読んだら寝る

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どすこいから始める京極夏彦

海外の実験で817ページのペーパーバックが小銃の銃弾を止めたらしいです。止めたと言っても穴は空いてしまったので、懐に入れていても人体にダメージはありそうなレベルですが。ちなみに小銃というのはいわゆる警官の方が持っている拳銃と違って各国の軍隊が持っていて肩からかけているあのでっかいやつです。f:id:sannzannsannzann:20220718145508j:image

こんなの本で止まるのか?

 

よくiPhoneが銃弾を止めてくれたみたいな間一髪な海外のネットニュースなんかは見ますが、やはり本で止めようとするとちょっとした電話帳よりも厚くないとだめなようです。最近の電話帳は薄くなってきたので多分止められませんね。

 さて、銃弾を止められそうな本といえば大多数の読書家の頭をよぎるのは京極夏彦さんの京極堂シリーズじゃないでしょうか?言わずとしれたミステリの大御所シリーズです。

 欝気味の幻想作家関口巽、破天荒な探偵榎木津礼二郎あたりをメインキャラクターとして、古書屋にして拝み屋の中禅寺秋彦が不気味な事件を解決する長年続いた名物シリーズです。怪奇小説のような雰囲気を持ちながらもミステリとして非常に高い完成度を持ったこのシリーズは、その面白さに比例して文庫本の厚さが半端ないことになっています。一番厚いのはどの本かざっと調べてみたのですがどうやら絡新婦の理の1406ページのようです。これは銃弾も止まりそう。

 さて、今更京極堂シリーズを紹介するなどという野暮な真似はしません。かと言って、ルー=ガルーでもなければ、

京極堂シリーズの榎木津礼二郎が好き放題やるスピンオフ、百器徒然袋でもありません。

 

今回紹介するのは京極夏彦作のどすこいです。

ご存知でしょうか?どすこい。どすこいは次のような短編で成り立つコメディ、パロディ小説です。

1 四十七人の力士

2 パラサイト・デブ

3 すべてがデブになる

4 脂鬼

5 土俵(リング)・でぶせん

6 理油(意味不明)

7 ウロボロス基礎代謝

 元ネタがわかりますか?それぞれ

四十七人の刺客

パラサイト・イヴ

すべてがFになる

屍鬼

リング・らせん、

理由

理由、

ウロボロスの基礎論

以上が元ネタです。超有名時代小説からホラー小説の大家、文系的な京極堂シリーズと双璧を為す理系ミステリ作家、十二国記シリーズの作者によるホラー小説、押しも押されもせぬJホラーの代表作、宮部みゆきの超有名ミステリ小説、実名作家の登場する伝説的なミステリ小説などなど。決して一介の素人が安易にパロディにしたら各方面からお叱りを受けそうな大御所相手に、京極夏彦という大御所が力士、デブに的を絞ったパロディ小説を書いているのです。何故?

 内容は正直に言うと凄くしょうもないです。本当に。順にあらすじを紹介しますと、

1 四十七人の力士

吉良邸に討ち入りをしたのは実は幕内力士47人だった。赤穂藩を警戒していた吉良邸の武士に力士の張り手が、上手投げがせまる。

2 パラサイト・デブ

縄文時代のものと思われる氷漬けのお相撲さん、彼の遺体を調査したところなんとミトコンドリアが太っていた。蘇ろうとするお相撲さんから人々は逃げられるのか?

3 すべてがデブになる

科学者が山奥の古墳に入り込んで以来3年間出てこない。今まではモニターでやり取りをし、食料の差し入れを行ってきたがここ半年は連絡もつかない。彼らはなぜ古墳に籠もるのか?そして彼らは無事なのか?

4 脂鬼

村は肉襦袢で囲まれている。死体が太って起き上がり、夜になると村に押し掛けて食料を奪うのだ。デブのゾンビ相手に村人は為す術はあるのだろうか?

5 土俵(リング)・でぶせん

読んだら太って死ぬ呪いの小説の話。なぜ太るのか?そして何故死ぬのか?

6 理油(意味不明)

大学生の力士、その親、伝説の力士だった祖父、その3人が何故か曽祖父に勝てない。親子3代の悲願は叶うのか?

7 ウロボロス基礎代謝

小説家の京極夏彦が攫われた。目撃した編集者によると47人の黒衣の力士によってさらわれたらしい。何故さらわれたのか?そして何故力士なのか?

 A級映画のタイトルをもじったD級映画のような面々です。しかし、京極堂シリーズ作者の京極夏彦さんなので、筆力もさることながらコメディとしてはかなり面白いです。あとはパロディ元をある意味正確にいじっていてリスペクトを感じます。すべてがデブになるなんかは数ページしかない解決編が無駄にすべてがFになるっぽくてこんなパロディ小説に原作っぽいシーンいるのか?となりました。

 しかし、なんでわざわざこれを紹介したのかと言うとこの小説は私の思い出の小説だからです。小学生から中学生ごろ児童書、ジュブナイルから文庫本に手を出し始めるのはハードルが高くありませんでしたか?私は、文庫本≒大人の読む退屈な本というイメージがつきまとっていてなんとなく億劫で手が出せずにいました。たまに有名な映画のノベライズなんかを手にとってもいまいち面白いと思えず、文庫本への高いハードルがより一層高く見えたものです。しかし、平台に燦然と輝くどすこいは違いました。この表紙。面白くても面白くなくても最悪クラスで話題の種になるのは必至、と面白半分に手にとって見たら当時の中学生には抱腹絶倒の内容でした。読書でこんなに笑えることがあるのかと思うくらいには笑いました。そうなると気になってくるのはパロディ元の小説です。私はまず、すべてがFになるを手に取りました。当時は難解わながらも助教犀川創平のかっこよさにしびれ、森博嗣さんの著作を買い集めることになりました。その次は屍鬼パラサイト・イヴ、理由と次々にパロディ元を読み漁り、これらの本を読む頃には、それぞれの作家がエッセイや後書きで紹介する好きな本、影響を受けた本を孫引きするような形で読むことになりました。面白い作品を書く人が薦める本もまた面白いということ、読書の楽しさに気づかせてくれたのがこのどすこいでした。

 京極夏彦さんがどすこいを書いた意図は正直まったくわかりませんが、パロディに使った元ネタの小説はどれも一級品で、本作のコメディ要素も小説としては群を抜いています。京極夏彦以外の誰が吉良邸に力士が討ち入りする小説を真面目に書くことができるでしょうか?本作を読了し、京極夏彦ってこんな本も書くんだと思った日には、あの面白くとも分厚い京極堂シリーズにもなんとなく手が届きやすくなる気がします。

 京極夏彦という大御所作家が書いたどすこいという太めの地図を頼りに名作ホラー、名作ミステリに興味を持つきっかけとなれば吉良邸に討ち入りした力士の魂も浮かばれることでしょう。読み終わる頃には、力士がやってくる地響きがするとと思って戴きたい。