゃ合います。この時点で著作を全部買い集めてもらっても一向に構わないのですが、流石にこの滅茶苦茶下手くそな説明を元に他人にお金を使わせるのはいかがなものかと思いますので、まずはジャブがてら短編集をおすすめしたいと思います。興味を持った方はまずこのニッケルオデオンを読んでみましょう。

いきなり3冊かよ、という声も聞こえて来そうですがまずは刊行順にニッケルオデオン赤を手にとって見て下さい。140ページほどの本に13の短編が入っていて、1つの短編は8ページ+おまけ1ページといった形式になります。星新一さんのショートショートの様な趣がありますが、漫画な分星新一さんの作品よりも更に読みやすいです。ところでニッケルオデオンってどういう意味かご存知でしょうか?ニッケルは5セント硬貨、オデオンは屋根付きの劇場という意味で、その昔アメリカにあった小銭で楽しめる小規模な映画館のことを言うらしいです。そう言われてみるとこの8ページと短い1つの話がなんとなく味が出てくる気がしませんか?さて肝心の短編の中身はというと、エロ・グロ・ナンセンス、ホラー、コメディなんでもありです。切ない話があったかと思えば、下品なギャグもあります。ニッケルオデオン赤で例を挙げると、


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部室で全力でしりとりをする高校生。理由はすぐに判明する。


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エイリアン3が嫌いな同級生とフェイスハガー的なものを探す話。

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愛しの先輩の無茶振りに応えるため狛犬鍋を作る話。


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やけに同性にモテる先輩の爆散した体を探す話。

 舞台装置の不思議さとそれでもサラッと読めてしまう軽い雰囲気が素敵です。個人的に好きな話はニッケルオデオン青に収録されている悪魔の話ですね。
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部屋に招待されないと入れない悪魔が宮沢賢治を引き合いに出し、食われてほしいと説得する話。

ここまで見るとちょっと切なげな話が多いのかな?と思われますが、急にフルスロットルで下品なコメディもぶち込んで来ます。たとえばこの話。

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今際の際に処女のおしっこが飲みたいとか言い出した祖父を巡る話。

こんなネタみたいな話でも他の短編との繋がりもあって意外と素敵なんです。

 

 いきなり下ネタが入ってくると言われると苦手に思う方もいるかもしれません。しかし、これこそが道満晴明さんの魅力だと思います。もし、でかい男たちが体格と技術を競うのを見たければ相撲中継を見ればいい。同じ体格・条件の中で技術、タフさを競うのを見たければ軽量級のボクシングの試合を見ればいい。寝技立技など比較的なんでもありのルールが見たければ総合格闘技を見ればいいんです。これが漫画ならエロを見たければエロ漫画を、ホラーが読みたければホラー漫画を読めばいいという話でしょうか?しかし刃牙喧嘩商売をちょっとでも読めばわかるように、力士がボクサーを寄り切る瞬間、レスラーが総合格闘家にブレンバスターを決める瞬間を見たくないですか?単一の格闘技ではなくそれぞれの面白さを活かした異種戦はやはり楽しいのです。フィクションの中だからこそ何でも有りを楽しむことができるんです。


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グラップラー刃牙より。

そして、漫画においてエロ・グロ・ナンセンス何でもありのルールでやってくれるそれが道満晴明さんだと思います。

 ニッケルオデオンを1冊読んでみて、面白ければわざわざ紹介されなくても次の著作を手に取りそうなものですが、次は是非道満晴明さんの長編を接種してみましょう。

「バビロンまでは何光年?」は地球が消滅し、ただ一人生き残ったイギリス人、バブが過度に働いている生殖本能に従いつつ宇宙を旅する話です。f:id:sannzannsannzann:20220721194005j:image

とりあえず保留し、異性を探すバブ。


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ちょっとしたビュッフェとイギリス人らしさ。

地球が消滅した謎を探りつつ、回転寿司を食べたり宇宙ヤクザの乗っている船にぶつかって労働させられたりしつつ自分の僅かに残っている記憶と向き合います。


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記憶の片隅に残るバビロンって何だろう?状態。

様々な異星文明を見つつ自分のルーツを探る旅はどうなるのか?宇宙を巡る見ごたえのあるSFです。

道満晴明さんの作品に慣れてきたところで、次は長編をと言いたいところですが、連作短編の紹介です。

メランコリア上下巻はメランコリア彗星の落下が予期される世界を描いた連作短編集です。それぞれA〜Zを頭文字としたタイトルの短編となっています。主人公がいて、そのキャラクターに焦点を当てているわけではなく彗星が落下する世界に生きる様々な人々を描いています。そして短編ごとにキャラクターや組織が僅かに関連しており、徐々にメランコリア彗星を巡る世界が明らかになってきます。


