読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

エロ・グロ・ナンセンスにジュブナイル。何でもありの魅力〜道満晴明

 2022年7月20日道満晴明さんの最新作、「ビバリウムで朝食を」が発売されました。折角なので最新作の発売に合わせて大好きな漫画家、道満晴明さんの紹介をしたいと思います。

最新作。ドラえもんへのオマージュが散りばめられたジュブナイル

 道満晴明さんの最新作「ビバリウムで朝食を」は夏休みに七不思議を追う三人の女の子を描いた作品です。女の子の一人、ヨキは七不思議のひとつ人さらいのノッポマンと接触します。ノッポマンは人さらいなどではなくある人物を探しており、ヨキはノッポマンの人探しを手伝うことになるのでした。


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ヨキとネズミを怖がるノッポマン。


まるでジュブナイルの王道といった夏休みの様子ですがどうやら単なる一夏の思い出とはひと味もふた味も違うようです。それは何故かと言いますと、おばけが公然と存在していたり、


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公然とおばけの存在する世界観とおばけの「Q」

 

謎の生き物がいたりします。
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謎の生き物、ツチネコ。

 

そして、様々な効果のある不思議な「ナイショ道具」

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秘密のナイショ道具。

 

ご覧の通り、所々に藤子・F・不二雄先生へのオマージュが見られ、大長編ドラえもんの様な雰囲気が素敵ですが、それだけではありません。幽霊、謎の生き物に加えて我々の世界には存在するある道具に関する認識が無かったり、人探しを通じて少女たちは段々と危険な目にも合うことになります。藤子・F・不二雄先生のSF(少し不思議)な要素とSF(少し不穏)な要素が見え隠れする夏休み。夏にピッタリの作品です。続刊が待ち遠しいですね。

 最新作「ビバリウムで朝食を」を初めての道満晴明さんの作品として著作を読み進めるのも良いのですが、折角なので道満晴明さんのその他の著作の紹介を通してその魅力について語りたいと思います。道満晴明さんは1995年に成人漫画家として初の単行本を出して以来、成人漫画、一般漫画共に多数の著作があります。その作風はたんぱくな描写に比して濃厚かつ独特な世界観を構築しています。そのため作風が合う、合わないがはっきりしているようです。私は数年前に道満晴明さんの「ヴォイニッチホテル」と出会って以来、「おすすめの漫画or漫画家いる?」と訊かれる度に道満晴明さんを薦めてきたのですが、紹介した相手はめちゃくちゃハマるか合わなかったと言われるかの二択に綺麗に分かれました。どういう物が好きな方に合うかと言うと説明が難しいのですが、

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こういう、登場人物がややマニアックな知識についてやや説明口調で語り、コメントするやつ。個人的に大好物なシーンなのですが、このページにグッと来た方には多分めちゃくちゃ合います。この時点で著作を全部買い集めてもらっても一向に構わないのですが、流石にこの滅茶苦茶下手くそな説明を元に他人にお金を使わせるのはいかがなものかと思いますので、まずはジャブがてら短編集をおすすめしたいと思います。興味を持った方はまずこのニッケルオデオンを読んでみましょう。

いきなり3冊かよ、という声も聞こえて来そうですがまずは刊行順にニッケルオデオン赤を手にとって見て下さい。140ページほどの本に13の短編が入っていて、1つの短編は8ページ+おまけ1ページといった形式になります。星新一さんのショートショートの様な趣がありますが、漫画な分星新一さんの作品よりも更に読みやすいです。ところでニッケルオデオンってどういう意味かご存知でしょうか?ニッケルは5セント硬貨、オデオンは屋根付きの劇場という意味で、その昔アメリカにあった小銭で楽しめる小規模な映画館のことを言うらしいです。そう言われてみるとこの8ページと短い1つの話がなんとなく味が出てくる気がしませんか?さて肝心の短編の中身はというと、エロ・グロ・ナンセンス、ホラー、コメディなんでもありです。切ない話があったかと思えば、下品なギャグもあります。ニッケルオデオン赤で例を挙げると、


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部室で全力でしりとりをする高校生。理由はすぐに判明する。


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エイリアン3が嫌いな同級生とフェイスハガー的なものを探す話。

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愛しの先輩の無茶振りに応えるため狛犬鍋を作る話。


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やけに同性にモテる先輩の爆散した体を探す話。

 舞台装置の不思議さとそれでもサラッと読めてしまう軽い雰囲気が素敵です。個人的に好きな話はニッケルオデオン青に収録されている悪魔の話ですね。
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部屋に招待されないと入れない悪魔が宮沢賢治を引き合いに出し、食われてほしいと説得する話。

ここまで見るとちょっと切なげな話が多いのかな?と思われますが、急にフルスロットルで下品なコメディもぶち込んで来ます。たとえばこの話。

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今際の際に処女のおしっこが飲みたいとか言い出した祖父を巡る話。

こんなネタみたいな話でも他の短編との繋がりもあって意外と素敵なんです。

 

