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浅見ヒッポさんのみなそこに澄む世界〜川に飛び込むタイプの田舎の思い出

 日本の人口は特定の都市に集中しているので、大きく分けると田舎に住んでいる人と都会に住んでいる人に区分できます。

 そうなると少年時代の過ごし方としては、都会から田舎に転校してきて馴染めないでいるうらなりの男の子とそんな彼に苛立ちを感じつつ、度胸を試してやろうと「そこの橋から川に飛び込めたら仲間に入れてやるよ〜!」と叫ぶタイプの男の子の2つですね。

 想像だけど多分菊次郎の夏にもそういうエピソードがある。

「田舎モノの癖に!こんなことでいい気になりやがって!僕も男だ!見てろよ!」と飛び込んだ都会の子は打ちどころが悪く頭から血を流し、恐る恐る近づいてみるとまだ息はあるものの、傍目には手遅れにしか見えない。そんな僕と友人たちの人だかりに気づいた青年団に所属している兄に「今日お前たちは何も見なかった!ええな!兄ちゃんがなんとかしたるから、早く帰れ!」と言われ、怖くなって家に帰った。夏休みが終わると担任の先生に転校生はサナトリウムに行ったと言われた。いまだにあのときの男の子の恨みがましい目が忘れられないが、自分を含めてあの場にいる友人たちは大人になり、みんなちっぽけながらも幸せな日常を生きている。どうしても聞けなかったが、あのとき兄貴は本当にあいつを助けてくれたんだろうか?わからない。真面目な兄は数年前から酒浸りになってしまった。たまに会えば金の無心をしてくるだけだ。なんとなく抱えた負い目もあり、少ない手持ちから酒代を渡す毎日。しかし、訊ねようにもなんと言えばいいんだ?あぁあの夏をやり直すことができたら。

 

日本の形でもあった気がする。そんな夏休み。
 誰しもそんな忘れ去られた夏休みの思い出があると思います。友人とかに覚えてるか?と聞いても嫌な顔をされるかはぐらかされるタイプのやつです。
 前置きが長くなりましたが、そういった田舎の思い出がギュっと詰まっているのが浅見ヒッポさんの「みなそこに澄む世界」です。

既刊1巻


 この物語は川がきれいな田舎町から10歳のの頃に東京に転校し、夏休みの間だけ田舎の祖父母の家に遊びに来る高校生の女の子の澪(みお)とその初恋相手の航平、そしてふたりの歳上の幼馴染で既婚者の咲和子の3人を中心とした話です。澪から航平への恋心と航平から咲和子への淡い想いが三角関係の様相を呈しています。


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キュンとくる三角関係の様相


 といっても田舎のラブとコメディとキャッキャウフフという雰囲気ではなく、航平は中学3年からに1年間行方不明となりましたし(そしてめちゃくちゃ不穏な感じで戻って来た)
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多分日本で1番怖い初恋の相手との再会シーン。


彼が行方不明になってからほどなくして咲和子は交通事故に遭い死亡。f:id:sannzannsannzann:20221115001749j:image

 そんななんとも言えない雰囲気の中、鬱屈としていた澪は久しぶりに川に飛び込むのですが、
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飛び込み1回目と2回目。主人公が1冊のうちに3回〜飛び込む稀有なマンガ。

 

川の底にあった、内部で魚の泳ぐ光る石を触った結果、別世界に飛ばされます。

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そこは、自分が元々居た世界と全く同じであり、祖父母の家に帰ると当たり前のように自分が生活しているのでした。


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自分とのファーストコンタクト。f:id:sannzannsannzann:20221115002800j:image

自分との恋バナ。

 さて、自分と仲良くなるという稀有な体験をしてのほほんとしていたのもつかの間。そういや帰り方わからない!とぷちピンチに陥っていると愛しの航平が助けてくれてめでたしめでたし。


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助けてくれた航平くん。

 

という訳ではなく、
1 川底の世界では咲和子は交通事故に遭わず生きていた。
2 航平は行方不明の1年間この川底の世界で過ごしていた。
3 川底の世界とは夏の間しか行き来できないこと。
4 航平(達)は川底の世界を利用して良からぬことを企んでいること。


などなど若干不穏なことか次々と明らかになっていくのでした。また、生き残った川底の咲和子さんも何やら隠し事があるようです。

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ゆるふわ歳上幼馴染が一瞬で怖くなるシーン。

 主人公の澪(達)がなんとか物事を穏便に収めようと奮闘するのですが、ここでちょっと斬新なのが相手の航平が複数な点ですね。航平(達)は1年以上前にファーストコンタクトを済ませている訳ですが、表(便宜上)と川底のふたりの航平には咲和さんの有無など差異が生じています。今のところ共同して目的に向かっているふたり(1人)ですがこの関係が破綻することも大いにありえます。

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24時間一緒にいるわけでもなく、違いが生じているふたり。


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スティール・ボール・ランより、自分と仲良くやれるタイプの人。

 

自分は自分とうまくやれるのか?裏切りあわないのか?というのもさることながら、彼らふたりは各々しか表と川底の出自であることがわかりません。傍から見ても全く同じ見た目をしているためです。ということは、入れ替わっても全く問題がありません。アリバイ作りにもうってつけです。そして見分けがつかないということは、他の登場人物もこの川底の入れ替わりを利用できる人がいる可能性があります。そして、2つの世界の唯一の差異である咲和子さん。なぜ差異が生じたのかはこの一巻を読めばなんとなくわかってきますが、この生き残り?の咲和子さんが物語の不穏さを盛り上げる一因になっています。この不穏な展開を持ち前の明るさと行動力でなんとかしないと!頑張れ自分(達)!といった感じの澪達が素敵な漫画ですね。


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恋する女の子(達)強い。

 そんな感じで「みなそこに澄む世界」の紹介をしましたが、このタイトル非常に綺麗ですね。敢えて「みなそこに」とひらがなにしているあたり、「皆、底に」とも「水底に」とも読める気がします。そして澄むというよりか、「棲む」といったほうが良いような展開。今後も目が離せません。とりあえず、川に飛び込むタイプの田舎が好きな方、思い出せない夏の日がある方はぜひ手に取って見てください。
 ちなみに作者の浅見ヒッポさんは元々WEBマンガで有名な方です。「空が赤く落ちる」は近未来のほぼ有事みたいな沖縄で、ある機械化(戦車ではなくロボ)小隊を中心とした陰謀を描いた作品です。こちらも作者の浅見ヒッポさんの不穏スキルが存分に発揮されているので、みなそこに澄む世界を読む前に、この作者さん合うかな?とちょっとおためしで読んでみてもいいかもしれません。私はわざわざPDF化してKindleにぶち込むくらいには大好きなWEBマンガです。