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国境の長いトンネルを抜けると、みたいな冒頭。

それはそれとして、個々の短編はコミカルで魅力的です。

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やっぱりスーパーヒーローともなると飛んでいるWi-Fiが見えるらしい。

 

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集英社の漫画でゲッサンを推すな。

詳細はネタバレとなるので伏せますが、メランコリアを巡るこの物語は、あらすじに記載されているように「この漫画を読み始めるとループして読み続けてしまう。」魅力があります。それは徐々に明らかになる時系列であったり、個々のキャラクターの関係が複雑に絡み合っているためで、まさに連作短編というジャンルの魅力が凝縮されています。

 さて、最後に紹介するのが個人的に一番好きな作品、長編のヴォイニッチホテルです。

全3巻

魔女の伝説の残る島、ブレフスキュ島にあるヴォイニッチホテル。日本から観光でやってきたクズキを中心として展開される物語。f:id:sannzannsannzann:20220724162800j:image

ブレフスキュ島。ガリバー旅行記由来の名前か?
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スペイン軍と戦った魔女の伝説。ちょっとしたラノベ
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ホテルのオーナー、チャック・ノリスに勝ったという伝説を持つ覆面レスラー。

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クズキ、本当に観光かどうかは後々明らかになる。

日本人のクズキが島に着いたころ、島ではバラバラ殺人が頻発しており、警察、そして少年探偵団が事件を追っています。その少年探偵団はメンバーにホテルの従業員を加えてホテルを調査し始めたり、また、島には次々と殺し屋が上陸する。

一体島で何が起こっているのか?


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殺人事件を調査する警察と頼りないキカイ刑事。


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次々とやってくる殺し屋達。

島、魔女、ホテル、レスラー、殺し屋、バラバラ殺人、少年探偵団、ロボット刑事、麻薬、漫画家、悪魔、七不思議、数学者の霊など要素を挙げるとかなり混沌としています。しかしこの闇鍋感のある物語の中で、登場人物達ひとりひとりの結末と今後が綺麗に描かれています。先程のバビロンまでは何光年?がバブ個人のルーツを巡る物語、メランコリアが彗星を中心とした世界の物語とすると、ヴォイニッチホテルは各キャラクターに焦点を当てた群像劇としての完成度が高いです。神の視点から、ホテルを巡る人々の物語を眺める素敵な体験ができます。この「ヴォイニッチホテル」は道満晴明さんの何でもありの魅力がこれでもかと言うほどたっぷりと詰まっています。是非クズキと一緒にブレフスキュ島での休暇を楽しんでみてはいかがでしょうか?

 

どすこいから始める京極夏彦

海外の実験で817ページのペーパーバックが小銃の銃弾を止めたらしいです。止めたと言っても穴は空いてしまったので、懐に入れていても人体にダメージはありそうなレベルですが。ちなみに小銃というのはいわゆる警官の方が持っている拳銃と違って各国の軍隊が持っていて肩からかけているあのでっかいやつです。f:id:sannzannsannzann:20220718145508j:image

こんなの本で止まるのか?

 

よくiPhoneが銃弾を止めてくれたみたいな間一髪な海外のネットニュースなんかは見ますが、やはり本で止めようとするとちょっとした電話帳よりも厚くないとだめなようです。最近の電話帳は薄くなってきたので多分止められませんね。

 さて、銃弾を止められそうな本といえば大多数の読書家の頭をよぎるのは京極夏彦さんの京極堂シリーズじゃないでしょうか?言わずとしれたミステリの大御所シリーズです。

 欝気味の幻想作家関口巽、破天荒な探偵榎木津礼二郎あたりをメインキャラクターとして、古書屋にして拝み屋の中禅寺秋彦が不気味な事件を解決する長年続いた名物シリーズです。怪奇小説のような雰囲気を持ちながらもミステリとして非常に高い完成度を持ったこのシリーズは、その面白さに比例して文庫本の厚さが半端ないことになっています。一番厚いのはどの本かざっと調べてみたのですがどうやら絡新婦の理の1406ページのようです。これは銃弾も止まりそう。

