読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

ロケットを飛ばして死体と宝を探したい夏休み


 夏休み、いい響きの言葉ですね。私も小さい頃はカブトムシを乱獲してはひと夏の命である昆虫の儚さに思いを馳せたり、本領発揮して逃げ出したカブトムシ達のせいで親にめちゃくちゃ怒られたりしたものです。

 さて、誰しも経験したことのある夏休み。少年の頃何をしてどんな気持ちだったか、歳を取ると段々とおぼろげになってくるものです。しかし、なんとなく素敵な日々があったことは覚えているので、創作物の「ひと夏の〜な物語」はそれが突拍子もないストーリーであってもノスタルジックな気持ちになりますね。

 そんな夏を題材とした作品を数作紹介できたらと思います。

 まず、夏休みに我々がしたかったことはなんでしょうか?憧れの夏休みを凄まじく大雑把に分けると2種類に集約される気がします。即ち「宇宙を目指す」か「宝・死体・殺人犯を探す」かの2種類です。前者は探求、後者はミステリー要素を含むこともありますが基本的には冒険です。いま寝床でこの文章を考えながら適当に分類しましたが夏休み+ジュブナイルってだいたいこの辺に集約されてませんか?トム・ソーヤーの冒険も殺人犯探し+宝探しですし子どもたちが(大人も含めて)ワクワクするのはやはりこのあたりなんですよきっと。ほかになにかあるかな?家出とかかな?

 

昔から子供の憧れはひと夏の冒険。

 

中学生の洋君がロケットを宇宙に飛ばそうと頑張っていたぼくのなつやすみ2。実はお宝も隠れていたり。

 

元祖夏休み。死体探そうぜ!

 

なんとはなしに夏の物語を列挙するだけでも、古典の冒険小説、懐かしのゲーム、名作映画までだいたい少年たちは宇宙を目指し死体を探してますね。今回は6月末にもかかわらずやけに暑くなってきたためそんな夏休みのジュブナイルに絞って紹介していきたいと思います。

 

 まずはロケットから。

 今井哲也作、ぼくらのよあけ(全2巻)

 この作品は西暦2038年、団地で暮らす少年たちと宇宙からやってきた衛星の人工知能とのファーストコンタクトのお話です。なんと人工知能があるのは団地の屋上。この人工知能をなんとか宇宙に返してやれないかと子どもたちは奮闘するのでこの物語の魅力は2つ。1つはこれは子どもたちの物語であると同時にかつての子どもたち、即ち大人たちの物語でもあるという点です。子どもたちは純真な気持ちで人工知能を宇宙に返したいと行動するわけですが、大人からみると危なっかしい点も多々あります。
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親からすると無鉄砲すぎて危なっかしい。
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それでも協力してくれる親の頼もしさ。

 

 

親からすると危ないことには関わってほしくないという気持ちとかつての子供として人工知能を助けてあげたいという2つの気持ちがある訳です。子供目線で読むもよし大人の気持ちになって読むもよしということで、なんとなくジュブナイル向けな雰囲気ではありますが練り込まれたSF設定など子供から大人まで幅広く楽しめる作品だと思います。個人的には小学生くらいのときにSFの設定とかよくわからなくてもワクワクして高校くらいで読み直して「これ、こういう設定だったんだー」とか思いたい作品です。各話の合間には設定が細かく書き込まれてたりするのでそういうのが好きな方もぜひ。

もうひとつの魅力はなんといっても未来のインターフェースのデザインです。

物語に大きく関わってくるオートボットというAIとロボットとスマートスピーカーを合わせたような存在のえがき方、また、未来のチャットツールやおもちゃなどかなり綿密に設定がねられているのを感じさせるデザインが素敵なのです。


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オートボット。作中でも複数デザインが登場しているが全体的に可愛らしい。
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ラインの発展型みたいなチャットツール。

 

