読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

終末だからこそ殺人は起こるのか?物理の北山猛邦さん

 もし世界が終わるなら何をするか?と言われるとまぁ終わるまでの時間にもよると思いますが、おそらく混乱を避けて家でゆっくりすると思います。できれば一年くらいで混乱も収まって前と同じ生活ができればいいですね。科学技術の発展を盲目的に信じているので、退廃的な雰囲気の終末世界は来ないと思っていますが、それはそれとして廃墟や廃村、かつて存在した人の営みみたいなものにしか無い雰囲気が好きです。

例えばこの、「ヨコハマ買い出し紀行」は関東が結構水没し、人口も減った終末感のある未来を描いているのですが、人の営みはあまり変わっておらず素敵な雰囲気があります。

 さて、人々は終末世界でも変わらず営みを続けるとして優先されるべきは衣食住の確保でしょうか?その後ら安定した生活が得られたところで次は娯楽が続くのでしょうか?ただそういった生活に必須な物の確保以上に、「世界が終わるのなら好き勝手生きてやる!ヒャッハー!」と普段ならスルーする嫌な人間関係をここぞとばかりに排除してやろう、まさに倶に天を戴かず!とか考える輩も一定数いるかもしれません。

 そんな終末世界でヒャッハーと殺人事件を起こす犯人を描いたミステリといえば北山猛邦さんです。多分終末世界+ミステリを描いた作家はこの方以外にあんまりいないです。

 私と北山猛邦さんの出会いは高校生の時、講談社ノベルズのメフィスト賞受賞作を読み漁っている時期でした。北山猛邦さんはクロック城殺人事件で第24回メフィスト賞を受賞しデビューしています。

今は文庫化していますが、当時講談社ノベルズ版のクロック城殺人事件は「本文208頁の真相を誰にも話さないでください」という帯の但し書きとともに、後半の推理パートは丸々赤い紙で袋綴じのようになっており、否が応でも興味をそそられる素敵な装丁の本でした。その内容はというと、太陽の黒点の影響で、世界中で異常気象が頻発し1999年に世界が終わると明らかになった世界で、まさにその1999年に幽霊退治の専門家南深騎(みなみみき)がある依頼を受けてクロック城に赴くが、そこで殺人事件に巻き込まれる、というお話です。終末世界でも人は殺人を犯す、そしてバレないように工夫を凝らすというのはまぁ言われてみればそうなんですが、静かに終焉を迎えようとする世界の描写に急に生々しい人の欲が絡んでくるとこれが意外と食い合わせが良いです。

 クロック城殺人事件から始まる北山猛邦さんの城シリーズはすべてファンタジーチックな終末感のある世界観が魅力的ですが、一方でこの城シリーズを数作書いたあたりでそのミステリに対する姿勢から、「物理の北山」というまるで、予備校講師の様な呼び名で呼ばれるようになりました。つまりはファンタジー寄りな世界観と裏腹にトリックは凄まじく物理的な訳です。ピタゴラスイッチのように緻密な密室トリックもあれば、一目でそういうことか!と納得する仕掛けを作品中に織り込む大胆さが両立されています。終末感ある世界観、大胆な物理トリック、そのどちらかを描いた作品はありますが、北山さんのようにセットにしてしまった作家は当時は(今もですが)レアで唯一無二の輝きを放っていました。

 さて、そんな北山猛邦さんの作品で私が一番好きなのは瑠璃城殺人事件です。

いわゆる特殊設定ミステリーと呼ばれる作品で、簡単に言うと、因縁に結ばれた城主の娘マリィ、騎士レイン、城主のジョフロワの三人が生まれ変わりを重ねつつ、マリィとレインはジョフロワから身を守ろうとするといったお話です。1243年フランスの瑠璃城、1916年第一次世界大戦中のドイツとフランス戦の塹壕、1989年日本最北の地の「最果ての図書館」この3つの時代を舞台に首なし死体の消失トリックが展開されます。1243年に騎士団の持っていた6つの短剣は呪われた短剣として生まれ変わるたびにマリィとレインを死に至らしめようとします。殺人事件、死体消失の謎という点はミステリとしつつ、ジョフロワから如何に逃れようとするのかはホラーやアドベンチャーゲームの様な趣があります。通常のトリックに加えて、その時代に生を受けていなければ相手を殺害or逃げることができないというある意味これも究極に物理的な命題をどう解決するのかも見どころです。

 ちなみに北山さんの最新作はこちらの月灯館殺人事件。

この作品は、複数のミステリー作家が缶詰になっている山中の館で起こる殺人事件を描いています。罪に焦点を当てて殺されていく作家達。瑠璃城殺人事件と同様に、どんなトリックで殺されたのか?また、そもそも殺人が可能なのは誰か?という点に思いを馳せつつ読むと良いのではないかと思います。

 それにしても、仮に私がこんなファンタジーチックな世界観の中にいて殺人事件が起きたとすると、「何か超常的な力で殺されたのか?」などと考えてしまいそうです。しかし、北山ミステリは大切なことを教えてくれました。「科学が支配するこの世界では基本的に触られなければ殺されない」ということです。

先日Prime Videoに追加されたウィリーズ・ワンダーランド。悪霊だろうが触れられるなら倒せる。

 

 作者の北山さんがそう考えているかどうかはわかりませんが、アリス・ミラー城殺人事件ではある登場人物が、「俺は犯人ではない、しかし、ここまで人が死んだからには俺が全員を殺せば俺は死なない。」と判断しある意味犯人側にシフトします。

「こんな殺人鬼が居るところで寝られるか!俺は一人で部屋にこもるぜ!」の最終進化形「ここにいる全員を殺せば俺は生き延びられる!」が拝める稀有なミステリ小説。

 

