読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

6/24は全世界的にUFOの日です〜秋山瑞人さんの「イリヤの空、UFOの夏」

 本日6/24は全世界的にUFOの日です。何故なら1947年に実業家のケネス・アーノルド氏がレーニア山で皿型の空飛ぶ円盤(UFO)を目撃したためです。(ケネス・アーノルド事件)また、同年7月にはニューメキシコ近郊のロズウェルにて空飛ぶ円盤が墜落したとアメリカ軍が発表し、後に観測気球だったと訂正しています。(ロズウェル事件)

 私のようなスペースピープルには常識なんですが、夏はやっぱりUFOの観測にぴったりな季節なんですよ。ただ、昨今の怪談で怪異ではなく「ヒトコワ」が流行している様に、超常現象系もなりを潜めているのが悲しいところです。「本当は人が一番怖いんだよね…。」みたいなの求めてないんだよ。そんなん小説読まなくても働いていれば分かるんだからよ!

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大抵の「ヒトコワ」より「東京都北区赤羽」のペイティさんの方が怖いんだからフィクションの中くらいUFOや妖怪とイチャイチャさせてくれよ!

 さて、心がねじ曲がって捻くれているので、皆が推していると逆向きに走り出したい性分ですので今日は敢えて篠田節子さんの「ロズウェルなんか知らない」の紹介をしようと思ったんですが、「町おこしのためにUFOを利用して頑張る青年団(20代後半〜30代後半)という構図がある地方」はもう超常現象よりも少ないのではないかと思い、ちょっと別の方向でセンチメンタルな気分になったので素直にビッグウェーブに乗ります。

 

UFOで町おこし系小説。面白いよ。

 本日紹介するのは秋山瑞人さんの不朽の名作「イリヤの空、UFOの夏」です。

 

(全4巻完結済み)

 「イリヤの空、UFOの夏」は中学2年生の夏休みに新聞部の先輩と近所の米軍基地を監視して未確認航空機の存在を明らかにしてやると山ごもりしてついでにタヌキを餌付けしたり、なんか夜中の野球場横でユサユサ動いている車に取材と称して爆竹投げたりと今は無い青春の1ページを送る浅羽直之君(14)を巡る物語です。

 そんな数値を青春に全振りした結果、宿題はおろか人間らしい生活すら放棄した夏休みを送っていた浅羽は、夏休みの締めくくりに忍び込んだ深夜のプールでタイトルにもなっている少女イリヤと出会います。浅羽は泳ぎ方も分からない、寡黙な美少女イリヤに一晩だけ泳ぎ方を教え、夏休みは終わったけど青春のおかわりはこれからや!と思ったのも束の間、社会性が無い怪しい感じのお兄さんに声をかけられ、ついでにちょっと怪しいお兄さんのお友達のメン・イン・ブラックみたいな黒服の方々に囲まれて帰宅することになります。

 そんなけったいな夏休みが終わったあと、宿題を出していないことを暴力的なクラス担任河口泰蔵三十五歳独身と一緒に思い出したりしてる間にプールで出会ったイリヤは転校生として浅羽のクラスに転校して来ました。ただし、ラブコメ的な雰囲気よりは背後にメン・イン・ブラックの存在を常に感じさせて。

 本作をボーイミーツガール、セカイ系の古典的名作、とか言い始めるとまぁそれで紹介が終わってしまうのですが実際その通りです。中2で接種したら多分取り返しがつかないと聞いたことがあります。

 乾くるみさんの名作「イニシエーションラブ」が恋愛ごっこが恋愛に至るまでの過程を描くとすれば、本作は主人公浅羽が少年から男になるまでのイニシエーションです。映画ならスタンド・バイ・ミーか。

 

名作だけど「最後の1ページで!」みたいな持ち上げられ方勿体ない。

本作には少年が男になるために必要なものが全て詰まってます。新聞部、暴力、原チャリの盗み方、映画デート、文化祭、フォークダンス、大食い、死体洗い、戒厳令下の街、家出、逃避行、屋根に登って食べるカップヌードル、そして別離。

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田島列島子供はわかってあげない」より

 私含め多くの人間が諦観と妥協とともに大人になっていく中、最後まで若者らしく足掻き続ける浅羽は羨ましく眩しい存在です。また、若く足掻き続ける浅羽と浅羽の目から見る登場人物達、それは東北弁の抜けない歴史教師であったり、怪しい保険医、理髪店を営む両親、浮浪者にメン・イン・ブラックな連中等、かつて浅羽だったかもしれない、見た目よりもずっと真剣に生きている大人達の対比が際立ちます。

 作中の子供らから見て「本当にこいつらまともか?」と思うような社会や組織が描写されてる作品あるじゃないですか?お前らだぞNE〇V。この作品ではメン・イン・ブラックみたいな奴らがちゃんとメン・イン・ブラックしてるのが非常に良いです。まぁデートを出歯亀したり、恋人みたいな何かを見つかったりしますが…。

 ただ、注意して頂きたいのは本作は7割くらいはコメディと思ってください。コメディの含有率はかなり大きいのですが、それが非日常との対比になっており、特に時たま「ヒトコワ」より「陰謀」の方が怖い!と思わせてくれるのが白眉です。アンビリーバボーとか90年代〜00年代を青春として生きてきた世代には懐かしさが勝るかもしれませんが。そんな感じで昨今凋落気味な「陰謀」なシーンを盛り上げてくれるので、ちょっとくらいしつこいコメディ描写や時代を感じさせる描写も気にせず最後まで読んで頂きたい。ちょっと温度差凄いけどサウナみたいなもんだから!

