読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

吉田篤弘さんの「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のことばかり考えて暮らしてる

 丁寧な暮らしとは一体何でしょうか。今私は、単身赴任でお茶の聖地みたいなところにいるので、水出し緑茶に焼酎入れて湯船の中で飲みなりながら読書してるんですが、これは丁寧な暮らしと言っても良いんでしょうか?

 小説の登場人物が丁寧な暮らしをしている様に感じるのは、一人称視点で生活が事細かに描写されてないからだと常々思ってます。実際、イケメンな主役が車庫証明取りに行くとか重曹買いに行くとかそんなしょうもないシーン別に見たくないじゃないですか?確実に丁寧な暮らしを送って無いにも関わらず「ノルウェイの森」辺りの小説が何となく丁寧な暮らしに見えるのはこの一人称マジックだと思う今日この頃です。

 

多分テキトーな感じなのになんか丁寧な暮らしに見える村上春樹作品

 じゃあこの一人称マジックに依らず丁寧な暮らしをしてる本って何なんだよとその答えはそう、吉田篤弘さんの「それからはスープのことばかり考えて暮らした」です。

(中公文庫)

 本の内容に先立って、作者の吉田篤弘さんについてWikiを引用しますと以下の様な感じです。

吉田 篤弘(よしだ あつひろ、1962年5月4日)は、東京都出身の作家。妻の吉田浩美との共同名義クラフト・エヴィング商會としても活動し、著作およびデザインの仕事をしている。

 つまり小説家であると同時にデザイナーとしても活躍されています。実際に著作のいくらかはご自身でデザインされた装丁の物も多い様です。

f:id:sannzannsannzann:20250503231110j:image

クラフト・エヴィング商會「ないものあります」より。洒落の効いたクスっとくる本。

 さて、この「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のあらすじはと申しますと、さるちょっと人気のサンドイッチ屋「トロワ」にお世話になっている主人公、「オーリィ君」がある日トロワの主人の頼みで店で提供するスープを考案すると言った話です。

 冒頭で主人公は引っ越してきた町でサンドイッチを買い、行きつけとなった映画館でゆっくりとサンドイッチを食べます。それは映画が頭の中に入ってこない程美味しいもので、彼の日常にゆっくりとサンドイッチ屋が入っていきます。彼は非常に分かりやすい人物で地の文でも「それからはスープのことばかり考えて暮らした」「それからはサンドイッチのことばかり考えて暮らした」等々、シンプルに分かり易く生きています。

 無駄を削ぎ落とした描写の中でただただ美味しいサンドイッチとスープのことだけが目立つ文章を、美味しいパンを食べる度に思い出してしまうという、ある意味「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のことばかり考えてこの7年くらい生きてきました。誰かに貸したまま手元に長い間本書がなくて最近入手し直したためです。

 本書の我々の知らない架空の町で我々の知らない時代を生きているんじゃないかってくらい悩みや欲が感じられない描写は、いつかこうなりたい解脱した先の様にも思われます。 

 高校・大学の部活動、新入社員の頃の業務、何も分からなかったが故に常に悩んでいた様に感じます。そして何なら今も日々悩み苦しみ生活している訳ですが、自分がいつかこの「スープのことばかり考えて暮らす」レベルまで到達することがあるのかななんて考えてしまうのは、私はこれが「丁寧な暮らしのハイエンド」なのだと思っているからなのでしょう。

f:id:sannzannsannzann:20250518171647j:image

3月のライオンより。悩みと上手く付き合える人間になりたい。

 そしてついでに言っておくと、デザインだけじゃなくてタイトルセンスも秀逸だと思うんですがどうでしょうか。「月は無慈悲な夜の女王」「流れよわが涙、と警官は言った」ばりに記憶に残るタイトルです。

f:id:sannzannsannzann:20250503232009j:image

彼は小説執筆だけじゃなく装丁も手掛ける。タイトルセンスも秀逸だ

 また「それからはスープのことばかり考えて暮らした」の舞台と同じ月舟町を描いた作品に「つむじ風食堂の夜」が有ります。

 

(ちくま文庫)

こちらは腕だけが手品師だった父、劇場でタブラさんが淹れていたエスプレーソといった思い出を胸に秘める中年男性が一日の終わりにつむじ風食堂に寄るお話です。つむじ風食堂はパリ帰りの主人の心意気が詰まった安食堂で、コロッケではなくクロケット、豚の生姜焼きではなくてポーク・ジンジャー、サバの塩焼きに至ってはサヴァのグリル、シシリアンソルト風味という洒落た店です。そんなお店に集うのは帽子のほかに「二重空間移動装置」なる物を売りつけてくる帽子屋、古本屋のデ・ニーロの親方、ついつい眉間に皺が寄ってしまう舞台女優に町の明かりになるために深夜営業してる気のいい果物屋などが通っており、なんというんですかね。旅行で知らない町に行ったときになんとなく入った小料理屋で意気投合した人々って感じが居心地の良い読み口を与えてくれます。

f:id:sannzannsannzann:20250518172906j:image

(陋巷酒家より。旅先の居酒屋がこんな感じで常連で盛り上がってる所に異分子として入るのが好き。)

 自分の普段と比較すると「たぶんこの人たちXとかやらなくて幸せに生活してるんだろうな」とか思っちゃうくらいには丁寧な暮らしをしています。丁寧な暮らしに比較を入れ無いこと大事。

 さて、最後に紹介するのは夜の東京を描いた物語「おやすみ、東京」です。

この本は連作短編集で、映画のため果物のびわや落花生の殻を割る器械を深夜に探す小道具係、ガラスの専門家、年に一度びわを盗んでは酒を漬ける電話相談員、電話を処分する電話の葬儀屋、夜しかやっていないタクシー、映画にもなった名探偵、壊れたものばかり売る謎の古道具屋、11人の中々仲良くできない女優達、そして4つの食堂が十字路で一つになった「よつかど」等など主人公を変えつつ各短編は共通の登場人物達で彩られます。あれですよあれ、ラブ・アクチュアリー的な群像劇!

 

(群像劇と聞くとこれと有頂天ホテルが浮かぶ)

 群像劇を扱った作品は多々あるんですが、深夜の誰もいない町ばかり描かれるせいか全体的に静かな雰囲気で風呂上がりに寝床で読むことを推奨します。たぶん滅茶苦茶いい夢が見れます。東京のそこそこの街を描いてるはずなのに静か過ぎてやっぱりこの小説の登場人物達もXとかやってないと思われます。私の知ってる東京と違う…。群像劇としては問題があって、偶然それが人々の繋がりによって綺麗に片付いて人生が上手くいく…みたいなやつではなくてもう少し静かな、寄り添ってやった線香花火が上手く風を避けて長く続いた喜びみたいな感じの小説です。

 一番好きなシーンは、グラスに氷を入れて氷だけの状態でマドラーをかき混ぜ、唇が切れそうになるくらいグラスがキンキンに冷えてからコーラとウイスキーを注ぐシーンですね。コカ・コーラから宣伝料金貰ってんのかと思いました。滅茶苦茶美味そうだし。

 Xばっかり見るのを止めたい方、休みを充実させたい方は是非スマホを置いて吉田篤弘さんの文庫本を片手に街へ繰り出してはどうでしょうか。何でもない素敵な丁寧な暮らしができると思います。

↓よろしければ「読書」のバナークリックお願いします。やる気が出ます。