 言い伝えや因習が残る村だろうが、超能力者が治める教団だろうが終末世界だろうが触れられなければ殺されないのは同じですよね?北山猛邦さんのミステリの様な静かな終末世界、またはマッドマックスの様など派手な終末世界。どんな終末が訪れるかはわかりませんが、生き延びるために必要なのは、胡散臭い雰囲気とトリックに騙されず、必要とあらば相手を倒す覚悟ではないでしょうか?その心意気といざという時のための大胆な物理トリックを仕込んでおきたい方におすすめの作家さんです。

エロ・グロ・ナンセンスにジュブナイル。何でもありの魅力〜道満晴明

 2022年7月20日道満晴明さんの最新作、「ビバリウムで朝食を」が発売されました。折角なので最新作の発売に合わせて大好きな漫画家、道満晴明さんの紹介をしたいと思います。

最新作。ドラえもんへのオマージュが散りばめられたジュブナイル

 道満晴明さんの最新作「ビバリウムで朝食を」は夏休みに七不思議を追う三人の女の子を描いた作品です。女の子の一人、ヨキは七不思議のひとつ人さらいのノッポマンと接触します。ノッポマンは人さらいなどではなくある人物を探しており、ヨキはノッポマンの人探しを手伝うことになるのでした。


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ヨキとネズミを怖がるノッポマン。


まるでジュブナイルの王道といった夏休みの様子ですがどうやら単なる一夏の思い出とはひと味もふた味も違うようです。それは何故かと言いますと、おばけが公然と存在していたり、


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公然とおばけの存在する世界観とおばけの「Q」

 

謎の生き物がいたりします。
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謎の生き物、ツチネコ。

 

そして、様々な効果のある不思議な「ナイショ道具」

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秘密のナイショ道具。

 

ご覧の通り、所々に藤子・F・不二雄先生へのオマージュが見られ、大長編ドラえもんの様な雰囲気が素敵ですが、それだけではありません。幽霊、謎の生き物に加えて我々の世界には存在するある道具に関する認識が無かったり、人探しを通じて少女たちは段々と危険な目にも合うことになります。藤子・F・不二雄先生のSF(少し不思議)な要素とSF(少し不穏)な要素が見え隠れする夏休み。夏にピッタリの作品です。続刊が待ち遠しいですね。

 最新作「ビバリウムで朝食を」を初めての道満晴明さんの作品として著作を読み進めるのも良いのですが、折角なので道満晴明さんのその他の著作の紹介を通してその魅力について語りたいと思います。道満晴明さんは1995年に成人漫画家として初の単行本を出して以来、成人漫画、一般漫画共に多数の著作があります。その作風はたんぱくな描写に比して濃厚かつ独特な世界観を構築しています。そのため作風が合う、合わないがはっきりしているようです。私は数年前に道満晴明さんの「ヴォイニッチホテル」と出会って以来、「おすすめの漫画or漫画家いる?」と訊かれる度に道満晴明さんを薦めてきたのですが、紹介した相手はめちゃくちゃハマるか合わなかったと言われるかの二択に綺麗に分かれました。どういう物が好きな方に合うかと言うと説明が難しいのですが、

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こういう、登場人物がややマニアックな知識についてやや説明口調で語り、コメントするやつ。個人的に大好物なシーンなのですが、このページにグッと来た方には多分めちゃくちゃ合います。この時点で著作を全部買い集めてもらっても一向に構わないのですが、流石にこの滅茶苦茶下手くそな説明を元に他人にお金を使わせるのはいかがなものかと思いますので、まずはジャブがてら短編集をおすすめしたいと思います。興味を持った方はまずこのニッケルオデオンを読んでみましょう。

いきなり3冊かよ、という声も聞こえて来そうですがまずは刊行順にニッケルオデオン赤を手にとって見て下さい。140ページほどの本に13の短編が入っていて、1つの短編は8ページ+おまけ1ページといった形式になります。星新一さんのショートショートの様な趣がありますが、漫画な分星新一さんの作品よりも更に読みやすいです。ところでニッケルオデオンってどういう意味かご存知でしょうか?ニッケルは5セント硬貨、オデオンは屋根付きの劇場という意味で、その昔アメリカにあった小銭で楽しめる小規模な映画館のことを言うらしいです。そう言われてみるとこの8ページと短い1つの話がなんとなく味が出てくる気がしませんか?さて肝心の短編の中身はというと、エロ・グロ・ナンセンス、ホラー、コメディなんでもありです。切ない話があったかと思えば、下品なギャグもあります。ニッケルオデオン赤で例を挙げると、


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部室で全力でしりとりをする高校生。理由はすぐに判明する。


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エイリアン3が嫌いな同級生とフェイスハガー的なものを探す話。

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愛しの先輩の無茶振りに応えるため狛犬鍋を作る話。


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やけに同性にモテる先輩の爆散した体を探す話。

 舞台装置の不思議さとそれでもサラッと読めてしまう軽い雰囲気が素敵です。個人的に好きな話はニッケルオデオン青に収録されている悪魔の話ですね。
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部屋に招待されないと入れない悪魔が宮沢賢治を引き合いに出し、食われてほしいと説得する話。

ここまで見るとちょっと切なげな話が多いのかな?と思われますが、急にフルスロットルで下品なコメディもぶち込んで来ます。たとえばこの話。

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今際の際に処女のおしっこが飲みたいとか言い出した祖父を巡る話。

こんなネタみたいな話でも他の短編との繋がりもあって意外と素敵なんです。

 

 いきなり下ネタが入ってくると言われると苦手に思う方もいるかもしれません。しかし、これこそが道満晴明さんの魅力だと思います。もし、でかい男たちが体格と技術を競うのを見たければ相撲中継を見ればいい。同じ体格・条件の中で技術、タフさを競うのを見たければ軽量級のボクシングの試合を見ればいい。寝技立技など比較的なんでもありのルールが見たければ総合格闘技を見ればいいんです。これが漫画ならエロを見たければエロ漫画を、ホラーが読みたければホラー漫画を読めばいいという話でしょうか?しかし刃牙喧嘩商売をちょっとでも読めばわかるように、力士がボクサーを寄り切る瞬間、レスラーが総合格闘家にブレンバスターを決める瞬間を見たくないですか?単一の格闘技ではなくそれぞれの面白さを活かした異種戦はやはり楽しいのです。フィクションの中だからこそ何でも有りを楽しむことができるんです。