 代謝が落ちた人間はランニングができずに結局サウナに頼ることになります。この世に生きる島耕作以外の青春や反抗ができない大人はラノベを読み少年が男になる瞬間に思いを馳せる事でしか青春を追体験できないのではないでしょうか?いたずらに最新作のラノベを漁って好みの作品を探すのではなく今こそ古典を、ゼロ年代の波を感じる時では無いでしょうか?

 代謝と読書量の落ちてきた私みたいな三十代の方々にオススメです。

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自己肯定感が上がります。

 

 

レンタルビデオ屋がまだ千客万来だった頃、恋愛の一番楽しかった時期の話〜大瑛ユキオさんの「ケンガイ」

 私が中学3年生くらいの頃からでしょうか、恋愛漫画を好んで読むようになったのは。いつの間にか本棚の半分くらいは恋愛漫画の時期がありました。中学1年生くらいの頃はライトノベルをレジに持って行くのすら恥ずかしかったのに、士別れて三日なれば刮目して相待すべしって奴ですね。ちなみに私の初めて(自分でレジに持って行ったライトノベル)は零崎双識の人間試験でした。

 

漫画は平気なのにライトノベルは「Theオタク」って感じがして滅茶苦茶恥ずかしく感じた記憶

 恋愛漫画に没入したのは受験勉強とラグビーという恋愛と一切シナジーが無さそうな組み合わせしか無い日常で潤いが無い故ですね。保湿ってやつです。

 そんな訳でマニュアルでの脳内シミュレーションはばっちりでも実戦経験の無いルーキーが男9割みたいな工学部の某学科という戦場で恋愛をするとどうなるんでしょうか。

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ベトナムでもあんまり国際法は感じられませんでしたが恋愛も国際法ROEもへったくれも無い。

 ↑こうなるんですね。もう恋愛漫画なんて信じないと思っていた私の心に吹いてきた風のようなマンガ、本日紹介するのは大瑛ユキオさんの「ケンガイ」です。

 

全3巻完結済み

 ケンガイは、就職活動に疲れて大学を休学し、某レンタルビデオ店で働く忍者みたいな苗字をした男子、伊賀と仲間内で「あいつらは無い。」「あいつらじゃ〇たない。」みたいに言われている女性、白川さんとの恋愛の様子を描いたマンガです。

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レンタルビデオ店で休憩時間にこっそりとDVDを観る「あいつら」と呆れる男性陣。向かって右の黒髪がヒロイン白川さん。

 さて、抱かれたくない男ランキングを週刊誌がいまだにやってるのはどうなの?とか倫理的な価値観が脳の電極に直接入力されて日々アップグレードされてきている昨今ですが、あらすじの時点で漂う「すれ違う女性の顔を見て仲間内で点数を付ける」的な、まさしく「抱ける女」を仲間内で話すあたり、このお話は平成中期〜後期頃の話です。平成だったらそれはセーフだって訳ではないんですが。

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仲間内での盛り上がり。

 そんな皆が折りたたみケータイを使ってアンテナを顎でしまったりバリ3とか言ってた頃、仲間内で圏外扱いされてる白川さんはどんな人物かと申しますと、映画鑑賞に全てを捧げてその他何者も信じないみたいなヤマアラシみたいな女性です。

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友人にも気にされるゾンビぶり。

 主人公の伊賀君は絵柄通り?いたって普通の正義感を持った大学生がちょっと現実と折り合いがつかずにバイトに明け暮れてるという「普通の良い奴」なんですが、入ったバイトがやけに飲み会好きだったりするし、ちょっと派閥っぽくなってるし微妙に人間関係ややこしいバイト達を何とか波風立たないよう抑えながら働いてる社員は大変そうだしで「折角、一旦休もうって入ったバイトがこれかよ。」というちょっと不憫な奴です。

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バイトなのに人間関係にまで気を遣って働きたくなさ過ぎる。

 そんなちょっと明るいパリピサブカル系には働きやすそうな職場で、思わず「圏外」に惚れた伊賀君の悪戦苦闘を描くのが本作のメインストーリーです。大筋とは関係ない上に今の若い子には全然想像も付かないと思うんですが、レンタルビデオ店がこういう明るい職場だった時期が確実にあるんですよ。この動画メインの時代にわざわざテキストブログ読んでいる若さと渋さの間に揺れるナイス30‘sの方々ならわかって頂けると思うんですが。

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在りし日日。

 本作の魅力はまさに伊賀君の悪戦苦闘ぶりですね。伊賀君は普通に元カノとかいて何となく遠距離になったから別れたりとか恋愛経験もそれなりにあるんですが、まぁ相手は怪奇ゾンビヤマアラシなので全くその時の経験は通じないんですよ。

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通じない。

 それでも彼が白川さんに一途なのは単純に惚れたためなんですが、それ以上に白川さんははたから見ていても「おもしれー女」なんですよ。客観的に見ると別に容姿が悪い訳でも無いみたいなんですが、和せず同ぜずというかNOと言える日本人というか、傍から見る分には今の時代なら白川さんの方が正しい様に見えるんですが、そこは当時の同調圧力を感じて貰うと、あ、村社会には馴染めない子ってなる筈です。そういう意味でも今、在りし日々の記憶がある内に読むべき作品なんですよ。そこ感じないと白川さんがおもしれー女じゃなくて現代日本で強い女のシンボルみたいになっちゃう。作中でも語られてるんですが、モノにすれば楽しい日々が待ってるであろうことは想像に難くない魅力的な女性なんですよ。

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この女、笑うと可愛い。こんなん見たら俺だけが知ってる顔だって惚れるもやむ無し。

