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「純粋な悪」は存在するのか?潮谷験さんの「スイッチ 悪意の実験」

 年末年始休暇、最高ですね。あまりに最高すぎて職場に来ています。弊社には色々な施設があるので、その保全やら点検やらで待機する人が(不運な数名)存在するためです。と言ってもやることは無いので、何ヶ月か前のセールで纏めて買って積読していたメフィスト賞受賞作品を読むことにしました。一冊目は「純粋な悪」を求める実験を描いた潮谷験さんの「スイッチ 悪意の実験」です。

第63回メフィスト賞受賞作

 

 本作は犯罪者の心理分析などでテレビにも多数出演している心理分析コンサルタントの安楽(あらき)氏が狼谷(ろうこく)大学の関係者6名に対して行った実験の話です。その実験とは、「押すと縁もゆかりも無いパン屋への資金援助が打ち切られ、善良なパン屋が破滅するボタンを渡すと人はボタンを押すのか?」と何とも悪趣味な内容です。

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賭博黙示録カイジ和也編より和也。
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悪趣味。

 参加者の6人は1ヶ月の間、スマホ内にインストールされたアプリに自らの生年月日を打ち込むことでスイッチを押すことができます。参加者には1ヶ月の間1日1万円振り込まれ、終了後はインタビューに答えると更に100万円貰えるという夢のようなバイトです。少なくとも押したら5億年の時を過ごすことにはなりません。

懐かしのホラー漫画?5億年ボタン。

 縁もゆかりも無いと言いましたが、参加者は一度安楽氏にパン屋に連れて行かれそこで食事をして、「石窯だのハンモックだの拘りがあるから雰囲気は良いけど郊外にあるし、パンの味は普通にちょっと毛が生えたレベルだし、赤字でも全く違和感が無い。」というパン屋の現状と、パンへの拘りを語る仲の良い夫婦、パン屋を全国チェーンにしたいと語る可愛い娘さん、まだパン屋とかちょっとわからないけど給仕してくれる可愛らしい5歳の双子の男の子達の何とも仲睦まじい様子を目の当たりにします。こんな幸せ家族を崩壊させるのは無いなと共通認識が芽生えた6人は、スイッチを押さないためにパン屋に通い詰めたり、普通に過ごしたりします。

 さて、本作の主人公は6人の内の1人、幼い頃に小規模な宗教が運営するタイプの保育園のちょっとアカン感じな園長先生に「お前は悪魔の子や、何か選択肢が有ると最悪を選ぶ女や!」と言われた経験のある大学生、箱川小雪。そのアカン大人の薫陶を受けたためか、全ての行動を脳内で行うコイントスで決める悪癖に従って生きるちょっとアカン若者に立派に成長した彼女は、「パン屋に悪いなー流石にコイントスで決めるのは無いなぁー。」と思いつつ、ガッツリ脳内でコイントスをしてパン屋の行く末を決めたり、そんな自分にドン引きしたりします。

 さて、実験の最終日、うっかりスマホを放置してうっかり盗まれた結果、うっかり40回くらい生年月日を打ち込まれて正解が弾き出されパン屋への資金援助が打ち切られました。


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スマホを落としただけなのに&ジャンケットバンクの可哀想な?パン屋さん。

 まぁ良いかと思いつつも一応礼儀として「無効!この実験は無効!」と言い張って見るもやはり実験は有効と判定されて資金援助が打ち切られます。

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 ついでに、最終日よりも前に実はパン屋の主人が自分のことをアカン幼児扱いしたアカン元園長先生であることも明らかになり「誰が(私以外に)スイッチを押した?なぜ?押すなら私やろ!」という疑問に主人公は向き合うことになります。

 主人公以外の人間は、正義感に溢れる仲良し美男美女カップルの2人、実家の寺の修繕が大変だから参加を表明したお坊さん、大学OBで就職浪人中の酒乱お姉さん、生活費にちょっと困ってる中国からの留学生であり、正直パン屋が滅びた所でなんの痛みも無いし腹の中では何を考えているか分からない連中です。

 スイッチは押されたわけで、結果としてパン屋は様々な不幸に見舞われて崩壊し、けれども押した人は素直に名乗り出ず、「純粋な悪はスイッチを貰ったら即押すと思うんだよね〜。」と考える安楽氏と「押した犯人を見つけたら資金援助を再開してくれない?」と取引を持ちかけた主人公はそれぞれ犯人を見つけ出そうとします。

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 さて、この物語の中で安楽氏が言う「純粋な悪」は存在するのか?誰が何故ボタンを押したのか?というシンプルな問いと、あらすじの時点で崩壊することがわかってる素敵なパン屋の行く末を年末年始で味わってみるのは如何でしょうか?悪人に目端が利くタイプの方におすすめの一冊です。