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グラップラー刃牙より。

そして、漫画においてエロ・グロ・ナンセンス何でもありのルールでやってくれるそれが道満晴明さんだと思います。

 ニッケルオデオンを1冊読んでみて、面白ければわざわざ紹介されなくても次の著作を手に取りそうなものですが、次は是非道満晴明さんの長編を接種してみましょう。

「バビロンまでは何光年?」は地球が消滅し、ただ一人生き残ったイギリス人、バブが過度に働いている生殖本能に従いつつ宇宙を旅する話です。f:id:sannzannsannzann:20220721194005j:image

とりあえず保留し、異性を探すバブ。


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ちょっとしたビュッフェとイギリス人らしさ。

地球が消滅した謎を探りつつ、回転寿司を食べたり宇宙ヤクザの乗っている船にぶつかって労働させられたりしつつ自分の僅かに残っている記憶と向き合います。


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記憶の片隅に残るバビロンって何だろう?状態。

様々な異星文明を見つつ自分のルーツを探る旅はどうなるのか?宇宙を巡る見ごたえのあるSFです。

道満晴明さんの作品に慣れてきたところで、次は長編をと言いたいところですが、連作短編の紹介です。

メランコリア上下巻はメランコリア彗星の落下が予期される世界を描いた連作短編集です。それぞれA〜Zを頭文字としたタイトルの短編となっています。主人公がいて、そのキャラクターに焦点を当てているわけではなく彗星が落下する世界に生きる様々な人々を描いています。そして短編ごとにキャラクターや組織が僅かに関連しており、徐々にメランコリア彗星を巡る世界が明らかになってきます。


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国境の長いトンネルを抜けると、みたいな冒頭。

それはそれとして、個々の短編はコミカルで魅力的です。

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やっぱりスーパーヒーローともなると飛んでいるWi-Fiが見えるらしい。

 

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集英社の漫画でゲッサンを推すな。

詳細はネタバレとなるので伏せますが、メランコリアを巡るこの物語は、あらすじに記載されているように「この漫画を読み始めるとループして読み続けてしまう。」魅力があります。それは徐々に明らかになる時系列であったり、個々のキャラクターの関係が複雑に絡み合っているためで、まさに連作短編というジャンルの魅力が凝縮されています。

 さて、最後に紹介するのが個人的に一番好きな作品、長編のヴォイニッチホテルです。

全3巻

魔女の伝説の残る島、ブレフスキュ島にあるヴォイニッチホテル。日本から観光でやってきたクズキを中心として展開される物語。f:id:sannzannsannzann:20220724162800j:image

ブレフスキュ島。ガリバー旅行記由来の名前か?
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スペイン軍と戦った魔女の伝説。ちょっとしたラノベ
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ホテルのオーナー、チャック・ノリスに勝ったという伝説を持つ覆面レスラー。

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クズキ、本当に観光かどうかは後々明らかになる。

日本人のクズキが島に着いたころ、島ではバラバラ殺人が頻発しており、警察、そして少年探偵団が事件を追っています。その少年探偵団はメンバーにホテルの従業員を加えてホテルを調査し始めたり、また、島には次々と殺し屋が上陸する。

一体島で何が起こっているのか?


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殺人事件を調査する警察と頼りないキカイ刑事。


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次々とやってくる殺し屋達。

島、魔女、ホテル、レスラー、殺し屋、バラバラ殺人、少年探偵団、ロボット刑事、麻薬、漫画家、悪魔、七不思議、数学者の霊など要素を挙げるとかなり混沌としています。しかしこの闇鍋感のある物語の中で、登場人物達ひとりひとりの結末と今後が綺麗に描かれています。先程のバビロンまでは何光年?がバブ個人のルーツを巡る物語、メランコリアが彗星を中心とした世界の物語とすると、ヴォイニッチホテルは各キャラクターに焦点を当てた群像劇としての完成度が高いです。神の視点から、ホテルを巡る人々の物語を眺める素敵な体験ができます。この「ヴォイニッチホテル」は道満晴明さんの何でもありの魅力がこれでもかと言うほどたっぷりと詰まっています。是非クズキと一緒にブレフスキュ島での休暇を楽しんでみてはいかがでしょうか?

 

どすこいから始める京極夏彦

海外の実験で817ページのペーパーバックが小銃の銃弾を止めたらしいです。止めたと言っても穴は空いてしまったので、懐に入れていても人体にダメージはありそうなレベルですが。ちなみに小銃というのはいわゆる警官の方が持っている拳銃と違って各国の軍隊が持っていて肩からかけているあのでっかいやつです。f:id:sannzannsannzann:20220718145508j:image

こんなの本で止まるのか?