 さて、今更京極堂シリーズを紹介するなどという野暮な真似はしません。かと言って、ルー=ガルーでもなければ、

京極堂シリーズの榎木津礼二郎が好き放題やるスピンオフ、百器徒然袋でもありません。

 

今回紹介するのは京極夏彦作のどすこいです。

ご存知でしょうか?どすこい。どすこいは次のような短編で成り立つコメディ、パロディ小説です。

1 四十七人の力士

2 パラサイト・デブ

3 すべてがデブになる

4 脂鬼

5 土俵(リング)・でぶせん

6 理油(意味不明)

7 ウロボロス基礎代謝

 元ネタがわかりますか?それぞれ

四十七人の刺客

パラサイト・イヴ

すべてがFになる

屍鬼

リング・らせん、

理由

理由、

ウロボロスの基礎論

以上が元ネタです。超有名時代小説からホラー小説の大家、文系的な京極堂シリーズと双璧を為す理系ミステリ作家、十二国記シリーズの作者によるホラー小説、押しも押されもせぬJホラーの代表作、宮部みゆきの超有名ミステリ小説、実名作家の登場する伝説的なミステリ小説などなど。決して一介の素人が安易にパロディにしたら各方面からお叱りを受けそうな大御所相手に、京極夏彦という大御所が力士、デブに的を絞ったパロディ小説を書いているのです。何故?

 内容は正直に言うと凄くしょうもないです。本当に。順にあらすじを紹介しますと、

1 四十七人の力士

吉良邸に討ち入りをしたのは実は幕内力士47人だった。赤穂藩を警戒していた吉良邸の武士に力士の張り手が、上手投げがせまる。

2 パラサイト・デブ

縄文時代のものと思われる氷漬けのお相撲さん、彼の遺体を調査したところなんとミトコンドリアが太っていた。蘇ろうとするお相撲さんから人々は逃げられるのか?

3 すべてがデブになる

科学者が山奥の古墳に入り込んで以来3年間出てこない。今まではモニターでやり取りをし、食料の差し入れを行ってきたがここ半年は連絡もつかない。彼らはなぜ古墳に籠もるのか?そして彼らは無事なのか?

4 脂鬼

村は肉襦袢で囲まれている。死体が太って起き上がり、夜になると村に押し掛けて食料を奪うのだ。デブのゾンビ相手に村人は為す術はあるのだろうか?

5 土俵(リング)・でぶせん

読んだら太って死ぬ呪いの小説の話。なぜ太るのか?そして何故死ぬのか?

6 理油(意味不明)

大学生の力士、その親、伝説の力士だった祖父、その3人が何故か曽祖父に勝てない。親子3代の悲願は叶うのか?

7 ウロボロス基礎代謝

小説家の京極夏彦が攫われた。目撃した編集者によると47人の黒衣の力士によってさらわれたらしい。何故さらわれたのか?そして何故力士なのか?

 A級映画のタイトルをもじったD級映画のような面々です。しかし、京極堂シリーズ作者の京極夏彦さんなので、筆力もさることながらコメディとしてはかなり面白いです。あとはパロディ元をある意味正確にいじっていてリスペクトを感じます。すべてがデブになるなんかは数ページしかない解決編が無駄にすべてがFになるっぽくてこんなパロディ小説に原作っぽいシーンいるのか?となりました。

 しかし、なんでわざわざこれを紹介したのかと言うとこの小説は私の思い出の小説だからです。小学生から中学生ごろ児童書、ジュブナイルから文庫本に手を出し始めるのはハードルが高くありませんでしたか?私は、文庫本≒大人の読む退屈な本というイメージがつきまとっていてなんとなく億劫で手が出せずにいました。たまに有名な映画のノベライズなんかを手にとってもいまいち面白いと思えず、文庫本への高いハードルがより一層高く見えたものです。しかし、平台に燦然と輝くどすこいは違いました。この表紙。面白くても面白くなくても最悪クラスで話題の種になるのは必至、と面白半分に手にとって見たら当時の中学生には抱腹絶倒の内容でした。読書でこんなに笑えることがあるのかと思うくらいには笑いました。そうなると気になってくるのはパロディ元の小説です。私はまず、すべてがFになるを手に取りました。当時は難解わながらも助教犀川創平のかっこよさにしびれ、森博嗣さんの著作を買い集めることになりました。その次は屍鬼パラサイト・イヴ、理由と次々にパロディ元を読み漁り、これらの本を読む頃には、それぞれの作家がエッセイや後書きで紹介する好きな本、影響を受けた本を孫引きするような形で読むことになりました。面白い作品を書く人が薦める本もまた面白いということ、読書の楽しさに気づかせてくれたのがこのどすこいでした。

