仕事をする上で気になるのはタスクと能力の差です。優秀な人間がスーパー単純作業してたり、ノリと勢いで生きている人間に熟慮が必要な判断をさせていたりすると、もっと適材適所って無いんかい…なんて思ったりします。また、熟練パートのあの人しかできない業務、みたいなやつがあると一人抜けるだけで仕事が回らないということもよくあります。あぁみんながみんな超優秀でどんな業務でもできれば良いのに…と思うことも多々あります。しかし現実は無い物ねだり。全員が勇者のパーティなんてものは存在しません。
さて、昔話をしてみると、産業革命によって?工場制手工業が徒弟制度や家内制手工業に取って代わったなんてことがありました。この辺ちょっと曖昧です。
工場制手工業。うっすら日本史や世界史で習った気がしてます。
人類は古くから「熟練の技がなくてもあの仕事が誰でもできるようになればいいのに。」と願い、それを道具や科学で実現してきました。計算は簡単にできるし、カメラを撮るのに暗室も現像液も要りません。近年だとイラストや文章すら生成されるようになりました。イラストレータの仕事を潰す気か!なんて声もSNSから聞こえて来るあたり、まさに過渡期という感じがしますね。
宙に参るより。未来を描くSFでも技術的に厳しいことは勿論ある。
前置きが長くなりました。今回紹介するのは剣と魔法が科学に取って代わられる過渡期を描いた作品、グレゴリウス山田さんの「竜と勇者と配達人」です。
全9巻+私家版1冊(完結済み)
この竜と勇者と配達人は、魔法やスキルという非常に便利なものがあるファンタジー世界において、科学が剣と魔法を駆逐する過渡期を「配達人」という魔法・科学いずれが発展しても消えゆきそうな職業の目線から描いた作品です。
主人公は配達人見習いであるハーフエルフの吉田。都会を夢見て故郷の森を抜け出し、法律と規則に則って勤勉に働く小役人です。
ハーフエルフ「短慮」の吉田。
めっちゃ小役人。
街に出てきて9ヶ月という、彼女は配達人という仕事にも人間社会にも慣れておらず、見るもの全てが新鮮です。そして、彼女の目線を通して見る「竜と勇者と配達人」の世界は同様に我々にとっても非常に新鮮です。ファンタジー作品などいくらでも世に蔓延っている中、何が新鮮かと言いますと、一般的なファンタジーの世界と比較して明らかに、そして非常に煩雑です。煩雑ながらもこの人間社会の初心者、吉田を通して見るからこそ本作は非常に取っ付きやすいです。
煩雑な要素の例「経験値記録官」ネタかと思いきや真面目な理屈もある。
訴訟。
紙を巡る特許。
様々な職業。
勿論、現実世界はシンプルに説明できるものじゃありません。ファンタジー世界が中世くらいとして、中世だって宗教も王政も国も民族もとめちゃくちゃややこしかったじゃないですか?高校時代に日本史専攻だった私が世界史Aで覚えている言葉はただ2つ、デカメロンとコンスタンティノープルです。世界史めちゃくちゃややこしい。そしてそんな現実のややこしさをファンタジー世界にぶち込んだのがこの「竜と勇者と配達人」です。
たとえばフィクションの作品で、寄生獣、デスノート、ハイパーインフレーション等、世界に一つ異物が紛れ込んだら、というifの物語は多数あります。
DEATH NOTE。もはや懐かしの名作枠。
一方で、本作は剣と魔法のファンタジー世界が成り立つような社会とは如何なるものか?というファンタジー+現実の歴史を合わせたifになります。
セーブポイント。死んだらやり直せるとかそれはアホみたいな金がかかるでしょうよ。
さて、本作は剣と魔法のファンタジー世界に訪れた過渡期と述べました。ややこしいファンタジー世界が成熟を迎えるに当って、「魔法もスキルも一般人には扱いづらいし、組合は利権のために自由な活動もさせてくれない。魔法なんかより誰しも使える技術は無いか?」「戦も無くなりつつある世の中で個人的な武力だけで世界を相手にできる存在は恐ろしい。」という世間の革新的な動きと、「魔法もスキルも使えない一般人に利権を奪われてたまるか!」という保守派の争いが火花を散らしていくことになります。必然、そこで生きる人々も選択を強いられるのです。
剣と魔法の世界を終わらせようとする役人達
剣と魔法の世界を終わらせまいと抵抗する人々
剣と魔法いずれが発展しても理想のために変化をし始めた組織。
三者三様の生き方が、争いが、中々に熱いです。また、先程は配達人の吉田の視点を通してと申しましたが、その他にも、
自身を守るため組合から逃げざるを得なかった魔術師達。
勇者も傭兵も市民も頼りにならんと組織された役人の軍団
主人公吉田の周りにも、
通信に命をかける駅遁局局長
普段は昼行灯ながらいざというときは頼りになりたい先輩。
などなど魅力的なキャラクターが多数おり、各々の立場から世の中の変革を味わうことができます。
個人的に好きなのは保守派も革新派も目指すべきところは同じでも、立場によって争いが生起しているという点ですかね。
魔法VS科学という保守派VS革新派の前哨戦。かつてのブルーレイVSHD DVDが思い起こされます。
そして、この物語を描くのは十三世紀のハローワークという、ほぼほぼ滅びた職業しか載っていない解説本を書き、中世に凄まじい知見を持つ作者グレゴリウス山田さんです。
冒頭から水くみとか粉挽きとか機械が取って代わった結果ガッツリ現代社会から消滅しつつある職業。
正直何してた人なのかは知りませんが作中の膨大な解説と無限にも思わせる甲冑のレパートリーが作者の知識の凄まじさを自ずと教えてくれます。
ちょいちょい入るコラム。マニアック過ぎる。
ついでに私家版という作者が個人出版した本はこのコラムの分量も凄いことになっており、文字通り解説本といった風情です。
剣と魔法、そして科学ががっぷり四つに組み合う作品を味わいたい方
がっぷり四つ。
そしてその争いの果てに何が待っているのか。ぜひ全巻まとめて読んでみて下さい。
読んで目指そう豊かな社会。