 

よくiPhoneが銃弾を止めてくれたみたいな間一髪な海外のネットニュースなんかは見ますが、やはり本で止めようとするとちょっとした電話帳よりも厚くないとだめなようです。最近の電話帳は薄くなってきたので多分止められませんね。

 さて、銃弾を止められそうな本といえば大多数の読書家の頭をよぎるのは京極夏彦さんの京極堂シリーズじゃないでしょうか?言わずとしれたミステリの大御所シリーズです。

 欝気味の幻想作家関口巽、破天荒な探偵榎木津礼二郎あたりをメインキャラクターとして、古書屋にして拝み屋の中禅寺秋彦が不気味な事件を解決する長年続いた名物シリーズです。怪奇小説のような雰囲気を持ちながらもミステリとして非常に高い完成度を持ったこのシリーズは、その面白さに比例して文庫本の厚さが半端ないことになっています。一番厚いのはどの本かざっと調べてみたのですがどうやら絡新婦の理の1406ページのようです。これは銃弾も止まりそう。

 さて、今更京極堂シリーズを紹介するなどという野暮な真似はしません。かと言って、ルー=ガルーでもなければ、

京極堂シリーズの榎木津礼二郎が好き放題やるスピンオフ、百器徒然袋でもありません。

 

今回紹介するのは京極夏彦作のどすこいです。

ご存知でしょうか?どすこい。どすこいは次のような短編で成り立つコメディ、パロディ小説です。

1 四十七人の力士

2 パラサイト・デブ

3 すべてがデブになる

4 脂鬼

5 土俵(リング)・でぶせん

6 理油(意味不明)

7 ウロボロス基礎代謝

 元ネタがわかりますか?それぞれ

四十七人の刺客

パラサイト・イヴ

すべてがFになる

屍鬼

リング・らせん、

理由

理由、

ウロボロスの基礎論

以上が元ネタです。超有名時代小説からホラー小説の大家、文系的な京極堂シリーズと双璧を為す理系ミステリ作家、十二国記シリーズの作者によるホラー小説、押しも押されもせぬJホラーの代表作、宮部みゆきの超有名ミステリ小説、実名作家の登場する伝説的なミステリ小説などなど。決して一介の素人が安易にパロディにしたら各方面からお叱りを受けそうな大御所相手に、京極夏彦という大御所が力士、デブに的を絞ったパロディ小説を書いているのです。何故?

 内容は正直に言うと凄くしょうもないです。本当に。順にあらすじを紹介しますと、

1 四十七人の力士

吉良邸に討ち入りをしたのは実は幕内力士47人だった。赤穂藩を警戒していた吉良邸の武士に力士の張り手が、上手投げがせまる。

2 パラサイト・デブ

縄文時代のものと思われる氷漬けのお相撲さん、彼の遺体を調査したところなんとミトコンドリアが太っていた。蘇ろうとするお相撲さんから人々は逃げられるのか?

3 すべてがデブになる

科学者が山奥の古墳に入り込んで以来3年間出てこない。今まではモニターでやり取りをし、食料の差し入れを行ってきたがここ半年は連絡もつかない。彼らはなぜ古墳に籠もるのか?そして彼らは無事なのか?

4 脂鬼

村は肉襦袢で囲まれている。死体が太って起き上がり、夜になると村に押し掛けて食料を奪うのだ。デブのゾンビ相手に村人は為す術はあるのだろうか?

5 土俵(リング)・でぶせん

読んだら太って死ぬ呪いの小説の話。なぜ太るのか?そして何故死ぬのか?

6 理油(意味不明)

大学生の力士、その親、伝説の力士だった祖父、その3人が何故か曽祖父に勝てない。親子3代の悲願は叶うのか?

7 ウロボロス基礎代謝

小説家の京極夏彦が攫われた。目撃した編集者によると47人の黒衣の力士によってさらわれたらしい。何故さらわれたのか?そして何故力士なのか?

 A級映画のタイトルをもじったD級映画のような面々です。しかし、京極堂シリーズ作者の京極夏彦さんなので、筆力もさることながらコメディとしてはかなり面白いです。あとはパロディ元をある意味正確にいじっていてリスペクトを感じます。すべてがデブになるなんかは数ページしかない解決編が無駄にすべてがFになるっぽくてこんなパロディ小説に原作っぽいシーンいるのか?となりました。

 しかし、なんでわざわざこれを紹介したのかと言うとこの小説は私の思い出の小説だからです。小学生から中学生ごろ児童書、ジュブナイルから文庫本に手を出し始めるのはハードルが高くありませんでしたか?私は、文庫本≒大人の読む退屈な本というイメージがつきまとっていてなんとなく億劫で手が出せずにいました。たまに有名な映画のノベライズなんかを手にとってもいまいち面白いと思えず、文庫本への高いハードルがより一層高く見えたものです。しかし、平台に燦然と輝くどすこいは違いました。この表紙。面白くても面白くなくても最悪クラスで話題の種になるのは必至、と面白半分に手にとって見たら当時の中学生には抱腹絶倒の内容でした。読書でこんなに笑えることがあるのかと思うくらいには笑いました。そうなると気になってくるのはパロディ元の小説です。私はまず、すべてがFになるを手に取りました。当時は難解わながらも助教犀川創平のかっこよさにしびれ、森博嗣さんの著作を買い集めることになりました。その次は屍鬼パラサイト・イヴ、理由と次々にパロディ元を読み漁り、これらの本を読む頃には、それぞれの作家がエッセイや後書きで紹介する好きな本、影響を受けた本を孫引きするような形で読むことになりました。面白い作品を書く人が薦める本もまた面白いということ、読書の楽しさに気づかせてくれたのがこのどすこいでした。

 京極夏彦さんがどすこいを書いた意図は正直まったくわかりませんが、パロディに使った元ネタの小説はどれも一級品で、本作のコメディ要素も小説としては群を抜いています。京極夏彦以外の誰が吉良邸に力士が討ち入りする小説を真面目に書くことができるでしょうか?本作を読了し、京極夏彦ってこんな本も書くんだと思った日には、あの面白くとも分厚い京極堂シリーズにもなんとなく手が届きやすくなる気がします。

 京極夏彦という大御所作家が書いたどすこいという太めの地図を頼りに名作ホラー、名作ミステリに興味を持つきっかけとなれば吉良邸に討ち入りした力士の魂も浮かばれることでしょう。読み終わる頃には、力士がやってくる地響きがするとと思って戴きたい。

解決じゃなくて解釈のミステリ。倉知淳さん

 ミステリにも様々な種類がありますが、一番共感できるミステリとは何でしょうか?日本はかなり平和な国なのでそもそも殺人事件が滅多に起きない上に警察による検挙率も高くすぐに解決に至ります。そうなると頻繁に殺人事件が起きて、その事件が密室殺人でついでに名探偵が事件を解決する、なんて云うのはフィクション中のフィクションということになります。そもそもが創作なのでフィクションを楽しむのが当たり前なんですが、ミステリを沢山読むと徐々に探偵脳が培養されて日常のちょっとした謎に意味を見出したり他人に推理を開陳するようになる、なんてことはないですかね?