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深夜に居酒屋で映画についてゆっくり語れる女、滅茶苦茶その辺に居そうで意外と居ないじゃん?
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俺も一緒にピザ食いながらラス・メイヤー観たいよ。

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ベランダでタバコ吸いながら休憩したい。

 伊賀君はキラキラした女子の多い職場で、今までと同じ様な恋愛をするんじゃなくて、おもしれー女と見たことない日常にダイブしたいんですが、このヤマアラシみたいな女はゾンビなので毒の針を常に広げてるんです。その針が「開いてるな、あっ、ちょっと閉じた、と思ったらまた開いた。」って感じを味わうのが本作の醍醐味です。

 恋愛、めっちゃ簡単って人は、あんまり居ないじゃないですか?明らかに恋愛強者な伊賀君が悪戦苦闘している様は一度でも恋愛が上手くいかないと思った人には響く物がある、感情移入できると思うんですよ。ただ、そんな恋愛で脳が馬鹿になってる日々の中で、奇跡的に上手くいって喜んだり落ち込んだりが思い返してみると恋愛の一番楽しかった頃じゃないでしょうか?

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伊賀君はキミに語りかける。

 恋愛が上手くいくためには、まず白川さんと仲良くなりつつしょーもない仲間内のノリと距離を置く必要があり、悪戦苦闘しながらもその2つを何とかこなしている伊賀君は多分会社員になっても無難な人付き合いを出来るようになるんだろうなとか思いますね。完全に彼の親目線ですが。

 そして、微妙に癖になるのが伊賀君の友人宍戸です。

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登場シーンは彼岸島の西山を彷彿とさせるし見ての通り頭の良い奴だ。

 

 彼は、ふらっと伊賀君のバイト先に現れては日活ロマンポルノを借りていったり人妻を口説いたりしてるんですが、伊賀君の恋愛相談に対しては医学部の学生らしさを出して的確にアドバイスをしてくれます。

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的確なアドバイス

やっぱり西山じゃないか。

 実際、割と突撃しがちな伊賀君に第三者の目線でまぁこんな感じだろって変に気負わないアドバイスをしてくれる有り難い友人です。

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この「病名つけようと思えばつけられるんだよ、ただ、そんな人ザラにいるけどな。」ってセリフ、達観してて好き。

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物語に対してギミックみがあると言うか若干神の視点からのアドバイス感もあるが伊賀君が良い奴過ぎて、こいつをピックしたんだ感もあって良い。

 読み返してみたらこいつずっとアルカイックスマイルというか常に下品でない位の笑顔で居てマジで菩薩みたいに存在してたんですが、普通こんな友人ガチャ引けないんですよ。伊賀君が普通に行きてきた大学時代の積み重ねが彼の人生を後押ししてくれてる感が非常に良いんです。

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元カノとこんな感じで会話できる?

読めば読むほど伊賀君が真っ当な奴に思えてくる。

 悪戦苦闘するおもしれー男、伊賀君が怪奇ゾンビヤマアラシの傍らで毒針を刺されずに眠ることができるのか、是非その目で確かめて頂きたいです。甘酸っぱい思い出が風化する前に、折りたたみケータイとアンテナ事情的な言葉が死語になる前に、そしてレンタルビデオ店がサブスク配信に負けてレンタルから撤退する前に是非読んで欲しい作品です。

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吉田篤弘さんの「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のことばかり考えて暮らしてる

 丁寧な暮らしとは一体何でしょうか。今私は、単身赴任でお茶の聖地みたいなところにいるので、水出し緑茶に焼酎入れて湯船の中で飲みなりながら読書してるんですが、これは丁寧な暮らしと言っても良いんでしょうか?

 小説の登場人物が丁寧な暮らしをしている様に感じるのは、一人称視点で生活が事細かに描写されてないからだと常々思ってます。実際、イケメンな主役が車庫証明取りに行くとか重曹買いに行くとかそんなしょうもないシーン別に見たくないじゃないですか?確実に丁寧な暮らしを送って無いにも関わらず「ノルウェイの森」辺りの小説が何となく丁寧な暮らしに見えるのはこの一人称マジックだと思う今日この頃です。

 

多分テキトーな感じなのになんか丁寧な暮らしに見える村上春樹作品

 じゃあこの一人称マジックに依らず丁寧な暮らしをしてる本って何なんだよとその答えはそう、吉田篤弘さんの「それからはスープのことばかり考えて暮らした」です。

(中公文庫)

 本の内容に先立って、作者の吉田篤弘さんについてWikiを引用しますと以下の様な感じです。

吉田 篤弘(よしだ あつひろ、1962年5月4日)は、東京都出身の作家。妻の吉田浩美との共同名義クラフト・エヴィング商會としても活動し、著作およびデザインの仕事をしている。

 つまり小説家であると同時にデザイナーとしても活躍されています。実際に著作のいくらかはご自身でデザインされた装丁の物も多い様です。

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クラフト・エヴィング商會「ないものあります」より。洒落の効いたクスっとくる本。

 さて、この「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のあらすじはと申しますと、さるちょっと人気のサンドイッチ屋「トロワ」にお世話になっている主人公、「オーリィ君」がある日トロワの主人の頼みで店で提供するスープを考案すると言った話です。

 冒頭で主人公は引っ越してきた町でサンドイッチを買い、行きつけとなった映画館でゆっくりとサンドイッチを食べます。それは映画が頭の中に入ってこない程美味しいもので、彼の日常にゆっくりとサンドイッチ屋が入っていきます。彼は非常に分かりやすい人物で地の文でも「それからはスープのことばかり考えて暮らした」「それからはサンドイッチのことばかり考えて暮らした」等々、シンプルに分かり易く生きています。

