先日出張で四国に行きました。近所にもお遍路の寺があったり、こんぴらさんがあったりしたので、せっかくだからと観光してきました。定年したらのんびり旅館に泊まりつつお遍路したい…と思うのは日本人の性じゃないかな思います。
金刀比羅宮、奥院、めっちゃ登る。
香川ということで、お遍路の方も食べていたある店のうどん
さて、四国に来たならば御当地作家の本を読まねばならぬだろうとこの度、初めて坂東眞砂子先生の著作を読みました。趣味が怪奇に寄ってる妻が坂東眞砂子先生の著作を推していても「あ〜バンマサね。そのうちね。」と知りもしないのに知ってる感を醸し出してスルーしていた訳ですが、せっかく四国に上陸したならば読まざるを得ません。というわけで私の初「坂東眞砂子先生」は「死国」で決まりです。
1999年に映画化もされた有名作品
主人公の明神比奈子は、地元の高知県は矢狗村(やくむら、一応言っときますと実在しない村)から親の仕事の都合で関東に出て、以来東京でそこそこ有名なイラストレーター「HINA」として活躍していました。そんな中、親が矢狗村に残してきた家の貸借人が出ていくことになり、家に新たな貸借人を呼ぶか、売り払うか処分するために夏の間帰省することになります。
折良く?「『HINA』は俺がプロデュースしたんだよ。」みたいに調子に乗ってる広告代理店勤務の彼氏の浮気が発覚、「地元で一度仕事を休んでダラダラしよう。」と相成った訳です。
比奈子が帰省し、かつての友人たちとの再会で思い出すのは、中学生までいつも一緒にいた友人の「莎代里(さより)」のことでした。ただ、今回の帰省の中で、互いに言葉は少ないながらも分かり合っていたと感じていた莎代里は中学3年生の頃に亡くなったことを知ります。
さて、これだけだと最近流行りの「東京&田舎ってやつは最高だけど最低だよなぁ〜」みたいな本となんら変わりありませんが、タイトルからもわかる通り、それだけではありません。
鳥トマト先生作、東京と田舎の色んな話。
よくSNSで盛り上がっているイメージ。
莎代里の家は代々続く口寄せの家系で、莎代里の母照子はかつては莎代里を依代にして死者を口寄せして、村人の悩みを解決していました。その照子は「お遍路を逆向きに回る逆打ちを莎代里の享年の回数だけ行っているので、莎代里はそろそろ帰ってくる。」という中々あれなことをおっしゃってます。ちなみに1周約1,200kmで1日行けても30km程度と、大体45〜60日かかるそうです。ば、バイタリティ。当然、みんなさらっとスルーするのですが、日奈子が村で過ごしたり、初恋の男性とデートしたりするとどこからか気配が感じるようになったりするようになったり、急に天候が崩れたり、かつてクラスのマドンナ的存在で村のスーパーに嫁いだ同級生が不倫して駆け落ちしたりと段々不穏な要素が矢狗村に漂ってきます。
そんな不穏さが垣間見える日奈子達の矢狗村での生活の合間には、村の会合でお遍路をする人間を決める描写が挟まれ、なぜ村からお遍路を行う人間を選抜しなければならないのかという謎が並行して描かれています。お遍路に選ばれた男の内心描写から、老いて体力が落ちる中、お遍路から返ってこれなかった人々の末路も克明に描かれ、矢狗村の不穏さに加えて、読者の「お遍路って、四国ってなんなんだよ!?」という疑問と期待をいい感じに高めつつクライマックスまで気持ちを保たせてくれます。
また、人物の描写は独特です。「田舎あるある」みたいな人物も出てくるには出てくるのですが、そういった人物が全く目立たないくらい一癖も二癖もある濃すぎる人間達がストーリーを盛り上げるために登場しては凄まじい勢いで踊り狂います。具体例を挙げますとややネタバレになるかもしれませんが、「発砲までが早すぎる警官」「植物状態の患者はすべて自分の赤ん坊だと思っている看護師」「夫が生前の頃にしていた不倫の思い出に浸る老婆」「死してなお仲間にメッセージを残さんとする巡礼者」「いい歳したおっさんを急に鎖場とかある危険な山に登山させる存在」「おっさんが滑落したから今度はちゃんと鎖場を迂回させようとする存在」「撃たれても走って山を登ることのできる巡礼者」「最短で現地に向かうために看護師を利用して▲▲しちゃう人」などなど「おら、こんな村嫌だぁ」と言いたくなるような人物が盛り沢山です。
作中に実際に出てくる鎖場のある石鎚山。
落下事故もあり迂回路があるなら迂回すべき。
そんなにキツくはないけど勾配がヤバい。
素人は鎖場を登らないようにね!
迂回路を行こう!
そのうえ、大して重要そうに感じていなかったモブキャラ中のモブキャラまでが、「そんな場面で出てくるのかよ!」という活躍を魅せることもあり、気を抜けません。
ダイの大冒険より「チウ」
小説だからこそ1行くらいしか言及がなかったキャラが目立つとゾワッとする。
「田舎あるあるの人」というでっかい偏見の物差しでは測り切れない強烈な人物に囲まれた四国の地がド派手なラストに向かって突き進むハリウッド映画の様な躍動感は、ホラー小説や怪奇小説というよりエンタメ小説として楽しむことができ、こんな楽しい小説が1996年に書かれていたなんて!という新鮮さを味えること請負です。
それにしても「村は死によって包囲されている。」という描写が印象的な小野不由美さんの「屍鬼」や今回ご紹介した坂東眞砂子さんの「死国」や「狗神」あたりを読んでいると、「地元だからどんなふうに描いてもいいや!」みたいな勢いを感じます。
ただ、まずもって、東京者の目線から描かれている「死国」の田舎像は、たとえば近年見かける「少年のアビス」の様なネガティブな田舎像ではなく、30年も前の小説だからか、不思議とめちゃくちゃポジティブに感じます。
峰浪りょう先生の「少年のアビス」
田舎、介護、貧困、閉塞感、心中、イジメなど凄まじい田舎の詰め合わせ。こちらの作品もド派手で、滅茶苦茶面白い。
インタビューで「けっこう自分の経験が入っています。」という恐ろしいことを語られています。
なんやかんや30年前から「田舎と都会」の分断はあったんだなというと感慨もひとしおですが、当時描かれたド田舎は、「毎年やる同窓会や同窓会後のチークダンス」とか羨ましいかというと羨ましくないですが、今では全く考えられない陽の要素に満ち溢れており、この大SNS時代という陰の時代に無い爽やかさが田舎に見て取れて新鮮です。平成初期、令和と比べると圧倒的『陽』の時代。
ド派手な怪奇小説が読みたい方、そもそも「死国」や田舎の出身の方に読んでいただきたい最高のエンタメ小説です。
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