 

それでも町は廻っている14巻、10巻より。
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ミステリいっぱい読むと培養されてくる探偵脳
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できることならこうなりたい。

 

 培養された探偵脳がいい感じに刺激されるのは我々の周囲にも溢れている謎、つまりは日常の謎と呼ばれるミステリではでしょうか?私自身は帰省中に裏路地に「メイド200人募集〜〇〇旅館」という貼り紙を見かけたとき、想像力がいい感じに刺激され痛感しました。私の低IQでは旅館がメイド200人を雇う合理的な理由は見い出せませんでしたが。

 そんな日常のちょっとした謎を安楽椅子探偵よろしく解決したり、何故か現場に居合わせたりするお節介な先輩といえば倉知淳さんの代表作猫丸先輩シリーズです。

電子にはありませんが、講談社ノベルズ版には表紙のような可愛らしいイラストが挿絵についていました。

 

 猫丸先輩シリーズは、年齢推定30代、やけに童顔で何にでも興味津々な職業不詳の男、猫丸先輩が日常に起きたちょっとした謎を解釈する物語です。つまり謎を解決するのではなく、解釈する点に面白さがあります。猫丸先輩は何にでも面白半分に顔を突っ込んでいく性分ではありますが、この2作品では関係者を集めて、「さて皆さん」などと一席ぶつ訳ではないのです。あくまで、謎の事件があり、そこに居合わせた人物が不可解な気持ちになっているところその視界の端にやけに特徴的な猫丸先輩がはしゃいでいて、首を突っ込んでくる。または、猫丸先輩の知り合いが変な事件に巻き込まれて酒の席で相談する。というような経緯でなんとなく目の前の変な男に相談し、結果、煙に巻かれたようなそれでいて理にかなっているような推測を聞かされるという流れになります。この辺りはタイトル通りで、あくまで推測、空論なんです、解決ではなくて。猫丸先輩は謎に対して「こういうことなんじゃないのかい?まぁ知ったこっちゃないけどさ」というスタンスです。猫丸先輩の煙に巻かれるだけでも楽しいですが、じゃあ他にも解釈できるんじゃないか?などと考えさせられるのが本作の面白いところです。

 猫丸先輩は神出鬼没で、よくわからない田舎の船頭になっていることもあれば、寄生虫博物館ではしゃいでいたり、全日本スイカ割り愛好会主催のスイカ割り大会に乱入しようとしていたりします。三十路に見えない童顔のおっさんのはしゃぎっぷりもさることながら、日常にギリギリ存在しそうな謎が魅力的ですね。具体的には様々な人に届く不吉な電報の謎や、数々の大食いチャレンジをクリアしてきた女性が遁走して理由、クリスマスに複数人のサンタクロースが疾走する理由など。ある意味探偵脳を持つ人間に予行演習とばかりに問題集が示されているようなものです。当然読みながら「なぜだ?」ということばが頭を駆け巡るのですが、そこは流石にプロの仕事。中々真相が浮かぶようなものではありません。猫丸先輩にやや呆れられながらも種明かしをされる後輩の気分を味わうことができます。

 しかし、ミステリといえば殺人事件という方の気持ちもわかります。フィクションだからこそ非日常を味わいたいというのも当然の欲求です。そんなときは同じく猫丸先輩シリーズの日曜の夜は出たくないがいいでしょう。

明らかにビルより高い位置から落下して死んだ男、演劇中に毒殺された男など不可解な事件に野次馬よろしく居合わせた(またはあとから話を聞きつけた)猫丸先輩が殺人事件を解決する連作短編集です。詳しくは言えませんが、最後の2篇まで順番に読んでいただきたい作品です。

 また猫丸先輩シリーズ以外ではいわゆる陸の孤島、雪の山荘ものとして、UFO研究科、星占いを仕事にする男性アイドル、小説家が参加したイベントで殺人事件に巻き込まれる星降り山荘の殺人や

やる気のない占い師が安楽椅子探偵として占いという体で日常の事件を解決する占い師はお昼寝中、

ブラジャー愛好家の男たちのオフ会で、ブラジャーのお披露目中に、着用しているブラジャーのカギが行方不明になった謎を描いた短編、Aカップの男たちなど、コメディタッチな短編を多く含んだこめぐらとなぎなた

など多数のミステリがあります。

 元々倉知淳さんといえば、ミステリ小説の審査員となった際には「猫を殺すな、猫を」などと発言された猫好きのユニークな方です。ただ、それ以上に、ご自身で「米びつの米が無くなるまで書かない」などとおっしゃられているほど寡作な作家でした。しかし、最近はコンスタントに新作が出ているので嬉しい限りです。ミステリを読み慣れていない方には入門として、ミステリ好きな方には今更おすすめされなくてもご存知の方が多そうですが、ユニークな日常の謎として倉知淳さん猫丸先輩シリーズはいかがでしょうか?