 無駄を削ぎ落とした描写の中でただただ美味しいサンドイッチとスープのことだけが目立つ文章を、美味しいパンを食べる度に思い出してしまうという、ある意味「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のことばかり考えてこの7年くらい生きてきました。誰かに貸したまま手元に長い間本書がなくて最近入手し直したためです。

 本書の我々の知らない架空の町で我々の知らない時代を生きているんじゃないかってくらい悩みや欲が感じられない描写は、いつかこうなりたい解脱した先の様にも思われます。 

 高校・大学の部活動、新入社員の頃の業務、何も分からなかったが故に常に悩んでいた様に感じます。そして何なら今も日々悩み苦しみ生活している訳ですが、自分がいつかこの「スープのことばかり考えて暮らす」レベルまで到達することがあるのかななんて考えてしまうのは、私はこれが「丁寧な暮らしのハイエンド」なのだと思っているからなのでしょう。

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3月のライオンより。悩みと上手く付き合える人間になりたい。

 そしてついでに言っておくと、デザインだけじゃなくてタイトルセンスも秀逸だと思うんですがどうでしょうか。「月は無慈悲な夜の女王」「流れよわが涙、と警官は言った」ばりに記憶に残るタイトルです。

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彼は小説執筆だけじゃなく装丁も手掛ける。タイトルセンスも秀逸だ

 また「それからはスープのことばかり考えて暮らした」の舞台と同じ月舟町を描いた作品に「つむじ風食堂の夜」が有ります。

 

(ちくま文庫)

こちらは腕だけが手品師だった父、劇場でタブラさんが淹れていたエスプレーソといった思い出を胸に秘める中年男性が一日の終わりにつむじ風食堂に寄るお話です。つむじ風食堂はパリ帰りの主人の心意気が詰まった安食堂で、コロッケではなくクロケット、豚の生姜焼きではなくてポーク・ジンジャー、サバの塩焼きに至ってはサヴァのグリル、シシリアンソルト風味という洒落た店です。そんなお店に集うのは帽子のほかに「二重空間移動装置」なる物を売りつけてくる帽子屋、古本屋のデ・ニーロの親方、ついつい眉間に皺が寄ってしまう舞台女優に町の明かりになるために深夜営業してる気のいい果物屋などが通っており、なんというんですかね。旅行で知らない町に行ったときになんとなく入った小料理屋で意気投合した人々って感じが居心地の良い読み口を与えてくれます。

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(陋巷酒家より。旅先の居酒屋がこんな感じで常連で盛り上がってる所に異分子として入るのが好き。)

 自分の普段と比較すると「たぶんこの人たちXとかやらなくて幸せに生活してるんだろうな」とか思っちゃうくらいには丁寧な暮らしをしています。丁寧な暮らしに比較を入れ無いこと大事。

 さて、最後に紹介するのは夜の東京を描いた物語「おやすみ、東京」です。

この本は連作短編集で、映画のため果物のびわや落花生の殻を割る器械を深夜に探す小道具係、ガラスの専門家、年に一度びわを盗んでは酒を漬ける電話相談員、電話を処分する電話の葬儀屋、夜しかやっていないタクシー、映画にもなった名探偵、壊れたものばかり売る謎の古道具屋、11人の中々仲良くできない女優達、そして4つの食堂が十字路で一つになった「よつかど」等など主人公を変えつつ各短編は共通の登場人物達で彩られます。あれですよあれ、ラブ・アクチュアリー的な群像劇!

 

(群像劇と聞くとこれと有頂天ホテルが浮かぶ)

 群像劇を扱った作品は多々あるんですが、深夜の誰もいない町ばかり描かれるせいか全体的に静かな雰囲気で風呂上がりに寝床で読むことを推奨します。たぶん滅茶苦茶いい夢が見れます。東京のそこそこの街を描いてるはずなのに静か過ぎてやっぱりこの小説の登場人物達もXとかやってないと思われます。私の知ってる東京と違う…。群像劇としては問題があって、偶然それが人々の繋がりによって綺麗に片付いて人生が上手くいく…みたいなやつではなくてもう少し静かな、寄り添ってやった線香花火が上手く風を避けて長く続いた喜びみたいな感じの小説です。

 一番好きなシーンは、グラスに氷を入れて氷だけの状態でマドラーをかき混ぜ、唇が切れそうになるくらいグラスがキンキンに冷えてからコーラとウイスキーを注ぐシーンですね。コカ・コーラから宣伝料金貰ってんのかと思いました。滅茶苦茶美味そうだし。

 Xばっかり見るのを止めたい方、休みを充実させたい方は是非スマホを置いて吉田篤弘さんの文庫本を片手に街へ繰り出してはどうでしょうか。何でもない素敵な丁寧な暮らしができると思います。

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丁寧な生き方を日常にしたくて〜アキリさんの「ストレッチ」

 丁寧な暮らしとは何でしょうか。豆を挽いてコーヒーを淹れるとか、季節が来れば梅酒を漬けるとか、ぬか床を備え付けてるとかでしょうか?漠然と生活や季節を楽しんでいる人くらいのイメージです。私自身の辛うじて丁寧な暮らし要素はというと、チャイハネで買ったお香と読書、あと長風呂くらいしか浮かびません。最終的に丁寧な暮らしが健康寿命に直結してくれれば良いんですが、ドカ食い、酒、夜更かしあたりの悪癖が私の後期高齢者としての未来を消している気がしてなりません。

