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或る夏の日の不穏な恋愛〜シギサワカヤさんのヴァーチャル・レッド

 今月私が力を入れてやっていたことは、物理的にも精神的にもアクリルを切っては接着し、ちょっとした器材を作るといった作業でした。

アクリルカッター。こういうので何度もこそぎ取るように切る。

 毎晩のように「キィ〜」という不快な音を漂わせながら幼なじみの変人と仲の良かった同期(退職済)と作業通話したり、ラインしたりしつつ器材を作り、いい加減友人達が病むかアクリルの切り過ぎで私が病んでバットマンヴィラン、「アクリルマン」として銀幕デビューを果たすか?といったところで昨日、そして本日不慮の事故でアクリルで作った器材が全懐し上司に報告したところこの仕事自体が無くなりました。ヤッタネ!

 今回はそんなクーラーも無い部屋でアクリルを切りつつ汗ダラダラで働きながら思い出した作品、シギサワカヤさんの「ヴァーチャル・レッド」を紹介します。

 

シギサワカヤさんのヴァーチャル・レッド(全3巻)

 シギサワカヤさんといえば、よく異性に振り回される男女を描き、恋愛漫画を中心に活躍されている漫画家さんです。長らくコミック誌「楽園」の表紙をされているので絵を見たことある方も多いのではないでしょうか?

「楽園」実物はかなり大きかった気がする。

コミカルな雰囲気の中にガチめな恋愛描写をぶっ込んでくる作風をもってして田舎のイガグリ頭だった私に「大人、すげぇなぁ。オレもいつかこんな恋愛してぇなぁ。」とずっと刷り込んでくれた親鳥のような方です。

 世界に様々な恋愛漫画があれどシギサワカヤさんの作品は「こんな恋愛してぇ」という気持ちを噴出させる能力がトップクラスです。恋ダンスしてる場合じゃねぇ。

「こんな恋愛してぇ」の代表?

 シギサワカヤさんの作品はたとえば、不思議系ながらも聡いところのある先輩(彼氏持ち)との恋愛を描いた「ファムファタル

ファムファタル(全3巻)

 敏腕デザイナーの主人公のもとに一癖も二癖もある双子の女が迷い込んでくる「お前は俺を殺す気か」

お前は俺を殺す気か(全5巻)

 幸せな結婚を控えつつも他部署のイケメン社員に心を惹かれ続ける女などの話を含んだ短編集、「箱舟の行方」

箱舟の行方(全2巻)

 などなど恋愛の「こんな恋愛してぇなぁ」という主成分に「恋愛ってこういうの面倒くせぇよなぁ」というスパイスが程よく混ざり、素敵なフレーバーとなっています。

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誰にも言えないより、恋愛のクソみたいな部分。これは殴っていい。
 個人的に好きなのは箱舟の行方に収録されている1ページ漫画「ウィーク・エンダー」です。1ページ漫画を引用するのはどうかと思いますので概要を説明すると、同棲相手の眼鏡のネジを調節してあげるいじらしい女性の話ですね。百人一首で言うと38首目の右近の歌みたいな雰囲気です。

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右近「忘らるる身をば思わず誓ひてしひとの命の惜しくもあるかな」訳「彼に忘れられる私のことはどうでもいいのです。それよりも神に誓って私を愛すると誓った彼に神罰が下ることが惜しまれてなりません。」

 右近のように強い女性はかっこいいですがシギサワカヤさんの作品にはこういったかっこいい女性が沢山出てきます。

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九月病より海老沢さん。


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さよならさよならまた明日より万喜さん。

なんか読み返すとデコ出てる女性が多い気もしてきた。

そんなかっこいい女性やかわいい女性が多数の「こんな恋愛してみてぇ」となるようなシギサワカヤさんの作品の中で「こんな恋愛したい?あれ?わからん?」となるのが冒頭で紹介した「ヴァーチャル・レッド」なんです。あと夏にピッタリ!いろんな意味で!

 主人公の藤井は優秀なプログラマーとして夕方と早朝どっちだっけ?となるような多忙な生活を送っています。
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仮眠明けの主人公。朝であることに気づいてもいない。

ある夏の日、怪しい後輩から不穏な噂を聞きます。曰く、「ストレス解消したいなら、誰とでもやらせてくれる女がいますよ?」と。

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なんのけなしに、そして、吸い込まれるように噂の家にたどり着いてしまった藤井は、家の中で女と出会いそして強く惹かれるようになります。

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怪しげな美女。

 家から出るとその姿も曖昧になってしまう家の不思議さと、彼女を求め、噂が本当ならば誰にも彼女のもとに通ってほしくないと藤井は社会人なら誰しも憧れるような休みのとり方をし彼女と生活をともにするようになる、といったお話です。
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権利はあるけど行使する度胸は無い奴。

 藤井と彼女との間に何があったかを知る噂の出どころの怪しげな後輩の謎や、f:id:sannzannsannzann:20220831223055j:image

序盤から出てくる後輩の黒幕感。

明らかにいつか失われてしまいそうな関係(と肉体)に溺れる藤井。そして時間が止まったかのような家の謎。エロさと怖さでやや脳がバグりますが、両方とも刺激という点では同じなので食い合わせは非常に良いです。エロさと食事で脳をバグらせてくる不倫食堂とかもこの系統ですね。

こんな出張は多分ない。無いはず。な不倫食堂。

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ヴァーチャル・レッド1巻より。刻んだトマトをめんつゆにつけてうどんを食べるシーン。食い合わせが良さそう。こんなのほほんとしたシーンも、唐突に回収されるので気が抜けないです。

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自分しか知らないプライベートなことを急に耳打ちされたら怖くて泣いちゃう。

 最近、多忙で朝も夜も無いような方、恋愛とホラーをいい感じに混ぜた作品が好きな方、普通の恋愛は飽きたとか言っちゃう方、是非シギサワカヤさんのヴァーチャル・レッドを読んでみてはいかがでしょうか?夏にピッタリの作品です。