 京極夏彦さんがどすこいを書いた意図は正直まったくわかりませんが、パロディに使った元ネタの小説はどれも一級品で、本作のコメディ要素も小説としては群を抜いています。京極夏彦以外の誰が吉良邸に力士が討ち入りする小説を真面目に書くことができるでしょうか?本作を読了し、京極夏彦ってこんな本も書くんだと思った日には、あの面白くとも分厚い京極堂シリーズにもなんとなく手が届きやすくなる気がします。

 京極夏彦という大御所作家が書いたどすこいという太めの地図を頼りに名作ホラー、名作ミステリに興味を持つきっかけとなれば吉良邸に討ち入りした力士の魂も浮かばれることでしょう。読み終わる頃には、力士がやってくる地響きがするとと思って戴きたい。

解決じゃなくて解釈のミステリ。倉知淳さん

 ミステリにも様々な種類がありますが、一番共感できるミステリとは何でしょうか?日本はかなり平和な国なのでそもそも殺人事件が滅多に起きない上に警察による検挙率も高くすぐに解決に至ります。そうなると頻繁に殺人事件が起きて、その事件が密室殺人でついでに名探偵が事件を解決する、なんて云うのはフィクション中のフィクションということになります。そもそもが創作なのでフィクションを楽しむのが当たり前なんですが、ミステリを沢山読むと徐々に探偵脳が培養されて日常のちょっとした謎に意味を見出したり他人に推理を開陳するようになる、なんてことはないですかね?

 

それでも町は廻っている14巻、10巻より。
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ミステリいっぱい読むと培養されてくる探偵脳
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できることならこうなりたい。

 

 培養された探偵脳がいい感じに刺激されるのは我々の周囲にも溢れている謎、つまりは日常の謎と呼ばれるミステリではでしょうか?私自身は帰省中に裏路地に「メイド200人募集〜〇〇旅館」という貼り紙を見かけたとき、想像力がいい感じに刺激され痛感しました。私の低IQでは旅館がメイド200人を雇う合理的な理由は見い出せませんでしたが。

 そんな日常のちょっとした謎を安楽椅子探偵よろしく解決したり、何故か現場に居合わせたりするお節介な先輩といえば倉知淳さんの代表作猫丸先輩シリーズです。

電子にはありませんが、講談社ノベルズ版には表紙のような可愛らしいイラストが挿絵についていました。

 

 猫丸先輩シリーズは、年齢推定30代、やけに童顔で何にでも興味津々な職業不詳の男、猫丸先輩が日常に起きたちょっとした謎を解釈する物語です。つまり謎を解決するのではなく、解釈する点に面白さがあります。猫丸先輩は何にでも面白半分に顔を突っ込んでいく性分ではありますが、この2作品では関係者を集めて、「さて皆さん」などと一席ぶつ訳ではないのです。あくまで、謎の事件があり、そこに居合わせた人物が不可解な気持ちになっているところその視界の端にやけに特徴的な猫丸先輩がはしゃいでいて、首を突っ込んでくる。または、猫丸先輩の知り合いが変な事件に巻き込まれて酒の席で相談する。というような経緯でなんとなく目の前の変な男に相談し、結果、煙に巻かれたようなそれでいて理にかなっているような推測を聞かされるという流れになります。この辺りはタイトル通りで、あくまで推測、空論なんです、解決ではなくて。猫丸先輩は謎に対して「こういうことなんじゃないのかい?まぁ知ったこっちゃないけどさ」というスタンスです。猫丸先輩の煙に巻かれるだけでも楽しいですが、じゃあ他にも解釈できるんじゃないか?などと考えさせられるのが本作の面白いところです。