生活の中に溶け込んでいる未来設定、それも数十年先の近未来のデザインがこちらをわくわくさせてくれます。SFが好きな方、夏休みに少年少女が頑張って成長する物語が好きな方にはおすすめです。

 

 一方未来ではなく現代を取り扱ったロケットものといえばあさりよしとおさんのなつのロケットです。

 

 なつのロケット(全1巻)

この物語は主人公の泰斗率いる友人たちでお世話になったエキセントリックな担任の先生への恩返しとして世間をあっと言わせるようなこと=ロケットを宇宙に飛ばそうと画策するというお話です。


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エキセントリックな担任。

 


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ガキ大将+メガネというレアな組み合わせの主人公。

 

先程のぼくらのよあけが大人と子供の両面を描いていたのとは異なり徹底して子供達のストーリーです。学研の漫画やコロコロコミックに載っていそうな話になります。


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コロコロコミックに出てきそうなライバルキャラ。

 

基本的にはロケットを飛ばすために主人公達が試行錯誤し、時にはライバルと協力しつつロケットを宇宙まで到達させるのを目指すという展開になります。ひたすら衝動に突き動かされて頑張る子供達の姿が魅力的です。こういう少年時代を送れていたら素敵だっただろうなと思わせてくれる作品です。ただ大人からすると少し子供向けな雰囲気が強すぎる面はあります。

 

 さてロケットものの最後に紹介するのは日常に疲れた大人に是非読んでいただきたい、森田るいさんの我らコンタクティです。

 

我らコンタクティ(全1巻)

この物語は、セクハラ社長のもとで疲れきった生活をしていたカナエのもとにかつて同級生であったカズキが声をかけてくるシーンから始まります。カズキは兄が経営する鉄工所の片隅でロケットを作っており、その燃焼実験をカナエに見せるのでした。カナエにそれを見せたかった理由はかつてともにUFOを目撃したから。カズキはUFOとコンタクトしたくて(=宇宙で映画を上映したくて)ロケットを飛ばそうとしていたのです。


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仕事で疲れて深夜帰るときのテンション非常にわかる。


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社会人として疲れてる時に昔の同級生に会うとテンションあがるやつ。

カナエは燃焼実験の規模から、「これは成功しそうだ、金になる」=「仕事を辞められる」と判断しカズキのもとに押しかけ、無理矢理協力者になり、このふたりの凸凹コンビは無人ロケットを宇宙に飛ばそうとするです。

 この物語の魅力はなんといってもストーリーの組み立ての巧さ。こんなにも起承転結がはっきりとした物語はなかなか無いです。当初は無理矢理押しかけたカナエを鬱陶しく感じていたカズキでしたが徐々にカナエのことを認めはじめます。このあたりはバディものの王道展開を綺麗になぞっています。


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段々と互いを認め合う展開いいよね。

 

また、メインの登場人物達は何かしら問題を抱えています。カナエはブラック企業に参っていますし、カズキは実家の鉄工所の社長である兄と没交渉でロケットだけに心血を注いでいます。そんな兄は兄でスナックのママさんを愛人としていたり、カズキにいまいち踏み込めないでいたりします。スナックのママさんは自分以外の周りの人たちばかり楽しそうなのが辛くて仕方ないと思っています。そんな物語を読み進めていくうえでフラストレーションにしかならなそうな悩みが、常にロケット開発間のトラブルとして潜んでいるのですが、物語が進むにつれて綺麗に解決に向かっていくことから読者としても非常にスッキリとした読み口?となっています。たとえるならばささくれが綺麗に剥けてまったく痛くないみたいな感覚でしょうか?このスッキリ感は癖になりますよ!

