読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

終末だからこそ殺人は起こるのか?物理の北山猛邦さん

 もし世界が終わるなら何をするか?と言われるとまぁ終わるまでの時間にもよると思いますが、おそらく混乱を避けて家でゆっくりすると思います。できれば一年くらいで混乱も収まって前と同じ生活ができればいいですね。科学技術の発展を盲目的に信じているので、退廃的な雰囲気の終末世界は来ないと思っていますが、それはそれとして廃墟や廃村、かつて存在した人の営みみたいなものにしか無い雰囲気が好きです。

例えばこの、「ヨコハマ買い出し紀行」は関東が結構水没し、人口も減った終末感のある未来を描いているのですが、人の営みはあまり変わっておらず素敵な雰囲気があります。

 さて、人々は終末世界でも変わらず営みを続けるとして優先されるべきは衣食住の確保でしょうか?その後ら安定した生活が得られたところで次は娯楽が続くのでしょうか?ただそういった生活に必須な物の確保以上に、「世界が終わるのなら好き勝手生きてやる!ヒャッハー!」と普段ならスルーする嫌な人間関係をここぞとばかりに排除してやろう、まさに倶に天を戴かず!とか考える輩も一定数いるかもしれません。

 そんな終末世界でヒャッハーと殺人事件を起こす犯人を描いたミステリといえば北山猛邦さんです。多分終末世界+ミステリを描いた作家はこの方以外にあんまりいないです。

 私と北山猛邦さんの出会いは高校生の時、講談社ノベルズのメフィスト賞受賞作を読み漁っている時期でした。北山猛邦さんはクロック城殺人事件で第24回メフィスト賞を受賞しデビューしています。

今は文庫化していますが、当時講談社ノベルズ版のクロック城殺人事件は「本文208頁の真相を誰にも話さないでください」という帯の但し書きとともに、後半の推理パートは丸々赤い紙で袋綴じのようになっており、否が応でも興味をそそられる素敵な装丁の本でした。その内容はというと、太陽の黒点の影響で、世界中で異常気象が頻発し1999年に世界が終わると明らかになった世界で、まさにその1999年に幽霊退治の専門家南深騎(みなみみき)がある依頼を受けてクロック城に赴くが、そこで殺人事件に巻き込まれる、というお話です。終末世界でも人は殺人を犯す、そしてバレないように工夫を凝らすというのはまぁ言われてみればそうなんですが、静かに終焉を迎えようとする世界の描写に急に生々しい人の欲が絡んでくるとこれが意外と食い合わせが良いです。

 クロック城殺人事件から始まる北山猛邦さんの城シリーズはすべてファンタジーチックな終末感のある世界観が魅力的ですが、一方でこの城シリーズを数作書いたあたりでそのミステリに対する姿勢から、「物理の北山」というまるで、予備校講師の様な呼び名で呼ばれるようになりました。つまりはファンタジー寄りな世界観と裏腹にトリックは凄まじく物理的な訳です。ピタゴラスイッチのように緻密な密室トリックもあれば、一目でそういうことか!と納得する仕掛けを作品中に織り込む大胆さが両立されています。終末感ある世界観、大胆な物理トリック、そのどちらかを描いた作品はありますが、北山さんのようにセットにしてしまった作家は当時は(今もですが)レアで唯一無二の輝きを放っていました。

 さて、そんな北山猛邦さんの作品で私が一番好きなのは瑠璃城殺人事件です。

いわゆる特殊設定ミステリーと呼ばれる作品で、簡単に言うと、因縁に結ばれた城主の娘マリィ、騎士レイン、城主のジョフロワの三人が生まれ変わりを重ねつつ、マリィとレインはジョフロワから身を守ろうとするといったお話です。1243年フランスの瑠璃城、1916年第一次世界大戦中のドイツとフランス戦の塹壕、1989年日本最北の地の「最果ての図書館」この3つの時代を舞台に首なし死体の消失トリックが展開されます。1243年に騎士団の持っていた6つの短剣は呪われた短剣として生まれ変わるたびにマリィとレインを死に至らしめようとします。殺人事件、死体消失の謎という点はミステリとしつつ、ジョフロワから如何に逃れようとするのかはホラーやアドベンチャーゲームの様な趣があります。通常のトリックに加えて、その時代に生を受けていなければ相手を殺害or逃げることができないというある意味これも究極に物理的な命題をどう解決するのかも見どころです。

 ちなみに北山さんの最新作はこちらの月灯館殺人事件。

この作品は、複数のミステリー作家が缶詰になっている山中の館で起こる殺人事件を描いています。罪に焦点を当てて殺されていく作家達。瑠璃城殺人事件と同様に、どんなトリックで殺されたのか?また、そもそも殺人が可能なのは誰か?という点に思いを馳せつつ読むと良いのではないかと思います。

 それにしても、仮に私がこんなファンタジーチックな世界観の中にいて殺人事件が起きたとすると、「何か超常的な力で殺されたのか?」などと考えてしまいそうです。しかし、北山ミステリは大切なことを教えてくれました。「科学が支配するこの世界では基本的に触られなければ殺されない」ということです。

先日Prime Videoに追加されたウィリーズ・ワンダーランド。悪霊だろうが触れられるなら倒せる。

 

 作者の北山さんがそう考えているかどうかはわかりませんが、アリス・ミラー城殺人事件ではある登場人物が、「俺は犯人ではない、しかし、ここまで人が死んだからには俺が全員を殺せば俺は死なない。」と判断しある意味犯人側にシフトします。

「こんな殺人鬼が居るところで寝られるか!俺は一人で部屋にこもるぜ!」の最終進化形「ここにいる全員を殺せば俺は生き延びられる!」が拝める稀有なミステリ小説。

 

 言い伝えや因習が残る村だろうが、超能力者が治める教団だろうが終末世界だろうが触れられなければ殺されないのは同じですよね?北山猛邦さんのミステリの様な静かな終末世界、またはマッドマックスの様など派手な終末世界。どんな終末が訪れるかはわかりませんが、生き延びるために必要なのは、胡散臭い雰囲気とトリックに騙されず、必要とあらば相手を倒す覚悟ではないでしょうか?その心意気といざという時のための大胆な物理トリックを仕込んでおきたい方におすすめの作家さんです。