読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

人と違うものが見える様になるには〜本田さんの「ほしとんで」

 今まさにここで、農作業をしながら歌う人を色んな人が見たとしてその感想は千差万別なものになると思います。

 「楽しそう」「実ったナスが美味しそう」「うちの実家に似ている」「身に着けたアクセサリーが綺麗」「いつの時代かわからない」はては、専門的知見を持つ人が見ると、「手作業でやるには農場が広すぎる」「楽しそうに歌っているが、あれはこの地方では別離の悲しみを紛らわすための曲だ。」「作物と土の色からここは火山地帯」「耕作機械が最新機種」等々、見る人のこれまでの人生や趣味、教養なんかによって全く違ったことを考えるのではないでしょうか?

 私がエッセイやラジオが好きなのは、私が世界を見て感じていることと、他人が同じ物を見て感じていることが全く違うということが再確認できて面白いからです。

 さて、エッセイを読んだりラジオを聴いたりするならともかく、他人が景色を見てどう思っているか?なんてのは伺い知ることはできません。しかし、俳句の講義を取っている奴らが風景を観ながら何を考えているかは分かります。「一句詠んで句会に、課題に間に合わせたい!」です。

 今回紹介する漫画は、大学の芸術学部で俳句を専攻する学生を描いた本田さんの「ほしとんで」です。

(全5巻、完結済)

 八島大学芸術学部、通称やし芸に晴れて入学した尾崎流星(おざきりゅうせい)は、幼い頃の黒歴史により何事にも動じない淡々とした性格の大学1年生です。

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主人公?の尾崎流星

 彼はぼんやりと物書きになりたいと考えていたところ、入学早々文学のゼミではなく俳句ゼミに入ることになりました。

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文芸学部の現状。

 決して俳句を希望した訳ではなく、そもそも文芸学部に入学する人間なんて、殆ど小説書いて食っていきたい(偏見)ので、俳句という超絶不人気なゼミを希望する人間はほぼおらず、無情にも大学の事務の方の振り分けによってランダムに配流された訳です。そして、このマンガは茫洋とした尾崎君が俳句を通じて人間味を取り戻し、「これが涙」とかやる訳ではなく、尾崎君をはじめとした俳句ゼミの人間が俳句を通じてほんの少しだけ風景の見え方が変わる物語です。(だと思います。)

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ある意味元祖?

 

 そもそも俳句、詠んだこととありますか?我々の社会にうっすら存在する似たような奴ら(俳句、川柳、短歌)の定義がわかりますか?まぁ私もかなり曖昧なんですが調べたところ次のような感じでしょうか?

 

五七五……俳句(文語)、川柳(口語)

五七五七七……短歌(口語)

 

そのうえで俳句には季語が入ります。

 なんのこっちゃって感じではありますが、確かにサラリーマン川柳とか恐妻の恐ろしさを端的に語っていても、恐妻を季節の風景に例えたりすることは無い気がしますね。

 風景を見て感じたことをただ詠むだけなら何となくやっつけちゃえそうな気もしますが、そこに季語を含めて含意を持たせるなんてのは頭を2回転半くらいしながらゾンビみたいに歩き回らないと見つからない気がします。

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季語を纏めた本「歳時記」を持って検討している様子。

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歳時記、擬音が良い。

 脱線しますがこの歳時記、普段の我々の語彙に無い日本の美しい季語が多数載っているので俳句やってなくても読んでいて楽しいです。f:id:sannzannsannzann:20250119185349j:image

美しい日本語の例

 各々講義の合間に大学構内を散歩して俳句を詠んだり、時にはゼミの皆で鎌倉に出かけて俳句を詠みに行ったり(吟行と言うらしいです。)して、普段何も考えていなかった風景から季節を読み取ろうとしたり、同じ風景を見たのに人によって全く違う俳句がアウトプットされるのが本作の魅力だと思います。

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俳句ガチ勢な先輩を伴った吟行(出発前)f:id:sannzannsannzann:20250119194937j:image

吟行中、同じ風景を見た他人の俳句。

 もうひとつ、「ほしとんで」を読んで俳句の魅力だなぁと思ったのが俳句の評価の仕方です。句会では詠んだ俳句を次の様に評価するそうです。
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①短冊に無記名で自分の句を書く

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②短冊をシャッフル、皆で清記用紙に記入f:id:sannzannsannzann:20250119190450j:image

③清記用紙を回覧して自分が良いなと思った句を選ぶ。

 つまり評価までは完全に「匿名」なんですよ。

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悲壮な覚悟を決めていた主人公。そんなことはしない。

 とは言え、表現者としてどうしても気になってしまうのが他人からの評価です。

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添削不能と言われたり。

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皆に自分の句を選ばれてニヤニヤしたり。f:id:sannzannsannzann:20250119191500j:image

一喜一憂死を覚悟したり。

 とにかく、一度言の葉が口から飛び出したならば他人からの評価が気になって仕方ないというのも誰しもそうでしょう。特に創作者だとそんな気がします。

 そんな評価に一喜一憂する大学生を尻目に「ほしとんで」で描かれているのは俳句の表現に対する平等の精神だと思います。

 同じ句会に参加すれば、大御所だろうが素人だろうが詠んだ句は同じ土俵に乗るというのは中々凄いことだと思います。出自も見た目も句には一切関係無いんですよ。小説とかだったら新人賞の最終候補作の座談会でよく作者の職業について語ってたりしてますが、俳句は詠んだ人が何者でも関係ないってのはなんか良いなって思いました。まぁ五七五の後に現役高校生とか開業医とか書いてたら集中できないですよね。

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表現で受賞しても、「ハーフなのに凄い」という色眼鏡でしか見られていなかったレンカさん。
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出自なんて関係ないと吠える先輩。かなり好きなシーン。

 そんな俳句の魅力を伝えつつ、合間合間に挟まれる俳句ゼミ内でのシュールなやり取りも本作の魅力です。キャラの魅力はある意味どこにでもいる大学生って感じなので、このシュールさは作者さんの描くやり取り由来ですね。巧み!

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無いよそんな経験。

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アイコンタクト(渋め)

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俳句内肉球談義

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凄い真顔の赤ちゃん。

 季節の移ろいがマックの月見バーガーや、なか卯の味噌汁の具でしかわからない人、失恋で最近何を見ても灰色にしか見えない人なんかに「ほしとんで」オススメです。是非歳時記を片手に風景を見に、外に出ましょう。

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風景を見に行ったら滅茶苦茶大量に居たシカ。

 

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