 また、なんといってもこのマンガ全体に漂う良い意味での邦画感です。よく読後感を喩えるのに「一本の映画を観たような」などと言ったりしますが喩えるならば本作は「めちゃくちゃ面白い邦画を観たような」気分が味わえます。全体としてコメディっぽい雰囲気と脱力した絵、しかし起承転結ははっきりしているという邦画の名作にありがちなパターンです。ひとつひとつの地味なコメディ演出が刺さってくるのです。面白くない邦画だとしょうもないギャグシーンが不快に感じますよね?しかし、面白い邦画だと同じようなレベルのギャグシーンでもかなり好意的に捉えませんか?大丈夫です。本作はそもそも本筋がめちゃくちゃ面白いので細かいギャグシーンがストンと腑に落ちます。


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カズキがブラック企業に潜入するシーン。こういうガスの点検たまに来るよね。


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教授をポケモンみたいに使役するな。

 

こんなギャグシーンをはさみつつもロケット開発は佳境へ向かいます。そして細部は述べませんが、ロケット開発が佳境に向かう頃にはそれぞれの登場人物たちの心境も変わり、ただロケットの成功を一心に目指すことになります。

この我らコンタクティ。計3作挙げたロケットものの中では一番好きな作品です。特に現状何かしら問題を抱えている人に読んでいただきたいですね。きっと私と同じように心の深いところまで杭がぶっ刺さることになると思います。

 

さて、長くなりましたが後半戦。

ロケットを上げないタイプの夏休みといえば冒険です。

冒険ものとしてのおすすめはこれ。

はやみねかおるさんのぼくと未来屋の夏

小説は全1巻、漫画版は全2巻

 

 

この作品は小説家≒名探偵に憧れている主人公風太と通学路に急に現れた未来屋と名乗る風変わりなおじさんとのひと夏のミステリーです。
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夏休みの始まりがこれなのめちゃくちゃ羨ましい。

 

 元々は講談社ミステリーランドというレーベルで、パスワードシリーズや怪盗クイーンシリーズ、近年では街のトムソーヤなどを手掛けてきた有名ジュブナイル作家はやみねかおるさんが書いた作品です。このミステリーランドは多数の有名ミステリー作家が「かつてこどもだったあなたと少年少女のためのーー」というコンセプトで子供でも読める平易な文章で重厚なミステリーを描くという、大人にも子供にも刺さるミステリー好きに得しかないレーベルでした。はやみねかおるさんは少年少女向けの小説を書きつつ、一方で黒はやみねと言われるダークな世界観の作品もあります。

黒はやみね代表作。名前を変えてるのは子供が間違って手を取らないためかな?不条理にも思えるダークな展開。

 

ぼくと未来屋の夏は、日常のちょっとした謎から肝試しで起こった事件まで夏休みに起こった様々な出来事を描いています。風太は小説が好きで名探偵に憧れを抱いているので、なんとか謎を自分の手で解決しようと努力します。
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日常であった謎を自分を主人公の小説で推理する風太。未来屋の猫柳さんをモチーフにした助手のネコイラズ君がかわいい。


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 しかし中々推理が当たらず、未来屋から回答を聞くことになるのもしばしば。

 愉快な日常の謎を解決しつつも物語は町に隠された人魚の宝の在り処を巡る話へとシフトしていきます。首無しの亡霊、神隠しの森、かつてあった盗難事件などこれぞ夏の事件と思う要素がふんだんに盛り込まれており、冒険小説としてもわくわくすること間違いなしです。

 そんな中、常に冗談半分、子供と同じ目線で時には大人げない、底の見えない未来屋は大人として事件の本質に迫っていきます。

 はやみね作品の探偵はパスワードシリーズの夢水清志郎もそうですが、子供から見ると生活感が無さそうで全体的に頼りない昼行灯な人物が多いです。しかし、共通しているのは、非凡な才能を有しており、子供に見せている顔とは別の面を有している点です。子供から見た大人を描きつつ、実は最初から最後まで大人として行動している猫柳さん。のんべんだらりと過ごしていた猫柳さんが、急にマジになるサスペンス展開、そのジェットコースターぶりも本作の見所です。また「かつてこどもだったあなたと少年少女のーー」というレーベルのコンセプト通り、大人向け要素≒はやみねさんのダークな一面もこの小説の中にはふんだんに隠されています。大人だからこそ楽しめる要素を含んだ上質なジュブナイル、ミステリーだと思います。