 猫丸先輩は神出鬼没で、よくわからない田舎の船頭になっていることもあれば、寄生虫博物館ではしゃいでいたり、全日本スイカ割り愛好会主催のスイカ割り大会に乱入しようとしていたりします。三十路に見えない童顔のおっさんのはしゃぎっぷりもさることながら、日常にギリギリ存在しそうな謎が魅力的ですね。具体的には様々な人に届く不吉な電報の謎や、数々の大食いチャレンジをクリアしてきた女性が遁走して理由、クリスマスに複数人のサンタクロースが疾走する理由など。ある意味探偵脳を持つ人間に予行演習とばかりに問題集が示されているようなものです。当然読みながら「なぜだ?」ということばが頭を駆け巡るのですが、そこは流石にプロの仕事。中々真相が浮かぶようなものではありません。猫丸先輩にやや呆れられながらも種明かしをされる後輩の気分を味わうことができます。

 しかし、ミステリといえば殺人事件という方の気持ちもわかります。フィクションだからこそ非日常を味わいたいというのも当然の欲求です。そんなときは同じく猫丸先輩シリーズの日曜の夜は出たくないがいいでしょう。

明らかにビルより高い位置から落下して死んだ男、演劇中に毒殺された男など不可解な事件に野次馬よろしく居合わせた(またはあとから話を聞きつけた)猫丸先輩が殺人事件を解決する連作短編集です。詳しくは言えませんが、最後の2篇まで順番に読んでいただきたい作品です。

 また猫丸先輩シリーズ以外ではいわゆる陸の孤島、雪の山荘ものとして、UFO研究科、星占いを仕事にする男性アイドル、小説家が参加したイベントで殺人事件に巻き込まれる星降り山荘の殺人や

やる気のない占い師が安楽椅子探偵として占いという体で日常の事件を解決する占い師はお昼寝中、

ブラジャー愛好家の男たちのオフ会で、ブラジャーのお披露目中に、着用しているブラジャーのカギが行方不明になった謎を描いた短編、Aカップの男たちなど、コメディタッチな短編を多く含んだこめぐらとなぎなた

など多数のミステリがあります。

 元々倉知淳さんといえば、ミステリ小説の審査員となった際には「猫を殺すな、猫を」などと発言された猫好きのユニークな方です。ただ、それ以上に、ご自身で「米びつの米が無くなるまで書かない」などとおっしゃられているほど寡作な作家でした。しかし、最近はコンスタントに新作が出ているので嬉しい限りです。ミステリを読み慣れていない方には入門として、ミステリ好きな方には今更おすすめされなくてもご存知の方が多そうですが、ユニークな日常の謎として倉知淳さん猫丸先輩シリーズはいかがでしょうか?

ゆる平安、ゆる青春、ちょっとダーク。D・キッサンさん

 平安時代はお好きですか?平安時代というとゆったりと日本の文化が花開き徐々に平家と源氏の戦乱に向かうという中々にドラマチックな時代です。

 ただ、今から1200年近く前なのでイメージが湧きづらい時代でもあります。源氏物語枕草子十二単くらいがなんとなく浮かぶくらいでしょうか?私は昔親に覚えさせられたので、百人一首のイメージが強いです。私の好きな歌は壬生忠見(みぶのただみ)の「こひすてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひ初めしか」という歌で、この歌は「恋をしているという私の噂がたっている、誰にも打ち明けずに想い始めたばかりなのに」という意味になります。この歌は「忍ぶ恋」をテーマに歌合せとして対決し、負けた結果、壬生忠見は出世の機会を絶たれたやら怒りと悲しみのあまり憤死したとか散々な逸話が残っています。流石に死んだというのは盛られてるみたいですが、そういった噂が立つというのは昔も今も変わらないなと思わせてくれます。他にも平安時代の話だと源氏物語の雨夜の品定めや在原業平がやばめの雰囲気の女性をナンパした話やら好きな話が沢山あるので平安時代が大好きです。最近は小説や漫画でも意外と題材となっていたりして中々楽しませてもらっています。

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歌合、負けた方と勝った方。勝った、忍れど〜の歌の方が現代でも有名かも。

 今回はそんな平安時代をゆるく描く漫画家D・キッサンさんについて紹介したいと思います。

 D・キッサンさんの代表作といえば、平安時代の男女の奇妙な縁を取り扱った「千歳ヲチコチ」になります。

この千歳ヲチコチは上達部(かんだちめ、お偉いさん)の息子である亨の元に一風変わった手紙が届くところから始まります。父と同じように貴族としての道を歩むことに漠然とした不安を感じていた亨は一風変わった自由な手紙に心が惹かれ返歌をします。それが手紙の差出人である地方貴族の娘チコの元に届き、ふたりは互いを誰かも知らぬまま手紙の差出人に思いを馳せることになる、というお話です。


