読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

確率の先にあるもの〜宮内悠介さんの「盤上の夜」

 SFはあらゆるジャンルと相性が良いと思ってまして、それは我々の日々の生活も進展していく技術に支えられているが故です。

 特にサイエンス・フィクションと言うだけあってフィクションとの相性は抜群です。架空の世界には架空の科学があって然るべきだからでしょうか。

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道満晴明ビバリウムで朝食を」より

 そんな無限に広がる空想の世界は大好物なのですが、敢えて有限の世界を細かくクローズアップしていく感覚が私は好きです。

 昔読んだ論文で印象に残っているものがあるのですが、石を破砕する際のシュミレーションに関する研究がありまして、その計算は、破砕すればするほど要素の数が増えていくので有限である筈の石が無限の様に細かくに分割されていき、ついでに計算負荷が何だかとんでもないことになっていくという内容でした。石を破砕するミルという区切られた有限の世界が無限に広がっていく様はなんとなくワクワクしたものです。

 

こういう観念的なの。

 

 そういう意味では有限な筈なのに無限に広がっている様に感じられるものといえばボードゲームです。

 今回紹介するのは、囲碁や将棋に麻雀など、ボードゲームの中にある宇宙の様な世界を描いた連作短編、宮内悠介さんの「盤上の夜」です。

 

宮内悠介さんの「盤上の夜」

 

 まず表題作の「盤上の夜」ですが、少女が様々な苦難を乗り越え、日本で碁で活躍するという話です。様々な苦難って何だよと言うとここで書くのも憚られるレベルの話なので遠慮しますが、取り敢えず少女は四肢を失ってます。このあたり、この作品ではさらっと流されてますが、ホラー映画でも人を選ぶタイプのやつなんじゃないかとはちょっと思います。手が無いので元タイトル保持者を贅沢に代打ちに据えたり、逆に変に相談や八百長の疑念を抱かせないために口を使って指したりしつつ、現役のプロ相手に快進撃を続け見事プロ棋士としてデビューを果たします。

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プレデター:バッドランドより、下半身が欠損したアンドロイド「ティア」。この「盤上の夜」もそうですが、なんか変なフェチに目覚めそうな作品でした。

プロ編入後も、勝ちを重ねていく彼女は四肢がない代わりに盤上の局面を実際の感覚として感じられるようになり…という四肢の代わりに盤上の局面を感じる新たな感覚器官を得た棋士がたどる数奇な運命を描いた作品です。伝記のようでもあるその筆致は、まるで実在の人物について語られているようでサイエンス要素もさることながらフィクション力がかなり高いです。

 また、存在しない感覚器官をもつ棋士の対局の話を氷壁に挑むアルピニストに喩えるあたり、その過酷さを素人目に感じられるあたり比喩が上手い!

 単純にこの話がめちゃくちゃ大好きなだけなのですが、これだけでも読んで!と声を大にして言いたい短編です。SF好きは存在しない感覚器官の話をされるのは勿論大好物でしょうし、少年ジャンプやヤングジャンプを読んで育った方は、竜の紋章が浮き出ないかとか、自分の赫子(かぐね)のタイプを妄想したりしたと思うのですが、そういう心が中学生な方々にもぜひおすすめしたいですね。

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ダイの大冒険よりドラゴニックオーラ

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東京喰種より赫子

 さて、麻雀では牌が配られた瞬間に役が出来て上がりとなることを天和(テンホー)と言うらしいですが、この確率は33万分の1だそうです。つまり将棋や囲碁と違って麻雀ではどんな素人でも一回なら奇跡が起これば勝つ可能性があるということです。将棋や囲碁もこれ以上に低い確率、猿がタイプライターでシェイクスピアの戯曲を書き上げるくらいの確率でなら勝てるかもしれませんがまぁ厳しいでしょう。そんな可能性の世界に踏み込む短編も勿論あります。

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魔人探偵脳噛ネウロより。

 宗教法人の代表で都市のシャーマンと呼ばれる優澄、勝って優澄を治療したい優澄の元担当医、酒に溺れている節のある麻雀トッププロ新沢、統計・確率計算の天才でありサヴァン症候群の当山。

 ちょっと既に地下で行われる最大トーナメントみたいな趣ですが、実際は魔術を使う最強のシャーマンの麻雀VS残りの三者という感じです。序盤から語られる彼女の異様な打ち筋、何故彼女には牌が見えているのかという謎が残りの三者それぞれの目線で語られます。麻雀自体が狂ってないとできないような確率と意思の混在のような競技です。作中でも述べられていますが、まさに確率の中にある狂気に踏み込んだ短編です。この短編の中で滅茶苦茶好きなセリフがあるのですが、絶対麻雀で聴かないタイプのセリフなので是非気になる方は読んでみてください。そこだけややホラーしてました。

 ここでは紹介していませんが、他にも「かつて存在した計算機に解かれてしまったボードゲーム」で無敵を誇った実在の人物を描いた短編や、ラーフラを主人公にボードゲームの概念自体を描いた短編など絶対にこの本でしか感じ取れない世界がある!と自信を持って紹介できる作品です。

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宙に参るより、将棋を「解く」かもと言われている電子計算機「棋星」

 最近登山が趣味なのですが、何が良いかと言いますと登る前後、巨大に見えた山に自らの脚でたどり着いた実感があるからだと思っています。一方で昔からダムが好きで、つまりは取り敢えずスケールの大きい物が好きなのでしょう。

 数字や確率という際限なく大きい世界に有限のボードゲームから切り込んだこの短編集は、「取り敢えずデカいものが好き」「スケールを感じたい」方に是非おすすめしたい一冊です。

 

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