 そして今回、青い鳥文庫の小説版とコミカライズされた作品の2つをリンクとして貼っていますがこれには理由があります。コミカライズが巧み過ぎるのです。

 メディアミックスというのは難しく、名作なのに全然面白くない映画になったり、逆に原作はいまいちでもメディアミックスとしては大成功した作品など種々あると思います。そんな中、小説としても完成されていた本作の魅力を余すところなく漫画化しているのが武本糸会さんの漫画版ぼくと未来屋の夏です。原作小説にあった地の文そのままに物語の舞台を綺麗に画像化しています。


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鉄塔から望む町。

 元々はシンプルなイラストの小説だった本作が青い鳥文庫に移るに当たってコミカライズされた武本さんのイラストが使われるようになったのも登場人物たちや町の雰囲気をよく表現されているからだと思います。

 
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ミステリーランド版のぼくと未来屋の夏。このシンプルさも学校図書っぽくて好き。

 

 漫画からでも小説から読むのでもどちらからでもおすすめできます。大人が読んでも面白いジュブナイル小説、よければお子様と一緒に読んで感想を言い合ったりしても良いかもしれません。

 

 適当ぶっこいて夏のジュブナイル≒ロケットか死体か宝探しだ!と言ったは良いものの意外と続きが思いつかない。たとえば、文学枠として夏の庭や

夏の庭、死にそうな老人を観察しようぜ!っていう無邪気な少年達の夏。新潮文庫夏の100冊の永遠のレギュラー感。

 

ライトノベルとかだとイリヤの空UFOの夏

元祖セカイ系。UFOと女の子を巡る夏の思い出。

 

このあたりは大好きなんですが鉄板過ぎてどこでもおすすめされているので今更な気も。とか考えながらKindleの蔵書をスクロールしてたら目に止まった田島列島さんの子供はわかってあげない。そういえばこの作品めちゃくちゃ夏の話だった!

 

子供はわかってあげない(全2巻)

 

 水泳部期待の星サクタさんは、習字部の門司(もじ)君と出会ったことで、実の父親から誕生日に送られてきた御札が新興宗教のものであることを知ります。それをきっかけに探偵である門司君の兄に実の父親を探してもらおうと依頼します。


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依頼を決意するシーン。ゆるい。

 

 ところが新興宗教側からも門司君の兄に対して、活動資金を持ち逃げした男を探してほしいと依頼がなされます。その男こそサクタさんの実の父親なのでした。

 
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仕事でたまに発生する板挟み。

 

全体としてゆるい雰囲気ながらも妙にリアルなのでお父さんはすぐに見つかります。しかし本当に教団の資金を持ち逃げしたのか?一体何が起こっているのかは謎でその謎に迫る物語になります。

 
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依頼主を下請けにする斬新なパターン。

 

新興宗教と実の父親の謎を物語の軸に据えつつ、サクタさんが夏の間に成長していく姿を描いています。男子別れて3日刮目して〜などといいますが、男子だろうと女子だろうと大人だろうと老人だろうと、夏を過ごして成長する物語ってやはりいいものです。誰しも心の中に忘れられない夏の思い出を持っていたい(しかしそんなものは多分無いので創作で補完したい。)という欲がどこかにあるんじゃないでしょうか?私はあります。そうなると大事になってくるのが物語のリアリティです。ギリギリ自分の日常にも存在し得た思い出の夏がこの本、子供はわかってあげないにぎっしり詰まっています。是非手にとって見てください。夏の暑い日、クーラーの効いた部屋でシャワー浴びた後に読むのがおすすめです。