ゆる平安、ゆる青春、ちょっとダーク。D・キッサンさん

 平安時代はお好きですか?平安時代というとゆったりと日本の文化が花開き徐々に平家と源氏の戦乱に向かうという中々にドラマチックな時代です。

 ただ、今から1200年近く前なのでイメージが湧きづらい時代でもあります。源氏物語枕草子十二単くらいがなんとなく浮かぶくらいでしょうか?私は昔親に覚えさせられたので、百人一首のイメージが強いです。私の好きな歌は壬生忠見(みぶのただみ)の「こひすてふ我が名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひ初めしか」という歌で、この歌は「恋をしているという私の噂がたっている、誰にも打ち明けずに想い始めたばかりなのに」という意味になります。この歌は「忍ぶ恋」をテーマに歌合せとして対決し、負けた結果、壬生忠見は出世の機会を絶たれたやら怒りと悲しみのあまり憤死したとか散々な逸話が残っています。流石に死んだというのは盛られてるみたいですが、そういった噂が立つというのは昔も今も変わらないなと思わせてくれます。他にも平安時代の話だと源氏物語の雨夜の品定めや在原業平がやばめの雰囲気の女性をナンパした話やら好きな話が沢山あるので平安時代が大好きです。最近は小説や漫画でも意外と題材となっていたりして中々楽しませてもらっています。

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歌合、負けた方と勝った方。勝った、忍れど〜の歌の方が現代でも有名かも。

 今回はそんな平安時代をゆるく描く漫画家D・キッサンさんについて紹介したいと思います。

 D・キッサンさんの代表作といえば、平安時代の男女の奇妙な縁を取り扱った「千歳ヲチコチ」になります。

この千歳ヲチコチは上達部(かんだちめ、お偉いさん)の息子である亨の元に一風変わった手紙が届くところから始まります。父と同じように貴族としての道を歩むことに漠然とした不安を感じていた亨は一風変わった自由な手紙に心が惹かれ返歌をします。それが手紙の差出人である地方貴族の娘チコの元に届き、ふたりは互いを誰かも知らぬまま手紙の差出人に思いを馳せることになる、というお話です。


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変な手紙。

 ふたりはそれぞれの素性、在所や更には性別すら曖昧なまま、手紙の相手が気にかかり、返事を考える日々が続きます。そしてふたりは、時に奇妙な縁で返事が届いたり、すれ違ったりすることになります。

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仕方ないとはいえ、こういうことするからややこしくなるんだぞ。

 
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返歌をもらったチコと乳母。

 直接対面することのないやり取りというのは時代を超えた普遍的な物語ではありますが、そのメインストーリーを彩るのはゆるーい雰囲気とざっくばらんな現代語にコメディ要素です。

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宴会での唐突なビジネスマナー講習

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忙しそう。

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合間にちょっと考えさせられるシーンも。

コメディ的な展開や現代語はあくまでスパイス、という訳ではなくどちらかというと享とチコの手紙を巡る本筋よりも脇道の話の方が多数を占めています。ほんわかしつつクスりと笑わせてくれる脇道を通して平安時代の雰囲気を体感している間にゆっくり、本当にゆっくりと本筋が進んでいく様はスマホやネットの無い時代の時間の流れを表しているようで素敵です。と言いつつ連載中は中々進まない本筋にちょっとやきもきしていたのですがもう完結済みですので今から読む方は幸せですよ!

 また、最新作では紫式部源氏物語を書くまでを描いた神作家・紫式部のありえない日々が連載中です。

既刊1巻。

 源氏物語を同人と表現し、ニートしていたいのにお家の事情で出仕することになる紫式部を描いた作品。現実の人物なのにこう聞くとある意味昨今の女性向けなろう小説の流れみたいですね。


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気持ちはわかる。

 

 紫式部と同様に有名なのは清少納言ですが、実は清少納言紫式部は直接の面識が無いんです。紫式部は自らが出仕する以前に宮仕えし、存在感を発揮していた清少納言を認めつつ、自らも源氏物語をして使えた主君の影響力を高めようとするが、これが中々難しく…といったストーリーですね。

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そもそも周りの宮女とソリが合わない。

 

紫式部源氏物語をどのように完成し、宮仕えを続けるのか今後が気になるところです。紫式部の奮闘や当時の実在の話も面白いのですが、大学受験なんかで古文の雰囲気を掴むのに丁度こんな漫画が欲しかったですね。

 

 平安時代以外の著作は、デビュー作「共鳴せよ!私立轟高校図書委員会」があります。

通称どろ高、書籍版は4巻全て装丁が違っていて素敵です。現在は特装版上下巻もあるのでお好きな方を。

 図書委員としてよりは各キャラクターに着目したゆるい青春コメディです。合間に読書、アニメ、ゲームのあるあるネタなんかをふんだんに含んでいます。先程の千歳ヲチコチ孔子をネタにしてる辺りでもそうですが、着眼点が独特で笑わせてくれます。爆笑というよりはクスりとできて、なんとなく思い出してしまうようなお話です。

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人名と文化の名前とか混同しがちなのちょっとわかる。

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自分の知ってる単語を当てはめるのもあるある。

 ドラマチックな要素はあまり無く、ゆったりとした時間を楽しむ感じの作品ですね。

 他には短編集や単巻の作品があります。

 

短編集では千歳ヲチコチのようにゆるい雰囲気の平安時代の短編もありますが、

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矢継ぎ早のリリーより、「鞠めづるヒトビト」蹴鞠を巡るあれやこれや。

 

どちらかというとダークな内容の短編も多いです。
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矢継ぎ早のリリーより、「或ル婦人」不吉な未亡人に金を借りに行く男の話。

 

 私はゆり子には内緒に収録されている「こゆび姫」が好きですね。

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病院でこゆび姫が想い出を語るお話。

 

 雰囲気の違った作品を楽しみたい方はぜひ短編集の方も手にとってみてください。

 ちなみに様々な作品の試し読みができる冊子も電子版が配信されているのでよろしければこちらを読んでみるのもいいと思います。

漠然とした平安時代のイメージをゆるく楽しげなイメージに固めてみませんか?

