読んだら寝る

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やり直しされたくない人生〜六内円栄さんの「Thisコミュニケーション」

 人生をやり直したいと思う瞬間は多々あります。私の場合、ここ数年の仕事上の成果の集大成を100人規模の前で発表しなければならないプレッシャーとそんな大舞台の直前にコロナに罹ってしまった事実に打ちひしがれているところです。発表相手が友人なら気楽なんですが、生憎そんな数の友人はいません、
 失敗してもセーブデータをロード、失敗、ロード、またはタイムリープと繰り返していければこんなに楽なことはないのですが人生は一度切り、失敗も楽しむくらいの度胸がないとだめなのでしょう。

 

タイムリープ、セーブ&ロードといえばな、特殊設定ミステリー。

 

死を繰り返す系タイムリープ映画。


 そんな中、友人に紹介された漫画が私の心に刺さりました。去年、新規に読んだ本の中でもトップクラスに面白かったその漫画はまさにセーブとロードを繰り返しながら、味方と一緒に成長していく物語です。
 さてそんな漫画がこちらです。


Thisコミュニケーションは六内円栄さんの終末的な世界を扱った漫画です。

 えらく気持ち悪い巨大生物イペリットに侵攻され、地上は有毒ガスに汚染され高地以外はほぼ壊滅状態にに陥った未来の地球が舞台です。


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キモい、でかい、強いイペリット

日本の長野県に数少ない生き残りが居るという噂を聞きつけた主人公、デルウハは単身長野の山奥に辿り着きます。


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食事を取ることが至上の目的の主人公デルウハ。

 そこには崩れた廃墟しか無く、失血による自殺を図ろうとしたデルウハは、実は山中の地下に潜り生存していた施設の人々から救助されます。

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未来感ある地下施設。

 彼らが辛うじて生き延びられていたのは自給自足できる施設とイペリットを狩ることができる改造人間、女狩人(ハントレス)の存在でした。


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研究施設の所長と性格に難のあるハントレス。

 ハントレスは6人おり、巨大生物のイペリットを剣のような装備で倒すことができ非常に強力な人間です。また、死亡すると直前1時間の記憶を失いますが完全な姿で復活することが可能です。しかしながらその全てが多感な10代の少女達であり、それぞれが問題を抱えています。主人公であり、この時代に貴重な元軍人のデルウハはチームワークの欠片もない彼女達を率いてイペリットから地下施設を守り、日々の糧を得ることができるのか?というのが大筋です。


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個性が沢山ピクミンズ…ではなくハントレス達。

 さて、なぜ本作がセーブ&ロードと関係するか説明がありませんでした。たとえば恋愛ゲームでクリアしたければ重要な選択肢の前でセーブし、間違えたらやり直す、戦争シミュレーションだったら重要な戦闘の前にセーブをして負けたらやり直すといったことを誰しもやるのではないかと思います。

 主人公デルウハはハントレス達を率いる上で命令が徹底できることを第1の目標としました。しかしハントレス達は跳ねっ返りばかりで言うことを聞きません。そこで、どうすれば彼女らの信頼を得られるのか試行錯誤することになります。具体的には彼女らを内々でコントロールするために、彼女らの関係が改善してチームワークが生まれるたびに意図的に彼女らを見殺しにしたり、時には自ら手を汚して彼女らを殺し、記憶を失わせた上で自らが彼女らの信頼を得て、強固な人間関係を築き上げる。言っててちょっと分かりづらいですね。カルトが信者に対して教祖以外の言葉を信じないように人間関係を破壊して教祖と信者の一方通行の人間関係を構築するみたいなやり口です。あと単純に知られたり見られたら困ることを目撃されたら即座に殺して記憶をリセットします。狩られてセーブ&ロードさせられているのは彼女らハントレスたちです。

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1コマでわかるThisコミュニケーション。

 非常に優秀な軍人であるデルウハは軍事的素養はもちろんのこと、他人の信頼を得る社交力もあり、部下をどう扱えば生き延びられるか判断する能力に長けています。そしてそのうえで、彼は自分が3食食べることを邪魔する要素を排除することに微塵も良心の呵責を覚えないサイコパスです。自分がイペリットから逃げ切るために躊躇なく部下の足を撃つ様な男です。そんな彼に、死んでも生き返るハントレスという部下が与えられ、ここにサイコパス+不死身の分隊という地獄絵図にしかならなそうな図式が誕生しました。

 談笑していたかと思えば都合の悪いことを忘れさせるために武器を取り、抵抗されないように、殺す様は完璧に雪山に潜む殺人鬼です。ただし、彼女らは化け物を近接戦闘で倒すことができる怪力の持ち主であるため素手の戦闘においてはデルウハに勝ち目はありません。そのため、基本的には隠れて殺す、騙し討ちで殺すことになります。


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完璧にシリアルキラー。作中でイペリットに殺られるよりもデルウハに殺られる回数の方が多い。

 殺人がバレた際には記憶を失わせるために即座に抵抗する目撃者(ハントレス)を殺さなければならない、殺しすぎると復活までの間に地下施設を守る戦力が減るというリスキーな綱渡りを超優秀なサイコパスが行うという構図です。ただし指揮官として有能なデルウハに感化され段々と成長していくハントレス達も見ものです。いいですよね、面倒くさい多感なお年頃の子達が徐々にわかり合って成長していく展開。合間に殺人がなければ破天荒な主人公に率いられる廃部寸前のダメ部活メンバーみたいな青春映画っぽくて素敵なんですが。


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殺人を目撃される=即座にバトルの幕が開ける。

 この作品の良いところは超優秀なデルウハがその時どきで最善の選択をしているにも関わらず予想外の自体が起こって七転八倒する点です。

 
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素敵な顔芸。策士策に溺れるではないですが、完璧に見えても意外と作戦はうまく行かない。そりゃそうだよ戦争だもの。

 割と自業自得っぽいデルウハの七転八倒とハントレス達の成長譚の合間にギャグシーンも多いので、シリアルキラー的展開の怖さが際立つのもいいです。


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ちょいちょい挟まれるシュールなギャグシーン。

 そしてハントレス達以外にも愉快な登場人物達が多数おりその人間関係のイザコザがデルウハの右往左往に華を添えます。
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デルウハの殺人を暴こうとする牧師。f:id:sannzannsannzann:20230118212123j:image
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良心と地下施設の存続を秤にかけてデルウハを受け入れる苦労人の所長。

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デルウハを恨む元同僚。

 ついでに単行本には毎話ごと作者のコラムが入り、この殺人はこういう作品のオマージュだったのか〜と膝を打つこと間違いなしですね。


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コラムのロゴ。完全自殺マニュアルのロゴみたいでオシャレ。

色々物議を醸した本。それはそれとして本の中のロゴは結構好き。

 めんどくさい多感な10代の人間関係のイザコザをセーブ&ロードのパワープレイで何とかするアグレッシブな軍人を眺めていたい方にオススメしたい漫画です。