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裁くのは「ぼく」。お前の罪を「ぼく」が量る〜辻村深月さんのぼくのメジャースプーン

 少し前Twitterに富樫先生が降臨され、最近もHUNTER×HUNTERの進捗についてガンガンTweetされており嬉しい限りですね。連載再開が待ち遠しいです。HUNTER×HUNTERといえば、多感な時期に読んだ方は水見式をやってみたり、自分がどんな念能力を手に入れるか妄想したこともあるんじゃないでしょうか?

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HUNTER×HUNTERより水見式。

私はどちらかというとコミカルなジジババに変な矢じりで刺されてオリジナルのスタンドをゲットしたり、未来予知できないかなーとか妄想してました。スタンドだったらスタンド名はミッシェル・ガン・エレファントが良いです。

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ジョジョで能力をくれるババアとジジイ。矢じりを刺されて能力が出なかったら死ぬ。

そんな話を友人にしたところ、友人は地獄堂霊界通信を読んでマントラ的なやつ唱えたりしたそうです。

タイプの違う三人の少年が霊に立ち向かう話。最近の子は妖怪アパートの幽雅な日常の方かな?

 しかし少年の頃はつくづくわかっていませんでした。特殊な能力なんて芽生えるはずが無いんです。芽生えるとしたら人知を超えた負荷が常に掛かっている社会人に決まっているじゃないですか。明日にも超能力が発現してタイム・リープし放題かもしれませんし、他人を意のままに操ることも可能になるかもしれません。しかし、静かに暮らすには強すぎる力に翻弄されることなく巧くコントロールしていくことが大事ではないでしょうか?そこで今回は能力をゲットしたらどうすればいいのか、小学生にもわかる感じで解説してくれる一冊、辻村深月さんの「ぼくのメジャースプーン」を紹介します。

ぼくのメジャースプーンは小学6年生の「ぼく」が大学の教授である「秋先生」に能力の使い方を習う物語です。「ぼく」は昔、意図せず幼なじみの女の子「ふみちゃん」に自分の能力を使ったことがありました。その能力とは相手に選択肢を2つ提示し、そのどちらかを選ばせる能力です。勿論、2秒でパリに行け!みたいな命令は無効で、能力を掛けた相手が実現可能なことに限りますが、「今ここで首を吊れ、それが嫌ならここから飛び降りろ」と能力を使うだけで相手は死にます。かなり強い能力ですね。エターナルフォースブリザードかな?

ふみちゃんに掛けた能力はそんなに大した内容ではないので問題とはならなかったのですが、能力の存在を知る母に見つかり二度と能力を使わないようにと厳命されます。母の一族には能力を持った者が時折生まれるそうです。さらっと凄い設定。

 言いつけを守っていた「ぼく」ですが、ある日学校で事件が起きます。その事件とは医学部の学生による小学校のうさぎの殺害。うさぎの面倒を真面目に見ていたふみちゃんは殺害されたうさぎたちをもろに目撃しショックのため口がきけなくなってしまいます。「ぼく」は常々ふみちゃんを尊敬していました。それはふみちゃんは知識欲があり、しかしそれをひけらかすことはせず、寛容で周りの子達よりも少し大人びていたためです。そのふみちゃんか理不尽な目に遭い、うさぎ達の命も失われたにも関わらず、犯人である医学生、市川雄太はうさぎという器物損壊として執行猶予となり弁護士に守られて何ら罰を受けているようには見えません。そんな市川雄太が小学校に謝罪に来るという話を知った「ぼく」は咄嗟に担任に能力を使い、クラスの代表として市川雄太の謝罪を受け入れることにしました。「ぼく」は復讐のため謝罪の場で市川雄太を裁くために能力を使うことを決めたのです。

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ジョジョの奇妙な冒険第6部よりジョンガリ・A。「ぼく」の心の支えを奪った奴への復讐が始まる!

 誰かがどんなに止めようと市川雄太を探し出し能力を使うという覚悟を悟った「ぼく」の母親はせめて能力の使い方を知る親族、秋先生の元に「ぼく」を通わせて能力の正しい使い方を学び、そしてできれば思い直してほしいと望むのでした。

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ジョジョの奇妙な冒険第6部よりエルメェス。覚悟は決まっている。

 さて、秋先生は能力の使い方、倫理、様々なことを優しく教え、また、犯人に復讐を考えている「ぼく」の話を軽んじることなく聞いてくれました。その秋先生との対話を通して「ぼく」が市川雄太にどんな復讐を遂げるのか?それとも許すのか?「ぼく」の選択が見どころです。

また、「ぼく」を突き動かしているものが恋心などではなく、ふみちゃんへの尊敬と理不尽への抗いである点についても掘り下げられており、自らの行動は本当にふみちゃんのためなのか?単なる自己満足なのかと悩む主人公の姿には大いなる能力を得た人間の苦悩が滲み出ています。この悩みに一種の答えをくれる秋先生と「ぼく」の問答は恐らくこの小説の一番の名シーンであると思われます。

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映画「スパイダーマン」より。大いなる力には大いなる責任が伴う。

 ちなみにタイトルのメジャースプーンは、尊敬するふみちゃんからもらったもので、うさぎがあしらわれています。メジャースプーンは料理に使う大さじ、小さじとかのあれですね。ふみちゃんと「ぼく」とで分け合っていたのですが、当然事件の後でうさぎなんて見ることもできないふみちゃんにいつかメジャースプーンを返すことができるのか?というストーリー上の展開もありますが、小説の内容や装丁から「ぼく」が市川雄太の罪を量るメタファーにも捉えられます。能力の制限の中で市川雄太が一番反省し後悔することは何か?ふみちゃんの心にダメージを与えたこいつにどこまでやっていいものかと考え続ける一連のシーンはまるで能力バトルでのキャラクターの内心のようですね。私も自らに能力が目覚めた際にはその活用法を模索するとともにできれば秋先生の様な先達のもとで修行したいです。今回、本作を久々に思い出して再読したところ、「これって能力バトルじゃん」と思い至ったので紹介してみました。

 さて最後に。辻村深月さんは大好きな作家さんです。しかし少しだけこれはちょっとどうなの?と思う点があります。それは詳細を書くと各作品のネタバレになってしまいますが、話の最後にある特定のギミックを持ってきがちなところですね。一応本作にはそのギミックが無いため一切気にする必要はないのですが、すでに何作品が辻村深月作品を読んで、「おや?」っとなっている方もいるかもしれません。辻村深月さんの著作は多数のキャラクターが様々な作品にまたがって登場しているため、繋がりを強調する意図もあるのかもしれません。にしてももう少しだけさり気なくしたり、他のやり方にできないかなと思わなくもないです。うるせぇ面白ぇなら良いんだよという蛮族みたいな自分もいますが。まぁともかく本作にはその要素はないです。ただ、「ぼく」、秋先生、ふみちゃんは他の著作にも出てきているので本作が面白ければ是非他作品も手にとって見てください。

 ちなみに他の著作の内、私のおすすめは凍りのくじらです。

こっちは恒例のギミックが入っていますが意識高い系やストーカーの描写、そして藤子・F・不二雄要素が良いです。本作同様おしゃれな装丁もおすすめです。

 日々のストレスで最近大いなる力に目覚めそうな方、ご子息ご息女が何やら怪しい力に目覚めている気がする方、よろしければ是非ぼくのメジャースプーンを読んで初めての能力を正しいことに用いていってください。