読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

なんか凄い存在がやって来て人生滅茶苦茶にしてほしい欲〜野崎まどさん

 最近少しだけ仕事が落ち着き、多少は家庭を省みる余裕が出てきました。たまの休みなので妻と息子とゆっくりしたいところです。妻もたまにはほっこりとしたハッピーエンドの本が読みたいらしくおすすめを教えてくれと訊いてきました。そんな妻の本棚は大半が「臓物大展覧会」「玩具修理者」「狗神」「眼球綺譚」などなどほっこりよりは夏にふさわしい涼が得られそうなレパートリーです。

臓物大展覧会、小林泰三さんのホラーはSF要素も散りばめられていたり怖いだけではなく考えさせられる。それにしてもタイトルが凄い。

 

 涼を得るよりは、私も仕事あがりでほっこりしたいところです。しかし、まだあまり本調子ではない。基本的に忙しくないときは丁寧な暮らしを心がけ、ゆったりとした本を読みたい気分なんですが、心を亡くすと書いて忙しいとはよく言ったもので丁寧な暮らしを描いた本は、多忙な時ほどなんとなく手に取りづらいものです。現在の自分との乖離がありありと目に浮かぶためでしょうか?余裕があるときには良いんですがね、丁寧な暮らし。そんなゆったりした暮らしに戻りたいと願いつつ、まだまだ心が戻ってきてないんですね。

「丁寧な暮らし」を考えると浮かんでくる本。サンドイッチ屋さんのバイトがスープを作り始める話。タイトルからもわかる通り、かなりゆったりな雰囲気の素敵な作品。休日ゆっくりしてる時に更にペースを落としてくれるような本。

 

 ですので、忙しいときに常々考えていた「隕石落ちて職場壊滅しないかな」を「凄まじい天才が僕の人生を滅茶苦茶にしてくれないかな?」に昇華してくれる作家野崎まどさんを紹介したいと思います。

 この野崎まどさんというSF作家はメディアワークス文庫というちょっとラノベを大人向けにしてみようといった雰囲気のレーベルができた時にその新人賞の大賞を受賞してデビューされた方です。

 その時のデビュー作がこちらの作品

 新装版も旧版も表紙が素敵。

 

 [映]アムリタはかつて恋人を亡くした美大の学生で映画監督最原最早(さいばらもはや)と最原に誘われた役者の二見遭一(ふたみあいいち)が映画を撮る話です。この粗筋だけだとまるで亡くなった恋人が忘れられない芸術家に恋した役者のほろ苦い青春恋愛ストーリーに思えるのですがまったくそんなことはありません。物語の序盤二見は最原の作った映画の絵コンテを読みます。寝食を忘れて56時間ぶっ続けで。明らかに何かがおかしい絵コンテですが、こんな絵コンテを作る最原は一体どんな映画を作ろうとするのか?というのがこの小説の本筋になります。他の作品と比べると掛け合いが多くライトノベル感は若干強めです。

 

この作品を一作目として、「2」という作品までの6作品は一連の作品となります。


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施川ユウキ(ハジメ) on Twitter: "複雑な思いを抱えつつ野﨑まど『2』を推す神林。 『バーナード嬢曰く。』4巻、発売中です! https://t.co/rqzR3LG8uB" / Twitter

施川ユウキさんのバーナード嬢曰く。4巻での1シーン、タイトル的に2作目だと思うよね。

 

「2」に至るまでの作品を簡単に紹介すると、

大学院生の舞面真面が謎のお面の中学生とともに曽祖父の謎の遺言を解く話。

 

小学校4年生でクラス委員、負けず嫌いな理桜ちゃんが天才数学者にして不登校のさなかちゃんに友達の意義を教えてあげる話

 

不死の生徒がいるという都市伝説のある女子校で、新任教師が自称不死の生徒が殺された事件の謎を追う話。

 

この世で一番面白い小説の作り方を知っているが、書き方がわからないという女性に作家が小説の書き方を教える話。

 