怖いのはノンフィクション。フェイクと言ってくれ、「忌録」

 夏ですね。台風が通り過ぎたおかげで少しだけ涼しい日がありましたがもう酷暑が基本みたいになってますね。そろそろ涼が欲しいところです。先日好きなラジオ番組であるYou Tubeチャンネルが紹介されたので見てみました。フェイクドキュメンタリーQというチャンネルです。このチャンネルは様々な怪奇現象や不気味な出来事が起こる様をドキュメンタリータッチの番組として表現しています。フェイクと言いつつドキュメンタリータッチなのでかなり真に迫っていて怖いです。こういったドキュメンタリータッチが強いのは、現実にあるかもしれないと思わせてくるところですね。結局、自分の身に降りかからない恐怖って他人事なのであんまり実感が湧かないじゃないですか?

 

 ところで、怖い話といえば最近こんな本を読みました。

この本は、近年の主だった都市伝説をまとめた本です。これを読むと多くの都市伝説は2ちゃんねる(当時)の「死ぬほど洒落にならない怖い話を集めてみない?」所謂洒落怖と呼ばれるスレッド発祥のものが多いようです。八尺様とかくねくねとか姦々蛇羅とかかなり有名になりました。しかしどうでしょう。どうしても今読むと作り話臭く感じられませんか?それは恐らく随分と時代が過ぎて有名になったことと、怪異のキャラクターが個性的すぎて身の回りの出来事との乖離が著しいためではないでしょうか?今更口裂け女が居ると思えないのと同じです。ただこういうのが嫌いかというと大好きなので今後も様々な怪異の話を読みたいところですが。

 怪異側のキャラクターではなく、登場人物側のキャラクターが立っている話も好きです。しかし、フィクション性と恐怖の両立は難しいものです。師匠シリーズとかキャラクターが立っていて大好きなんですが、どうしても怖さよりワクワクのほうが勝ってしまいます。

師匠シリーズ。怪異への対応が得意な先輩に師事する話。

 

 つまりは、元の話に戻りますが、時代による変化が起きづらい分、ドキュメンタリーひいてはノンフィクションのような話は怖さの鮮度が落ちなくて良いんです。

 ずっと気味悪いなぁという冷やっとした気分をキープできる保冷剤のような本が有るといいのにと思う方に向けて今回紹介したいのが亜澄思惟さんの忌録です。

 これは忌まわしい記録、つまり忌録と題されている通り、小説ではなくて複数のドキュメント集になります。

 大きく4つの話が収録されており、どんな内容かというと

「みさき」

 周囲が水のお堀で囲われた公園で、親が出入り口の橋付近にいたにも関わらず、忽然と消えた娘吉野美咲ちゃんの調査結果

「光子菩薩」

 見ると目を抉らなければ正気を保てないという光子菩薩の御札の調査・実験結果。

「忌避(仮)」

 沖縄のある幽霊騒動があった屋敷での調査結果

「綾のーと」

 新生活を始めた女の子の身の回りで起きた不可解な出来事と徐々に彼女自身がおかしくなっていく様を彼女が新生活を期に始めたブログをまとめた調査結果

 どれも「これフィクションでいいんですよね?」と確認したくなるほど不気味です。しかしこの本の冒頭では、「本書は、著者が二〇〇六年から二〇一二年までの間に収集した四つの事件の記録資料を、権利者の許可を得て公開するものです。」との文言が。せめてフェイクドキュメンタリーQの様にフェイクと言ってくれ。

 
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嘘だと言ってよバーニィ

 

 どの話も、新聞記事、インタビュー、手記、ブログ等あくまで記録という体裁を取っている分、悪質なまでに事実に見えます。創作だと解っているのですが、怖すぎるのでそんなに作り込まないで欲しいところです。


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そんなに作り込まないで欲しい例。行方不明の貼り紙。他にも新聞記事のやけにリアルな体裁もやめてほしいですね。

 こんなにリアルな演出が入るので、こんなこのが自分にもいつか降りかかるのではないかという想像力が逞しくなること請負です。この紹介記事を書くために夜中に読み直しましたが無駄に鳥肌が立ったのと部屋の外の異音に大声を上げるところでした。

 暑い日が続きますが、涼しくなりたい方、怖さに飢えている方、ノンフィクションホラーどうでしょうか?

なんか凄い存在がやって来て人生滅茶苦茶にしてほしい欲〜野崎まどさん

 最近少しだけ仕事が落ち着き、多少は家庭を省みる余裕が出てきました。たまの休みなので妻と息子とゆっくりしたいところです。妻もたまにはほっこりとしたハッピーエンドの本が読みたいらしくおすすめを教えてくれと訊いてきました。そんな妻の本棚は大半が「臓物大展覧会」「玩具修理者」「狗神」「眼球綺譚」などなどほっこりよりは夏にふさわしい涼が得られそうなレパートリーです。

臓物大展覧会、小林泰三さんのホラーはSF要素も散りばめられていたり怖いだけではなく考えさせられる。それにしてもタイトルが凄い。

 

 涼を得るよりは、私も仕事あがりでほっこりしたいところです。しかし、まだあまり本調子ではない。基本的に忙しくないときは丁寧な暮らしを心がけ、ゆったりとした本を読みたい気分なんですが、心を亡くすと書いて忙しいとはよく言ったもので丁寧な暮らしを描いた本は、多忙な時ほどなんとなく手に取りづらいものです。現在の自分との乖離がありありと目に浮かぶためでしょうか?余裕があるときには良いんですがね、丁寧な暮らし。そんなゆったりした暮らしに戻りたいと願いつつ、まだまだ心が戻ってきてないんですね。

「丁寧な暮らし」を考えると浮かんでくる本。サンドイッチ屋さんのバイトがスープを作り始める話。タイトルからもわかる通り、かなりゆったりな雰囲気の素敵な作品。休日ゆっくりしてる時に更にペースを落としてくれるような本。

 

 ですので、忙しいときに常々考えていた「隕石落ちて職場壊滅しないかな」を「凄まじい天才が僕の人生を滅茶苦茶にしてくれないかな?」に昇華してくれる作家野崎まどさんを紹介したいと思います。

 この野崎まどさんというSF作家はメディアワークス文庫というちょっとラノベを大人向けにしてみようといった雰囲気のレーベルができた時にその新人賞の大賞を受賞してデビューされた方です。