 さて、本日紹介するのは、常日頃からランニングくらいはやりたいけど時間が…とか思ってしまう「丁寧な暮らしはしたいけど…」から先が思い浮かばない方におすすめのマンガ、アキリさんの「ストレッチ」です。

(全4巻、完結済み)

 ストレッチは元ヤンチャしてた社会人の慧子さんが後輩の医学生蘭さんと同棲の傍らストレッチを教わるという話です。メインストーリーはマジでこんだけです。

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黒髪の先輩慧子と金髪の後輩蘭f:id:sannzannsannzann:20250502202426j:image

映画一つとっても全くタイプの違う2人

 なんかさらっと同棲している2人が、後輩の勧めでストレッチをやることになり、気付けばそれがちゃんと日常の一部になっていく様は、誰にでもあり得るちょっとしたルーチンが出来るまでという感じがして良いです。大体のルーチンってほんの少しのきっかけで出来上がるじゃないですか?本書を読むとストレッチに限らず自分も何か始めようかなというちょっと春っぽい気分にさせてくれます。

 色んな(おっさん人口が多数の)趣味を魅力的な女性や女子高生がやってて…みたいな作品が流行った時期があった気がします。

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実際、イケメンや美女が主人公ならともかくおっさんの趣味マンガは手に取る層が限られそう。

 そういう作品も悪くは無いですが、そういう作品と本作「ストレッチ」が一線を画しているのは、「趣味としての特別な時間」を描いているのではなく「日常の一場面としてのストレッチ」を描いている点でしょうか。生意気な後輩とちょっと怖い先輩の2人の日々の何でもないやり取りの合間に描かれるストレッチが、押し付けがましくなくスっと入ってくるのが良いですね。

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ストレッチの様子。やり方も端的かつしっかり書いててかなりためになる。

 さらっとしすぎてて、「このストレッチ、〇〇に効く!凄い体が軽くなった!」みたいなのもあんまり無いので、読んでいてストレッチをしたくなるかと言うと意外とそうでもないのはちょっと斬新です。

 ちなみにストレッチを日課にしている2人というと凄く丁寧な暮らしをしている様に感じますが、3回に1回くらいは飲酒エピソードや大食いエピソードが挟まり「こいつら言うほど丁寧な暮らしをして無いな」となるので私の様な丁寧な暮らし出来てない勢の方にもお勧めできます。

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酒カスエピソード

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大食いエピソード

 正直本作は日常の話だけで、ストーリーとしてアップダウンは大きくありません。しかし、「たまに会えば滅茶苦茶盛り上がるし仲が良かったけど単純な接触回数はそんなに無かった高校の先輩と後輩」という部活道をやっていたら誰にでもあり得そうな関係の2人は、読んでいて「自分にもこんな時期があったよなぁ」と思わせてくれて非常にノスタルジックな気持ちにさせられます。あと、そういう先輩や後輩と同棲してたらこんな風だったのかなーとか思っちゃう筈です。私は中学くらいから体育会系だったので「同級生に怖がられてる先輩と自分のちょっとした意気投合エピソード」が無数に存在しているのも本作を読んでノスタルジックに浸ってしまう原因かもしれませんが。

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先輩後輩としての何気ない思い出

 そして、どこかで自分にもあり得たかもしれない日常は、やっぱり楽しいばかりじゃなく、嫌な思い出や別離も淡々と描いてます。正直、どんな人生でも楽しいだけの日常なんて無いと思うのでそういったリアリティも本作を好きになる要素だと思います。

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色々あった過去のこと

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いずれ訪れる別離

 誰にでもあり得る日常を通して、自分の生活にもほんの少しだけ思い至る。と文字にしてみると本作を読むだけで気持ち丁寧な暮らしができた気がします。

 折角のGWなのでちょっと丁寧な暮らしを始めたくなった方、「よつばと」を読んでこんなに丁寧な暮らしはできない…と挫折を味わった方におすすめです。是非本作を読んで丁寧な暮らし気分を味わってみてください。

 

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君と「郭汜」と「魏延」の話がしたくて〜久保カズヤさんの「三国志〜継ぐ者たち」

 私が小学生2年生くらいの頃でしょうか。プレステ2が我が家に来ました。当時は何のゲームを買うか思いつかなくて、親の買ったFF8をやったりしてました。当時、近所には3人兄弟の従兄弟が住んでいて、その長男と次男はそこそこ歳上で同じ時期にプレステ2を購入し、「バウンサー」とか「真・三國無双2」をやっていたように思います。たまに邪魔するなよとか言われつつもゲームしてる様子を覗くと、長男が夏侯惇、次男が魏延を使っていました。私と魏延の出会いはその時でした。どうやら従兄弟達はお気に入りの武将は自分だけが使って良いという取り決めをしてたみたいで、眼帯のやけにカッコいいおじさんの夏侯惇は兎も角なんか野生児みたいな見た目の魏延は何が良いのかさっぱり分かりませんでした。更に言えばぶっちゃけ当時彼らが一体何のゲームをしているかすら理解していなかったのですが。


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真・三國無双8より魏延

 そんな武将、魏延ですが、野生児みたいな見た目と述べたように、真・三國無双三国志演義では割と酷い扱いをされています。真・三國無双だとカタコトな上に「戦イコソ、スベテ!」とか言わされてる野生児として登場します。更に京劇の面みたいなものを被っていて素顔すら出ません。

 三国志演義だと劉備に帰順するや否や「裏切りそうな骨格してるから斬るべき。」と諸葛亮に言われたり、ある戦の撤退時に「ついでにあいつも殺しとこう。」と味方に罠に嵌められたりします。三国志演義は史実をベースにした創作なので、ある意味はるか昔から創作の被害者とも言えます。