 いきなり下ネタが入ってくると言われると苦手に思う方もいるかもしれません。しかし、これこそが道満晴明さんの魅力だと思います。もし、でかい男たちが体格と技術を競うのを見たければ相撲中継を見ればいい。同じ体格・条件の中で技術、タフさを競うのを見たければ軽量級のボクシングの試合を見ればいい。寝技立技など比較的なんでもありのルールが見たければ総合格闘技を見ればいいんです。これが漫画ならエロを見たければエロ漫画を、ホラーが読みたければホラー漫画を読めばいいという話でしょうか?しかし刃牙喧嘩商売をちょっとでも読めばわかるように、力士がボクサーを寄り切る瞬間、レスラーが総合格闘家にブレンバスターを決める瞬間を見たくないですか?単一の格闘技ではなくそれぞれの面白さを活かした異種戦はやはり楽しいのです。フィクションの中だからこそ何でも有りを楽しむことができるんです。


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グラップラー刃牙より。

そして、漫画においてエロ・グロ・ナンセンス何でもありのルールでやってくれるそれが道満晴明さんだと思います。

 ニッケルオデオンを1冊読んでみて、面白ければわざわざ紹介されなくても次の著作を手に取りそうなものですが、次は是非道満晴明さんの長編を接種してみましょう。

「バビロンまでは何光年?」は地球が消滅し、ただ一人生き残ったイギリス人、バブが過度に働いている生殖本能に従いつつ宇宙を旅する話です。f:id:sannzannsannzann:20220721194005j:image

とりあえず保留し、異性を探すバブ。


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ちょっとしたビュッフェとイギリス人らしさ。

地球が消滅した謎を探りつつ、回転寿司を食べたり宇宙ヤクザの乗っている船にぶつかって労働させられたりしつつ自分の僅かに残っている記憶と向き合います。


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記憶の片隅に残るバビロンって何だろう?状態。

様々な異星文明を見つつ自分のルーツを探る旅はどうなるのか?宇宙を巡る見ごたえのあるSFです。

道満晴明さんの作品に慣れてきたところで、次は長編をと言いたいところですが、連作短編の紹介です。

メランコリア上下巻はメランコリア彗星の落下が予期される世界を描いた連作短編集です。それぞれA〜Zを頭文字としたタイトルの短編となっています。主人公がいて、そのキャラクターに焦点を当てているわけではなく彗星が落下する世界に生きる様々な人々を描いています。そして短編ごとにキャラクターや組織が僅かに関連しており、徐々にメランコリア彗星を巡る世界が明らかになってきます。


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国境の長いトンネルを抜けると、みたいな冒頭。

それはそれとして、個々の短編はコミカルで魅力的です。

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やっぱりスーパーヒーローともなると飛んでいるWi-Fiが見えるらしい。

 

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集英社の漫画でゲッサンを推すな。

詳細はネタバレとなるので伏せますが、メランコリアを巡るこの物語は、あらすじに記載されているように「この漫画を読み始めるとループして読み続けてしまう。」魅力があります。それは徐々に明らかになる時系列であったり、個々のキャラクターの関係が複雑に絡み合っているためで、まさに連作短編というジャンルの魅力が凝縮されています。

 さて、最後に紹介するのが個人的に一番好きな作品、長編のヴォイニッチホテルです。

全3巻

魔女の伝説の残る島、ブレフスキュ島にあるヴォイニッチホテル。日本から観光でやってきたクズキを中心として展開される物語。f:id:sannzannsannzann:20220724162800j:image

ブレフスキュ島。ガリバー旅行記由来の名前か?
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スペイン軍と戦った魔女の伝説。ちょっとしたラノベ
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ホテルのオーナー、チャック・ノリスに勝ったという伝説を持つ覆面レスラー。

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クズキ、本当に観光かどうかは後々明らかになる。

日本人のクズキが島に着いたころ、島ではバラバラ殺人が頻発しており、警察、そして少年探偵団が事件を追っています。その少年探偵団はメンバーにホテルの従業員を加えてホテルを調査し始めたり、また、島には次々と殺し屋が上陸する。

一体島で何が起こっているのか?


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殺人事件を調査する警察と頼りないキカイ刑事。


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次々とやってくる殺し屋達。

島、魔女、ホテル、レスラー、殺し屋、バラバラ殺人、少年探偵団、ロボット刑事、麻薬、漫画家、悪魔、七不思議、数学者の霊など要素を挙げるとかなり混沌としています。しかしこの闇鍋感のある物語の中で、登場人物達ひとりひとりの結末と今後が綺麗に描かれています。先程のバビロンまでは何光年?がバブ個人のルーツを巡る物語、メランコリアが彗星を中心とした世界の物語とすると、ヴォイニッチホテルは各キャラクターに焦点を当てた群像劇としての完成度が高いです。神の視点から、ホテルを巡る人々の物語を眺める素敵な体験ができます。この「ヴォイニッチホテル」は道満晴明さんの何でもありの魅力がこれでもかと言うほどたっぷりと詰まっています。是非クズキと一緒にブレフスキュ島での休暇を楽しんでみてはいかがでしょうか?