まったくまとまりの無い5つの小説に思われるのですが、1冊1冊がそれぞれ最終作である「2」に関連しています。

 

 そして締めくくりとなる「2」はまた登場人物達が映画を撮る話です。

 ある意味「1」たる[映]アムリタで描かれたとんでもない映画から、更に進化した映画が描かれることになります。つまりは、話の細部は違えども[映]アムリタも2も同じ様な話です。「凄い映画とはどんな存在なのか?」という話に集約されます。 そもそも、2に至るまでの話でも序盤で提示された謎を回収するという内容は共通しています。ある意味紋切り型になるのですが、一つの命題をごてごてとライトアップするかのように盛り上げる展開のおかげで、内容がわかっていてもオチに至るまで退屈することはありません。盛り上げ方というのも中々過激です。たとえば「正解の演技とは?」「四角形と五角形の間の形状」などこういった不可能な定義を持つ要素を可能とするキャラクター達が出てきます。そんな彼ら彼女らが一体何をしようとしているのか?シンプルながらも鰻屋に行ったらプロの作る旨い鰻が出てきたかのように、野崎まどさんの得意なストーリー展開なのでしょう。

 これらの作品はSFと言われていますが、サイエンスよりはフィクション要素(またはファンタジー要素)の方が強めです。サイエンスサイエンスしているよりフィクションフィクションしている分、また文体がどちらかというとライトノベルに寄っている分、ハードなSF作品と比べると読みやすいと思います。

 

 これらの一連の作品以外ですと、

様々な物や人に情報が埋め込まれた結果、調べるまでの時間が短縮され、情報へのアクセス速度が圧倒的に早くなった未来で、情報に携わる官僚の話。

 

AIがほとんどの仕事を奪った未来で、少なくなった研究者が働けなくなったAIのカウンセリングをする話

 

などがあります。一部ファンタジーチックな作品やコメディ要素強めの短編集などもありますが、全部の小説やアニメは紹介できませんのでこのあたりで。個人的なおすすめはknowですね。あったらいいなを描いているSFが好きなので。

 

 ところで、先程紹介した一連の6作品やこれらの小説には共通点があります。現在の価値観の中で秀才、優秀とされている人物たちもそれを遥かに超える理解の及ばない天才のやることにはまったく歯が立たない、秀才から見ようが凡人から見ようがステージの違う人間はそんな尺度で測れるものではないということを描いている点です。

 各小説の主人公は優秀な人間であり、現在の価値観の中では高く評価されている人物です。作品ごとにジャンルは違えど、主人公は規格外の天才と出会います。読者は彼らの目線を通して天才たちを眺めることになるのです。主人公はある意味選ばれた人間なので、ウルトラマンよろしく大活躍する天才たちを肩の上の特等席から眺めます。しかし、実はウルトラマンではなくでどちらかというとゴジラだった。街はしっちゃかめっちゃかになったけどいかに優秀な人間でもゴジラは止められない。そんな雰囲気でしょうか?基本的に登場人物は美男美女ばかりなので怪獣のような美人に振り回されたい願望の人にはいいかもしれません。小説の内容がこうだから作者はこんな奴だ!とは言えません。ミステリー作家は人を殺してませんし、警察小説を書いている人はほとんどが警察官ではありませんし。しかし、本当にそんな展開ばかりなので野崎まどさんは天才に対して思うところがあるか、自分も振り回されたいタイプなのかもしれませんね。

 身の回りの優秀な人間を眺めているとどうしても自分と比べてしまって落ち込むことはないですか?そんなとき、作品中の「上の上」のような人物でも「超の超」みたいな天才の前ではどうしようもないということを描いた作品群はある意味痛快です。前半の主人公たちの優秀さを表す描写は秀逸でこんな風に生きられたら良いなーと感情移入してしまう分、後半の天才達の破天荒ぶりが際立つのもいいですね。

 昔そんな曲がありましたが

 

常識をぶち壊す天才たちの大活躍を肩の上から観てみたい方におすすめの作家です。