新年になって色々な神社を詣でると様々な祭神の解説があったりと楽しいですね。多神教というとギリシャ神話や北欧神話が浮かびますが、日本の八百万の神々もそれに負けず劣らず魅力的です。日本においては仏教の伝来とともに一時期は勢力が弱まったり、逆に明治の世には廃仏毀釈運動が起こったりと仏教との勢力のせめぎあいみたいなイメージがあります。あんまり詳しくないですが。
仏教伝来と土着の神々を描いた(側面もある)火の鳥太陽編。
多神教の良いところは色んな神々のキャラクターが立っていて面白い点ですね。ただ日本の神を描いた話ってちょっと少なめな気がします。古事記とか読むと思ったより色んな神様が居て楽しいんですがね。古事記はシンプルに面白いからか新旧問わず色んな本が出ているので割ととっつきやすいです。
昔話みたいな語り口の読みやすい古事記。
ただ古事記や日本書紀に沿った解説みたいな本やコミカライズは多いんですが、オリジナル作品は少ないんですよね。そんな中、古代日本の有名人を主人公に抜擢し、史実に沿いつつも完全オリジナルストーリーを炸裂させた作品があります。鶴淵けんじさんの「峠鬼」です。
峠鬼(既刊5巻)
メインの登場人物となるのは行者の役小角(えんのおづの)とその弟子である善(ぜん)と妙(みよ)です。役小角はその少年時代に葛城山におわす神、一言主(ひとことぬし)の元で修行をしていました。ひとことぬしというとアトラスのゲームをしているとなんとも言えない姿で、ウォーウォー言うタイプの仲魔のイメージが強いですが、本作のヒトコトヌシは龍であり、見目麗しい女性神です。
デビルサバイバー2よりヒトコトヌシ。
本作のヒトコトヌシ。
役小角は、ある理由から一言主のいる葛城山を出禁になります。それでも旅をして様々な土地におわす神々の縁故を頼りに一言主に会いに行くというのが大筋になります。役小角には弟子が2人おり、善という鬼の少年と旅の途中で出会い、縁がありともに旅をすることになった妙という女の子です。
善(前鬼)と妙
この3人が行く先々で神、神の持つ神秘な力を宿す道具、神器を由来とする事件に巻き込まれることになります。また、神と人とが密接に結びついており、神が土地におわすことが当たり前の時代として描かれているのもなんかいいですね。私も推し神がほしいです。そして、その神々のモチーフが千差万別で非常に魅力的に描かれています。
様々な神。モチーフも様々。この話を聞いてくれそうな聞いてくれなさそうな感じがイイ。
基本的には事件に巻き込まれては解決し、旅を続けるというロードムービーみたいな展開が続くのですが、その合間合間に役小角と一言主の間に何があったのか?神と会うという浮世離れした体験の合間に世相はどうなっているのか?などが徐々に明らかになっていき、巻を追うごとにストーリーが加速していく感覚を味わうことができます。
世相は飛鳥時代。天智天皇が病に伏し大海人皇子は仏門に入り…などという時代。この辺はやや火の鳥太陽編と時代がかぶる。
そして神のもつ神器や神自身は時間や空間を超越しているという世界観からタイムスリップや並行世界、はたまたブラックホールなどSFチックな展開にも事欠きません。神話とSFを合体させる発想が凄い。
ガンガン入ってくるSF要素。
そしてその合間合間にいい感じになってくる弟子2人。
師匠の前でイチャイチャすんな。いいぞもっとやれ。
そして私の敬愛する肋骨凹介先生曰く
と仰られているように各話の扉絵は全て現代パロディでそれが素敵なんですよ、!
扉絵の例。作品にハマってるだけかもしれない。
日本神話、SF、恋愛、旅、様々な要素をふんだんに盛り込んでいるのに一切破綻しない上質のロードムービーみたいなマンガを読みたい方にはオススメです。
以下は元々メインに据えたかった紹介なのですが、壊滅的なネタバレは無くとも既刊5巻中4巻くらいまでの内容に触れているので追記としました。ネタバレ気にする方はスルーしてください。あとネタバレ気にする方は、ヒトコトヌシと役小角のwikiを読まないほうがいいです。あんまりネタバレとか気にしない方はぜひ読んでやって下さい。基本的には一言主(ヒトコトヌシ)に関する史実を交えた本作での役小角との関わりです。
役小角は師に連れられ、仙人になる修行のため葛城山にやってきます。このあたりは史実でも葛城山で修行していた伝承があるみたいです。そこで、葛城山の大神であるヒトノトヌシと邂逅します。
一言主は古事記に登場しています。雄略天皇が葛城山に鹿狩りに訪れた際に、向かいの尾根に天皇一行とまったく同じ格好をしていた人々がおり、天皇がその名を問うと「吾は悪事(まごと)も一言、善事(よごと)も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と言い放ったとされています(wikiより)。本作ではこのセリフを、口にしたことは全て事実になり、険しい葛城山を登りつめ見事参詣を果たした嘆願者に対し一言で願いを叶える神として君臨しています。
願いを叶えてくれる系アイドル(崇拝対象)
ただし、願いが必ず叶うなど当然人の身には重すぎるということで、様々な嘆願者が幸せを望み願いを叶えてもらいつつも、結果として不遇になり山を降りることになったりします。
全部いい感じにしてくれたらいいのにって俺も思う。
それでも願いを叶える神として一言主は信仰を集め概ね幸せに君臨していました。
一言主のファンサは神。
さて、思春期にめっちゃカッコいい龍が神レベルの容姿のお姉さんで親しく付き合ってくれたら当然性癖がしっちゃかめっちゃかになりそうですが、役小角も例に漏れず畏敬と恋慕をないまぜにしたような憧れを一言主に抱きます。しかし、役小角も嘆願の権利があるとはいえ、夫婦になって欲しいなどと言うわけにもいきません。そこで、「西から陽を登らせてほしい。」と無理難題を願います。それに対し一言主は天文の講義がてら太陽を西から登らせるとどうなるか教えてくれます。
好きなお姉さんに抱きしめられながら龍の姿で脅されるという性癖が歪みそうな講義。
結局、役小角は陽を西から登らせるなど冗談でしたと謝るのですが、その内心で「ほんとに願っていたらどうなっていたんだろう」と畏敬を募らせます。役小角がどんどんニッチな趣味になってそうな反面、こういった天文の話などは先にも述べたように非常にSFチックです。
さて、その後はある理由から役小角は葛城山を出禁になり、冒頭に続く訳です。何やらかしたんだ役小角って気になる方は峠鬼を読みましょう。
役小角の事情が明らかになると一気に水戸黄門から遍歴のラブストーリーに姿を変えます。好きな神を追いかける行者!熱いラブストーリーですよ。そして、この作品は史実にある点を巧みに物語に取り込みオリジナルストーリーを組み立てている点が非常に素晴らしいので思わず史実(wiki)を覗き見てしまうのですが、wikiではなにやら不穏な展開も示唆されています。
天皇に讒言するヒトコトヌシは見たくない。
また、前鬼についてもwikiを紐解くと、
善と妙がくっつくことが約束されている!こんなに安心して読めるラブコメないですよ?
峠鬼は神話をモチーフにした人が神に恋い焦がれるSFラブストーリーなんですよ!まだ既刊5冊ですよ!是非読んでいただきたい!