 その時のデビュー作がこちらの作品

 新装版も旧版も表紙が素敵。

 

 [映]アムリタはかつて恋人を亡くした美大の学生で映画監督最原最早(さいばらもはや)と最原に誘われた役者の二見遭一(ふたみあいいち)が映画を撮る話です。この粗筋だけだとまるで亡くなった恋人が忘れられない芸術家に恋した役者のほろ苦い青春恋愛ストーリーに思えるのですがまったくそんなことはありません。物語の序盤二見は最原の作った映画の絵コンテを読みます。寝食を忘れて56時間ぶっ続けで。明らかに何かがおかしい絵コンテですが、こんな絵コンテを作る最原は一体どんな映画を作ろうとするのか?というのがこの小説の本筋になります。他の作品と比べると掛け合いが多くライトノベル感は若干強めです。

 

この作品を一作目として、「2」という作品までの6作品は一連の作品となります。


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施川ユウキ(ハジメ) on Twitter: "複雑な思いを抱えつつ野﨑まど『2』を推す神林。 『バーナード嬢曰く。』4巻、発売中です! https://t.co/rqzR3LG8uB" / Twitter

施川ユウキさんのバーナード嬢曰く。4巻での1シーン、タイトル的に2作目だと思うよね。

 

「2」に至るまでの作品を簡単に紹介すると、

大学院生の舞面真面が謎のお面の中学生とともに曽祖父の謎の遺言を解く話。

 

小学校4年生でクラス委員、負けず嫌いな理桜ちゃんが天才数学者にして不登校のさなかちゃんに友達の意義を教えてあげる話

 

不死の生徒がいるという都市伝説のある女子校で、新任教師が自称不死の生徒が殺された事件の謎を追う話。

 

この世で一番面白い小説の作り方を知っているが、書き方がわからないという女性に作家が小説の書き方を教える話。

 

まったくまとまりの無い5つの小説に思われるのですが、1冊1冊がそれぞれ最終作である「2」に関連しています。

 

 そして締めくくりとなる「2」はまた登場人物達が映画を撮る話です。

 ある意味「1」たる[映]アムリタで描かれたとんでもない映画から、更に進化した映画が描かれることになります。つまりは、話の細部は違えども[映]アムリタも2も同じ様な話です。「凄い映画とはどんな存在なのか?」という話に集約されます。 そもそも、2に至るまでの話でも序盤で提示された謎を回収するという内容は共通しています。ある意味紋切り型になるのですが、一つの命題をごてごてとライトアップするかのように盛り上げる展開のおかげで、内容がわかっていてもオチに至るまで退屈することはありません。盛り上げ方というのも中々過激です。たとえば「正解の演技とは?」「四角形と五角形の間の形状」などこういった不可能な定義を持つ要素を可能とするキャラクター達が出てきます。そんな彼ら彼女らが一体何をしようとしているのか?シンプルながらも鰻屋に行ったらプロの作る旨い鰻が出てきたかのように、野崎まどさんの得意なストーリー展開なのでしょう。

 これらの作品はSFと言われていますが、サイエンスよりはフィクション要素(またはファンタジー要素)の方が強めです。サイエンスサイエンスしているよりフィクションフィクションしている分、また文体がどちらかというとライトノベルに寄っている分、ハードなSF作品と比べると読みやすいと思います。

 

 これらの一連の作品以外ですと、

様々な物や人に情報が埋め込まれた結果、調べるまでの時間が短縮され、情報へのアクセス速度が圧倒的に早くなった未来で、情報に携わる官僚の話。

 

AIがほとんどの仕事を奪った未来で、少なくなった研究者が働けなくなったAIのカウンセリングをする話

 

などがあります。一部ファンタジーチックな作品やコメディ要素強めの短編集などもありますが、全部の小説やアニメは紹介できませんのでこのあたりで。個人的なおすすめはknowですね。あったらいいなを描いているSFが好きなので。

 

 ところで、先程紹介した一連の6作品やこれらの小説には共通点があります。現在の価値観の中で秀才、優秀とされている人物たちもそれを遥かに超える理解の及ばない天才のやることにはまったく歯が立たない、秀才から見ようが凡人から見ようがステージの違う人間はそんな尺度で測れるものではないということを描いている点です。

 各小説の主人公は優秀な人間であり、現在の価値観の中では高く評価されている人物です。作品ごとにジャンルは違えど、主人公は規格外の天才と出会います。読者は彼らの目線を通して天才たちを眺めることになるのです。主人公はある意味選ばれた人間なので、ウルトラマンよろしく大活躍する天才たちを肩の上の特等席から眺めます。しかし、実はウルトラマンではなくでどちらかというとゴジラだった。街はしっちゃかめっちゃかになったけどいかに優秀な人間でもゴジラは止められない。そんな雰囲気でしょうか?基本的に登場人物は美男美女ばかりなので怪獣のような美人に振り回されたい願望の人にはいいかもしれません。小説の内容がこうだから作者はこんな奴だ!とは言えません。ミステリー作家は人を殺してませんし、警察小説を書いている人はほとんどが警察官ではありませんし。しかし、本当にそんな展開ばかりなので野崎まどさんは天才に対して思うところがあるか、自分も振り回されたいタイプなのかもしれませんね。

 身の回りの優秀な人間を眺めているとどうしても自分と比べてしまって落ち込むことはないですか?そんなとき、作品中の「上の上」のような人物でも「超の超」みたいな天才の前ではどうしようもないということを描いた作品群はある意味痛快です。前半の主人公たちの優秀さを表す描写は秀逸でこんな風に生きられたら良いなーと感情移入してしまう分、後半の天才達の破天荒ぶりが際立つのもいいですね。

 昔そんな曲がありましたが

 

常識をぶち壊す天才たちの大活躍を肩の上から観てみたい方におすすめの作家です。