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帰順したのにノータイムで殺されかける魏延

横山光輝三国志より)

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敵を罠に掛けるついでに味方に殺されかける魏延

 さて、ここまで読んで、多分メインの人物じゃ無いんだなと思われた方がいることでしょう。そうです。魏延はどこまで行ってもメインキャラではありません。だからこそ誰かと話したくなるし推し武将にもなる。ゲームならモンハン、漫画ならワンピースの話だけじゃ息が詰まるでしょう。多少マイナーだって漫画ならコミックボンボンの話をしたいじゃないか。マイナーだっていいじゃない、そんな瞬間あると思います。 

 さて、今回紹介するのは三国志解説YouTubeチャンネル「試験に出る三国志」を運営している久保カズヤさんによる小説「三国志〜継ぐ者達〜」です。

Kindle 全1冊完結)

 こちらの本はサブタイトルにもある通り、ある種の後継者達を題材にした三国志の短編集になります。国内のゴタゴタの対処のために同族を国に招いた結果、まさしく庇を貸して母屋を取られた男「劉璋」、魏の建国者曹操の系譜を継ぐ2代目魏皇帝「曹叡」、力が物を言う西涼から中央にやって来て皇室を意のままにした暴君董卓の配下の猛将「郭汜」、そして劉備および諸葛亮亡き後国を守ろうとした将軍「魏延」非常に魅力的な人物たちでありながら、「未だ嘗て小説の題材になんてならなかった男たちが全員集結!」って感じですね。

「乞食、罪人、異民族、奴隷、とにかく嫌われ者が集まった。生きづらい世の中を生きるには、天下を変えるしかないと、酒に酔った劉備は泣きながら何度も豪語していた」

「それは今も」

「あぁ、何一つ変わってない。今も多くの嫌われ者が集まっている。法正、孟達張松、皆心当たりはあるだろ?」

(短編、劉璋より)

 まさしく、小説内で描かれている通り歴史や創作の中で「乞食」まではいかずともとにかくパッとしない奴らばかりを描いた短編です。

 様々な創作において「劉璋」はとにかく英雄「劉備」の対比として、優柔不断な頼りない領主の扱いを受けています。魏呉蜀のうち蜀となる益州は彼が治めていたのですが、英雄「劉備」からすれば漢室復興のための中ボスくらいの扱いなのでそう描かれるのも仕方ないのかもしれません。 

 魏と言えば黄巾賊の乱の討伐、反董卓連合、倍する敵袁紹を倒した官渡の戦い、果ては劉備孫堅の連合軍に火計で船団を焼き払われた赤壁の戦いなどを挟みながらも常に勢力を拡大し続けた英雄「曹操」。その息子で漢室を滅ぼし自らを皇帝と号した「曹丕」。

 そして2代目皇帝とならんとする「曹叡」は勢力が安定した以降の後継ぎであり、英雄である祖父「曹操」の様に各地を転戦する様な活躍はしていません。どうしても「英雄」と「初代皇帝」と比較されるとパッとしないのは致し方ありませんが、それ故の苦悩は勿論あったことでしょう。wikiあたりを調べてみるとイケメンな上に割とまともなのに、地味。

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玉座に座る曹叡、凄くまとも。

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有能な部下は別方面でピンチなので自ら打って出る曹叡

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さらっと大勝利する曹叡

 そして暴君の董卓配下の武将「郭汜」。この「郭汜」は正史では珍しく一騎打ちをした記録もありその相手は有名な呂布。一騎打ちでは引き分けとなるものの、その後の戦では呂布を負かしています。

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折角の活躍シーンの筈なのに顔が出ない「郭汜」

 暴君董卓は配下の呂布に殺され、その部下も散り散りになって董卓軍は滅びて行きます。董卓は政変のゴタゴタの中で武力を持った自分の手元に皇帝が転がり込んできたことから権力を掌握していきます。董卓は当時の群雄の一人として、当然無能な筈は無いんですが、そこはどうしても専横を極めた上で負けたためか、演技だと良いエピソードがかなり少なめです。

 そんな董卓軍の武勇第一と言えばやはり呂布のイメージ、次いで華雄あたりが有名ですが、史実の働きでは肩を並べてもおかしくなさそうなのに3人目で郭汜が上がるかと言うと怪しいところです。ちょっとダーティーな勢力の3番手にギリ名前の挙がらなそうな可哀想な武将、それが郭汜だと言えます。

 怪力を誇り、武勇に優れており、董卓亡き後は皇帝を確保して略奪を行いつつ、同僚のちょっとオカルトにハマってる李傕と協力したり仲違いして李傕の数万の軍勢を数百騎で打ち破ったりと明らかに強いのに仲のいい同僚含めてぱっとしないのはどうしても郭汜が活躍した時期が三国志のプロローグにあたるからでしょうか。略奪は論外としても、当時の善悪の感覚から言って地方から出てきて皇帝の進退に口を出してとなるとまぁ超悪人の誹りは免れない気はします。負けた側として悪く描かれるみたいな要素を差し引いてもまだ悪人な感じしますね。

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真・三國無双5Empiresより。

物持ちがいいので郭汜・李傕のツーショットが撮影できた。このモブ2人感

 ただ、負けなければ都まで焼きはしなかったと思うと、やはり群雄は勝ち続けなければならないということでしょうか。勝てば英雄負ければ山賊とはある意味素晴らしい時代です。勝ち続けて稀代の英雄の右腕となった郭汜を観てみたかった気もします。

