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京極堂シリーズ、17年ぶりの新刊「鵼の碑」レビュー

 先日、アーマードコア最新作が出たという日、プレイしたことの無い私は、「へー昔従兄弟がやってたやつだー。」くらいの感想しか抱きませんでした。ちょっと前にロックマンエグゼのコンプリート版みたいなやつがスイッチで出たときは狂喜乱舞したんですが。

懐かしの電脳世界。

 そして17年ぶりに京極堂シリーズの新刊、「鵼の碑」が発売された先日はどうだったかと申しますと、「まぁ今まで散々読んできてるし、買うかー。」くらいのノリでした。中学、高校と滅茶苦茶読んだにも関わらずです。さて、そんな新刊がどうだったかと申しますと、京極堂シリーズとしてのお約束を押さえつつ、タイトルにも有るように鵼(ぬえ)の如く正体不明な独特な読書体験ができる最高の作品でした。

最新刊。電子の海で百鬼夜行

 何が独特かと申しますと、過去の京極堂シリーズは殺人事件を題材にして、京極堂こと中禅寺秋彦が憑き物落としをするといった、割と王道のミステリー小説です。勿論その分量たるや銃弾が止められそうなレベルで、王道か?という部分はあるのですが。

 しかし、今作では、泊まっているホテルのメイドから幼い頃の殺人を告白された劇団の座付き脚本家である久住(くずみ)、勤め先の薬局で事実上の婚約者かつ雇い主が失踪した御厨、20年前に死体が消えた謎の事件の話を聞かされた木場の三者の目線で物語が進行していきます。まず、この三者が関わる事件自体が不明な点が多すぎて、何が焦点となるのか中々明らかになりません。あいつが謎のシチュエーションで殺されて、ついでになんか鬱々とした関口が容疑者!みたいな展開では無いわけです。また、京極堂も中々物語に絡んで来ないのでやきもきします。そんな中、三者がどのような事件に巻き込まれたのかと言いますと、

 久住は同じホテルに宿泊していた関口に対し、客室メイドから投げかけられた殺人の告白について相談します。彼女は何故そんな告白をしたのか?その告白は事実なのか、鬱々と話し合うわけです。

 御厨は、婚約者の失踪を受けて薔薇十字探偵事務所に調査を依頼します。ちなみに榎木津礼二郎は留守なので留守居の(主任)探偵益田が調査に乗り出します。

 木場は、定年したかつてのバディ、長門の定年壮行会で聞かされた20年前の事件について上司に確認した所、その事件の調査を命じられます。ちょっと釈然としない木場は、事件の手がかりを追い日光に向かった所、そこで偶然旧知の公安の人間、郷島が女性を追いかける所に遭遇します。

 三者三様別々の事件の様で、実は複雑に絡まり合う様はまさに今回のタイトルの鵼(ぬえ)の様で、やれ蛇だ虎だ猿だと事件の全容が見えぬままに読者もありもしない空想の事件の真実に思いを馳せることになります。また、その合間に語られる神仏習合神仏分離令廃仏毀釈放射性同位体など様々な歴史的、科学的な話もさながら「鵼」の隠喩の様に思えてなりません。

 個人的に、ただ読むよりも「この事件はこんなトリックなんじゃないか?」とか「こういう真相が隠れている気がする。」なんて考えながら読むミステリーは名作だと思うのですが、そういった意味では本作は最高に名作です。ありもしない空想上の鵼の姿を読者も想像しながら読むことになります。それを可能にするのが三者の目線で事実をすこーしずつ明らかにしていく京極夏彦先生の手腕です。それにしても、私も勿論「きっとこんな展開だったんだよ!」と思いながら読んだのですが、てんで的外れでした。あの歴戦の指ぬきグローブおじいさんはミスリードが巧すぎます。
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ハイパーインフレーションより着こなしが自然すぎる人。京極夏彦先生も絶妙なこなれ感がある。

 そして今回感動したのが各キャラクターとの再会です。中高生のころ紙で読んで以来、私もキャラクターとか忘れてるかな?と少し不安になったのですが、探偵役の古書肆中禅寺、破天荒な榎木津礼二郎や鬱々とした関口、粗暴な木場などメインキャラクターは勿論、軽薄な益田や童顔の医者緑川、釣り堀の爺などサブキャラの面々も読めば記憶がはっきりと蘇ってきました。全巻電子で買い直さなくてよかった!いや、いつかは買い直したいんですがね。

 また、どう転ぶかわからない五里霧中に見える中での場面転換が巧みで、意識していない時に

「ふと、目を向けると、

ー其処に、女が立っていた。」

とかやられるとビクッとします。映像が無いのにビビらせるのが本当に上手い。そしてそこで章を区切るな。続きが気になりすぎる。

 久々に読んだ新作で、正直どうなんだろう?と思って懐疑的に読んでましたが、やはりここまで(物理的に凄まじい文量)付き合ってきただけあって、シリーズとしての形が確立されており、京極堂シリーズにあって欲しいお約束の要素・展開を押さえつつ、謎に引き込まれる素敵な読書体験でした。

 鵼に化かされたい、そう思う方にオススメです。