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変な手紙。

 ふたりはそれぞれの素性、在所や更には性別すら曖昧なまま、手紙の相手が気にかかり、返事を考える日々が続きます。そしてふたりは、時に奇妙な縁で返事が届いたり、すれ違ったりすることになります。

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仕方ないとはいえ、こういうことするからややこしくなるんだぞ。

 
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返歌をもらったチコと乳母。

 直接対面することのないやり取りというのは時代を超えた普遍的な物語ではありますが、そのメインストーリーを彩るのはゆるーい雰囲気とざっくばらんな現代語にコメディ要素です。

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宴会での唐突なビジネスマナー講習

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忙しそう。

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合間にちょっと考えさせられるシーンも。

コメディ的な展開や現代語はあくまでスパイス、という訳ではなくどちらかというと享とチコの手紙を巡る本筋よりも脇道の話の方が多数を占めています。ほんわかしつつクスりと笑わせてくれる脇道を通して平安時代の雰囲気を体感している間にゆっくり、本当にゆっくりと本筋が進んでいく様はスマホやネットの無い時代の時間の流れを表しているようで素敵です。と言いつつ連載中は中々進まない本筋にちょっとやきもきしていたのですがもう完結済みですので今から読む方は幸せですよ!

 また、最新作では紫式部源氏物語を書くまでを描いた神作家・紫式部のありえない日々が連載中です。

既刊1巻。

 源氏物語を同人と表現し、ニートしていたいのにお家の事情で出仕することになる紫式部を描いた作品。現実の人物なのにこう聞くとある意味昨今の女性向けなろう小説の流れみたいですね。


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気持ちはわかる。

 

 紫式部と同様に有名なのは清少納言ですが、実は清少納言紫式部は直接の面識が無いんです。紫式部は自らが出仕する以前に宮仕えし、存在感を発揮していた清少納言を認めつつ、自らも源氏物語をして使えた主君の影響力を高めようとするが、これが中々難しく…といったストーリーですね。

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そもそも周りの宮女とソリが合わない。

 

紫式部源氏物語をどのように完成し、宮仕えを続けるのか今後が気になるところです。紫式部の奮闘や当時の実在の話も面白いのですが、大学受験なんかで古文の雰囲気を掴むのに丁度こんな漫画が欲しかったですね。

 

 平安時代以外の著作は、デビュー作「共鳴せよ!私立轟高校図書委員会」があります。

通称どろ高、書籍版は4巻全て装丁が違っていて素敵です。現在は特装版上下巻もあるのでお好きな方を。

 図書委員としてよりは各キャラクターに着目したゆるい青春コメディです。合間に読書、アニメ、ゲームのあるあるネタなんかをふんだんに含んでいます。先程の千歳ヲチコチ孔子をネタにしてる辺りでもそうですが、着眼点が独特で笑わせてくれます。爆笑というよりはクスりとできて、なんとなく思い出してしまうようなお話です。

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人名と文化の名前とか混同しがちなのちょっとわかる。

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自分の知ってる単語を当てはめるのもあるある。

 ドラマチックな要素はあまり無く、ゆったりとした時間を楽しむ感じの作品ですね。

 他には短編集や単巻の作品があります。

 

短編集では千歳ヲチコチのようにゆるい雰囲気の平安時代の短編もありますが、

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矢継ぎ早のリリーより、「鞠めづるヒトビト」蹴鞠を巡るあれやこれや。

 

どちらかというとダークな内容の短編も多いです。
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矢継ぎ早のリリーより、「或ル婦人」不吉な未亡人に金を借りに行く男の話。

 

 私はゆり子には内緒に収録されている「こゆび姫」が好きですね。

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病院でこゆび姫が想い出を語るお話。

 

 雰囲気の違った作品を楽しみたい方はぜひ短編集の方も手にとってみてください。

 ちなみに様々な作品の試し読みができる冊子も電子版が配信されているのでよろしければこちらを読んでみるのもいいと思います。

漠然とした平安時代のイメージをゆるく楽しげなイメージに固めてみませんか?