 魏延も郭汜も負けなければ、もう少しまともな形で歴史&創作に名を残した気がしますが、負けてしまったが故にちょっとした残念な扱いになっているあたりが無情を感じさせます。

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残念な扱いをされる魏延

 我々も、雇われ人として生きるならば、いつ権力争いに負けて魏延や郭汜になるか分かりません。そんな時、せめて「あの人、有能だったんたけどね…」と庇って貰えるよう精一杯生きようという気持ちにさせる一冊でした。

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ボーナスキャラ扱いの魏延

 「俺、武将で言うと〇〇みたいなタイプかも」と言ってくるうざい上司が董卓に見えた方、頭の骨の後ろの方が出っ張ってて最近角が生える夢を見たタイプの方、そして三国志の見方を少し変えてくれる小説を読みたい方におすすめの一冊です。

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萌え要素

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7回目のエンディング〜水上悟志さんの「スピリットサークル」

 物語の必然性みたいなものが好きです。映画を観ていて、「こんな奇跡的にハッピーエンドになるなんておかしい。」と思うよりは「そうなることが必然だったんだ。」と思うタイプです。じゃあ今色々苦しんでいるのは何故だとか考えると頭の中に「自己責任」とか「自己嫌悪」が浮かんでくるので止めたほうが良いです。

 さて、本日紹介するのは、必然に縛られる男女をめぐる漫画、水上悟志さんの「スピリットサークル」です。

(全6巻、完結済み)

 スピリットサークルは、昔から霊が見える中学2年生男子「桶屋風太(おけやふうた)」が額に大きな傷のある美少女転校生「石神鉱子(いしがみこうこ)」とその背後霊と出会ったとこで過去の人生を巡る輪廻の物語に巻き込まれる話です。

f:id:sannzannsannzann:20250424212506j:image父に認知されてる霊が見える能力

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まんまな描写。

 現代社会で美少女にこんな事言われたらそのまま値段の書いてないタイプのBarに連れて行かれるか、欲しくないイルカの絵買わされるかの2択になると思うのですが、ある意味鉱子はこの2択を超えるヤバい女です。この直後、風太は生まれ変わり前の過去生を追体験させられます。その過去生で風太は精霊に見える靴職人「フォン」として生きていました。

 

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見た目や特徴が似通っている風太の過去生フォン

 

 フォンは恋人のレイと幸せに暮らしていました。しかしある日、レイは村の安寧を守るため、精霊への生贄に選ばれてしまいます。

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精霊と話せるが故に生贄は無駄であると知っているフォン。

 レイが生贄となることが許せなかったフォンは、儀式を妨害しようとしますが、すんでのところでどこか鉱子に似た神官ミトスに首を斬られて殺されてしまいます。

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鉱子に似た神官

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過去生を味わい死んだ感覚

 現代へと意識が戻った風太に鉱子は、「あと7回死んでもらう。」と宣言します。


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美少女転校生との出会いからの唐突にハードモード。

 つまり「計7つの過去生を追体験してもらった後、殺す。」と言うことになります。そしてフォンとして殺された数カ月後、改めて見せられた過去でもでも風太と鉱子の過去生は殺し合いを演じることとなります。

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騎士と魔女としての殺し合い。

 2つの過去生を観ることで、この2人の輪廻にはただならぬ因縁があるのだと風太とついでに読者も察する訳ですが、いずれの過去生も風太側、鉱子側それぞれに言い分があり、必ずしも一方が悪人とも言い切れません。

 そして、他人との殺し合いの輪廻という濃すぎる人生を追体験することで、中2の人格が過去生に引っ張られて影響を受けまくることになります。

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老いて死んだ過去生に引っ張られる姿f:id:sannzannsannzann:20250424222638j:image

過去生の影響受けまくり。

 そんなヘビーな過去生追体験シーズンの中で、読者も風太も、なんなら過去生の登場人物ですら抱く疑問が「過去生が殺し合っているからといって今生でも殺し合う必要があるのか?」という点です。

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過去生でも殺し合いを止めようとする人物も居た

 ただ突然巻き込まれた風太は勿論殺し合いを望んでなんていません。しかし、過去生の追体験した結果、風太もどうしても思考が過去生に引っ張られていきます。勿論、全ての過去生を知る鉱子は更に過去生に引っ張られています。


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殺し合いに至った過去生は当然恨みを抱えている。

 そんな2人が、今生どういった選択をするのか?運命は決まっているのか?というのが本作のテーマだと思います。

 私が特に好きなのは、主人公風太の善良さです。恐らく今生が風太以外であれば殺し合いという選択肢は避けようが無かったと思います。しかし、底抜けに善良な風太が居た故に鉱子にも初めて迷いが生じた様に思われます。

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とにかく善良な中学生。

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風太の身を案じる級友たちf:id:sannzannsannzann:20250424222550j:image

 その迷いが、登場人物達の人生が、輪廻の運命がどうなるのか是非体験してみて欲しいです。前世で生き別れた恋人を今生で探しているタイプの方におすすめの漫画です。

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2択と過去と現代の話〜小川哲さんの「嘘と正典」を読んで。

 なんか世間はswitch2と関税と自称な方々の話題で盛り上がってます。我が家でもあとちょいで5歳の可愛い息子を筆頭に全員がswitchをやっているので妻と息子からのswitch2の抽選当てろという圧力が強いです。

 さて、政治の話とか職場でも飲み屋でも敬遠されるつまらない話ですし、できれば「ストロング・ザ・メリーさん」の話とかステイサムが蜂蜜作る話ばかりしてたいんですが、ニュースに飛び交う報復関税84%とか見てると今って歴史の転換点なのかもしれないとかガラにもなく思ってしまいます。

