読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

セカイ系✕ミステリー✕異世界転生〜名倉編さんの「異セカイ系」

 メフィスト賞作品本日2冊目です。「スイッチ 悪意の実験」はちょっとパン屋さんが可哀想だったので、あらすじ的にも表紙的にもハッピーエンド感があった名倉編さんの「異セカイ系」を読みました。この後は「人間に向いてない」「火蛾」を読む予定なのでちょっと軽めな(雰囲気の)作品を挟みたいとの狙いでした。

 さて、セカイ系といえば男女の仲と世界の行く末が天秤に掛けられてる作品でいいんですかね?正確な定義はよくわかりませんが、「イリヤの空、UFOの夏」読んどけば良いって近所の犬に言われた気がします。

これだけあれば良いんだ。

 本作は元ニートな主人公名倉編(ペンネーム)が回転寿司屋でバイトしつつ、小説投稿サイト「White Novel」で「臥竜転生」なる小説を投稿する、という日常物かと思ってましたが超序盤からそれは覆りました。いつもの様に働きたくねぇー死にてぇと思っていた名倉は自らの小説である「臥竜転生」の世界に転移しました。目の前には理想のヒロインとして自らが描写した「イブにゃん」がおり、そして自らは主人公である「カミサマ」としてチート能力を持ち冒険に出ることに。しかし、ファンタジーな世界観で自由を謳歌できるかというと、自らが描写した設定に従わなければ明らかにヤバそうな闇が追いかけて来るというデメリットが付き纏います。f:id:sannzannsannzann:20231229223301j:image

劇場版ドラえもんでちょっとありそうなシーンですが、あんまり関係ないです。

 自分の考えたストーリーに従って動く中で名倉は、「小説内で現実世界の食べたいものを思い浮かべると現実世界に戻れる」「現実世界で死にたいと思うと小説内に飛ぶ」「現実世界で過ごしている時間は小説内では経過しない、逆も然り」という特徴に気付きます。

 さて、特に最後の時間のズレ(停止)を利用して回転寿司のバイトで無双したり、なんか他にも色々有効活用できそうですが、まぁバイトでいい感じに働いていた名倉。バイト先では金髪のイケてるお姉さんとちょっと仲良くなったりリアルもちょっと充実し始めます。

 これだけだと元ニートの復帰譚になってしまうんですが、そういう話ではないです。

ドラマ化もしてたお仕事物。しかしあくまで本作はセカイ系です。

 名倉は自分の小説に従うことでキャラクターの死が近づいていることに気付きます。具体的にはヒロインの母親です。

f:id:sannzannsannzann:20231229222155j:image

男塾より。男でも死ぬのは駄目ですが、理想のヒロインそっくりの母親が死ぬのは辛い。

 自らの小説が「White Novel」でランク10位に着けているのは、ご都合主義に寄らず死ぬべきときにキャラクターが死んでいるから、と自覚がある名倉は、目の前にリアルに存在するキャラクター達が死に直面している事実に愕然とします。そして彼は気付きます。最近、「White Novel」の上位小説でキャラクターの死が極端に少ないことに。「White Novel」上位に入ると小説内に入れる様になるということに思い至った名倉は他の投稿者と協力して自らの小説世界を守る術を模索することになります。

 理想の世界に入れたら、との妄想は近年の異世界転生の物語を見れば割とありがちな妄想かもしれません。しかし、まぁ平和な日本に生きる現代っ子にモンスター相手でも切った張ったはキツい。さらに人相手となると尚更です。ある意味、異世界転生をリアルに突き詰めたらこうなるのかもしれません。ほとんどの人は英雄にはなれないんですよきっと。

 自らの小説世界を、理想のヒロインを守るには?そして、現実世界のイケてるお姉さんとの恋愛と小説内の理想のヒロインとの恋愛を両立させてよいのか?目の前に立ち塞がる様々な困難に、それでも小説に、他人に、現実世界に優しく有ろうとする名倉は非常に魅力的です。

 また、作中作を多分に使った本作ですが、小説という媒体を面白く使った試みが多数散りばめられています。具体的に明かすとネタバレになってしまいますが、少なくとも全部読み終わった後に、ミステリーとしての仕掛けが非常に面白く、「またすぐに読み直したい。」と思いました。恐らく、多くの読者は読み直すまで行かずともあの「描写」はどうなっていたか?と確認したくなる作品であると思います。そして、作中で名倉が語る面白い作家、舞城王太郎京極夏彦森博嗣西尾維新…等、漫画家、冨樫義博柴田ヨクサル林田球…等。読めば読むほどめちゃくちゃ影響を受けてます。特に舞城王太郎西尾維新柴田ヨクサル辺りの魂を顕著に感じました。この御三方の作品が好きな方にはチャッチャッチャッウッっと刺さると思います。

 元ニートのアマ小説家が世界をひっくり返す仕掛けを堪能したい方、是非年末年始に本作をどうぞ。自作小説とか書いてる方には特におすすめです。