最近、涙もろくなってきている気がします。映画を観ると前までは感動しても泣くほどではなかったシーンでも思わず涙が目に溜まってしまうようになってきました。恐らく、登場人物の心境を自分がかつて経験した内容と照らし合わせて共感しているのではないかと勝手に思っています。その理屈だと老人ホームに入る頃には全創作物号泣になっちゃうんですがどうなんだろうとか考えている昨今です。
さて、星の王子さまでは「すべての大人はみんな子どもだったのです。(でもそれを覚えている大人はほんの少ししかいません。)」と書かれていましたし、バハムートラグーンではヨヨが「ねぇ……ビュウ。おとなになるってかなしいことなの……。」って言ってました。
言わずとしれた名著。
バハムートラグーンよりヨヨ。このセリフのあと完璧に心はサラマンダーに捧げた思い出。
悲しいことかどうかは兎も角として、酸いも甘いも噛み分けなんとなく騙し騙しやってきているのが大人だと思います。そんな中、ふと部活で頑張っている高校生や、夜のドライブ、ダラッとした日曜のスーパー銭湯など様々な場面で何となく少年少女の日のことを思い出すと何故か切なくなる瞬間があるじゃないですか。それを疑似体験できる作品が今回紹介する榎本俊二さんの「ザ・キンクス」です。
(既刊2巻)
最新話の手前と1話は無料で読めるのでブログ読まなくてもいいので是非読んでって下さい。
ザ・キンクスは錦久(きんく)家の日常を描いたコメディ漫画です。イギリスのロックバンドは全く関係ありません。作者の榎本俊二さんと言えば「えの素」等の不条理なギャグで有名な作家です。誰もが読んだことのある作品と言う訳では無いと思いますが、ギャグ漫画家としてのキャリアも長く、誰しも見かけたことのある絵ではないでしょうか。
えの素。実は雑誌で見かけたことはあるけど単行本をしっかり読んだことは無くてェ…。
意外に子育てエッセイ漫画を3冊も描かれているのでそのあたりも家族の物語である「ザ・キンクス」に繋がってるのかもしれません。
バタバタした育児を描いたエッセイ漫画。淡々と描かれてるけどこの夫婦二人の育児は「めっちゃ頑張ってる」と襟を正してしまう。
そんな榎本俊二さんが描く「ザ・キンクス」ですが、以下のようなメンバーでお送りしてます。
何となく押しに弱い作家の父、隅夫(すみお)
対人関係に対して億劫がる少し我が儘な母栗子(くりこ)
しっかりしている様でどこか抜けている長女、茂千(もち)
とにかく素直な長男、寸助(すんすけ)
このメンバーがどこにでもある日常を過ごす様が描かれております。そのほとんどは「錦久家だけの思い出」であり、我々が共感する様なものではありません。「アルファベットの並び順を悩まないようにする方法を考える。」「偶然に近隣の旗振り係が勢揃いする。」「お祭りで急遽バンド演奏をする。」「こども会のやり方に全力でケチをつける。」等々、あくまで錦久家の思い出であって我々が懐かしいと思ったり共感するものではありません。
アルファベットの順番に悩まなくなった父
4コ区の旗振り係が勢揃いしたシーン。
創作のために全力で子ども会のやり方にケチをつける父
では何故それが良いのかと言いますと、どこか自分たちと別々に過ごしている誰かにちょっとだけ特別な、変な日常があるんだなあと想いを馳せることになるためだと思います。何というか、夜景を眺めていた時にポツポツと電気が消えたり逆についたりして他の人々の生活について考えてみる瞬間の贅沢と言いますか。そんな贅沢とは別にシュールな日常ギャグも普通に楽しいんですが。何だよ「アルファベットの順番に悩まない様にするって。」
そして、その錦久家のエピソードの合間合間に、誰しもちょっとだけ遭遇したような思い出話が挟まります。「真っ暗な自宅がまるで他人の家に見える。」「深夜に勉強しながら静かな音でラジオを流す。」「家族で映画を観て夜に車で帰る。」そういった誰しも少し経験したようなエピソードが架空の錦久家に共感と愛着を持たせてくれます。こんな家族はどこかにいるんですきっと。
夜の風景が全く違うものに見えるのはあるある。
ラジオから聞こえてくる生放送なだけで面白さが150%になると思う。
ちょっと子供向けっぽい映画を皆で観たあとの帰り。興味がなくても作品をバカにしたりしないのシンプルに凄く「良い家族」
さて、あと3点ほど追加で本作の魅力を。この作品は日常系のお話ではあるんですが、見開きの迫力というか雰囲気がとんでもなく良いです。映画館、夏祭りのステージ、深夜の車等を見開きでこれでもか!と表現する様がそれぞれの短編に引き込まれます。
真っ暗な映画館
夏祭りのステージ
お父さん以外がみんな寝た車内
恐らくこんなに見開きでガッツリ生活を描いている作品は他に無いのでは?と思っちゃいます。有るなら有るで滅茶苦茶知りたいから誰か教えて欲しい。
もう一つの魅力が、こう、説明が難しいんですがタイトルによる伏線回収です。短編を最後まで読んだあとに「あ、これそういう意味だったんだ!」ってなるゴールデンカムイとかニャロメロンさんのあれです。
寄生獣以降のここ最近のタイトル回収と言えばこれ。
ニャロメロンさんの濃縮メランコリニスタより。ニャロメロンさんがタイトルで伏線回収やるのどんなんだっけって思って読み直したらガッツリ下にタイトル書いてて笑った。
ザ・キンクスはこのゴールデンカムイとニャロメロンの中間的な感じでタイトルを最初に持ってきたり、話の半ばのでかい見開きに持ってきたりしつつ、「あっタイトルそれだったんだ。」「タイトルそういう意味だったんだ。」とクスッとする肩透かしを決めてくれます。特に好きな話はあらすじで言うと「色々あって義理の父親をデイケア施設に送迎する話」につけられたタイトルなんですがすごく微妙なネタバレになってしまうので是非お読みいただきたいです。
最後に、本作の登場人物の顔が凄く良いです。シンプルながら、こういう人いるわ〜となる絵です。義理の父、市役所の人、子ども会のちょっと嫌な人など納得しか無いのは凄い描写力だと思います。
義理の父の凄い義理の父感。
市役所の人と子ども会の嫌な人。
あとこんなやけにリアルなモブキャラの中に無から美人が生えてきてビックリします。ここ最近読んだ漫画の中でダントツの美人、デイケア施設の人と市役所の課長算沢さん。デイケア施設の人は恐らく一生出てこなそうなんですが、算沢さんはしれっと再登場してる様で今後が楽しみです。
1話しか登場しない上にコマも少ない美人、デイケアの人。
市役所の課長、クールな算沢さん。
ゆるい日常を味わいつつ、ちょっとした伏線にクスッとしてそれでいてやけにキャラが良いという最近読んだ漫画の中でもトップクラスに楽しめる作品でした。
何となく疲れた人、人がみな我より偉く見ゆる人なんかがちょっとひと息入れたい時に「ザ・キンクス」おすすめです。
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