 

「ストロング・ザ・メリーさん」が出てくる話

ステイサムが蜂蜜作る話。

 そんなニュースを見ながら私が読んでいた短編は丁度「森ガールが警棒で殴られる」シーンで、ある意味、その時歴史が動いたら忘れられない思い出になりそうです。折角ですのでそんな作品、小川哲さんの「嘘と正典」を紹介したいと思います。

(全1冊の短編集)

 本作は過去と現在、とりわけ過去が現在に与える影響を主題とした短編集です。表題作「嘘と正典」については掲載順同様最後に語るとして、まず巻頭の短編「魔術師」について話したいと思います。

 「魔術師」は最後のマジックショーで消えた父親について息子の目線から語られる短編です。かつてマジシャンとして栄華を極めた父親は、自らの魔術団を開きたいと無理な自転車操業を繰り返し没落していきます。その後、復活を遂げたマジックショーで彼は「マジシャンとしてやってはいけない3つのこと」即ち「これから何をするか説明してはいけない、同じネタを繰り返してはいけない、マジックの種を明かしてはいけない」という3つの禁忌について説明します。f:id:sannzannsannzann:20250410220227j:image

加藤元浩さんのQED「マジック&マジック」より。全話無料で読んだとき、たしか種明かしの話あった!

 その後、彼はその3つ全てを行ったうえで観客を驚かせてみせると宣言し、過去にタイムスリップします。彼は過去に跳び、過去の彼自身に語りかける映像を観客に見せつけ、そしてそのまま消えてしまいました。

 この短編の白眉はマジシャンの父親が述べて、そして消えたマジックの様に、消失したマジックの種が読者に早々に明かされる点です。つまり種を明かした上で観客を驚かせたマジシャンの物語は、その中盤で、内容を明かしても読者を驚かせる話へとシフトします。物語の筋通り内容が明かされるにも関わらず、最後の1行まで読者を驚かせる手法はあまり見たことがありません。

 ネタバレした上で面白おかしく語れるほど文章力が無いので、ちょっとよく分からない余談になりますが、出版社のせいでこの短編上重要な2択がどうしても6:4か7:3くらいで偏って見えちゃうのはちょっとシュールだと思いました。多分創元推理文庫で出版されていたら比率が逆になった気がします。

 さて、この他にも音楽を資産とみなす住民が暮らす島、亡くなった父が残した競走馬、千夜一夜物語を思わせるある王と従者の会話など魅力的な話が多数あります。それらの共通点は過去が現在に及ぼす影響、ある意味因果応報を描いた作品群であり、ある短編は希望を、ある短編は失意を描き、読後感こそ違えど共通のテーマを感じさせます。

 そんな中、テーマこそ共通するものの異色な雰囲気を感じさせる短編「最後の不良」について語る必要があるでしょう。

 「MLS(ミニマルライフスタイル)社」のセミナーにより、流行を追うことがダサい、ミニマルな生活こそが最高だという「虚無」が流行した社会。カルチャー誌の編集者をしていた主人公は佐賀で解散した暴走族「覇砂羅(バサラ)団」より特攻服を譲り受け、首都高を「暴走神風(ゴッドスピード)号」で駆け抜けます。目的地はMLS社、そこではボディコン、森ガール、竹の子族カープ女子、梨や熊の着ぐるみが「流行を取り戻そう」と暴動を起こしていました。トップクを着込んだ主人公はそこで暴動を扇動するかつての同僚がこっそりMLS社に入り込む姿を見て後をつけるのですが…。

 終始コメディタッチながら、ネットを開けば自分の好きな本、映画、音楽がリコメンドされSNSでは流行が可視化される現代、一度は自らの好みとは何なんだろうとは、割と誰でも考えると思います。今一度自らの好みを見つめ直す気持ちになる良い短編でした。それはそれとして森ガールは警棒でぶん殴られます。

 さっきまで「世界で一番価値のある音楽」「ある競走馬の切ない歴史」の話をしてたかと思えばフ◯ッシーが角材を持って大暴れする作品が流れてきて、高低差で高山病に掛かりそうな短編集です。あとこの表紙でコメディをやるな。

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都酒伝説ファイルより。他人の丁寧な生活とか見ると私もなります。

 しかし、このままの流れで、冷戦時代ソ連に配属されたCIAの工作員がスパイから重要な情報を得て歴史を変えようとする話、表題作「嘘と正典」に繋がります。

 

ソ連で活動するスパイ、映画で割と見るやつ。

 

 山は頂上が見えないので下ったかと思えば登りを繰り返すのと同じで、さっきまで箸休めの気楽な話だったのに、いきなり鼻が地面を擦るほど急勾配な登り道の様にシリアスすぎる話です。

 種を明かしたあと余韻すら感じない速度で話を終えた巻頭の「魔術師」と比較すると、「嘘と正典」の物語はゆっくりと丁寧に語られていきます。過去に起こったある裁判、ソ連を支える共産主義という思想、過去を変える仕掛け。CIAに協力する男の生活などが描かれる中、この物語は途中まで読者の予想の通りに進みます。ゆっくりと丁寧に2択を突きつけてくる訳です。それでも最後の最後まで2択がどうなるのか分からないという興奮を是非楽しんで頂きたいです。f:id:sannzannsannzann:20250410220917j:image

スクールウォーズより、殴ると宣言してから殴るタイプの教師

 裏切るか否かの2択に迫られている方や、今から出す技を宣言してから攻撃するタイプの正直な方におすすめの一冊です。

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