読んだら寝る

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解決じゃなくて解釈のミステリ。倉知淳さん

 ミステリにも様々な種類がありますが、一番共感できるミステリとは何でしょうか?日本はかなり平和な国なのでそもそも殺人事件が滅多に起きない上に警察による検挙率も高くすぐに解決に至ります。そうなると頻繁に殺人事件が起きて、その事件が密室殺人でついでに名探偵が事件を解決する、なんて云うのはフィクション中のフィクションということになります。そもそもが創作なのでフィクションを楽しむのが当たり前なんですが、ミステリを沢山読むと徐々に探偵脳が培養されて日常のちょっとした謎に意味を見出したり他人に推理を開陳するようになる、なんてことはないですかね?

 

それでも町は廻っている14巻、10巻より。
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ミステリいっぱい読むと培養されてくる探偵脳
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できることならこうなりたい。

 

 培養された探偵脳がいい感じに刺激されるのは我々の周囲にも溢れている謎、つまりは日常の謎と呼ばれるミステリではでしょうか?私自身は帰省中に裏路地に「メイド200人募集〜〇〇旅館」という貼り紙を見かけたとき、想像力がいい感じに刺激され痛感しました。私の低IQでは旅館がメイド200人を雇う合理的な理由は見い出せませんでしたが。

 そんな日常のちょっとした謎を安楽椅子探偵よろしく解決したり、何故か現場に居合わせたりするお節介な先輩といえば倉知淳さんの代表作猫丸先輩シリーズです。

電子にはありませんが、講談社ノベルズ版には表紙のような可愛らしいイラストが挿絵についていました。

 

 猫丸先輩シリーズは、年齢推定30代、やけに童顔で何にでも興味津々な職業不詳の男、猫丸先輩が日常に起きたちょっとした謎を解釈する物語です。つまり謎を解決するのではなく、解釈する点に面白さがあります。猫丸先輩は何にでも面白半分に顔を突っ込んでいく性分ではありますが、この2作品では関係者を集めて、「さて皆さん」などと一席ぶつ訳ではないのです。あくまで、謎の事件があり、そこに居合わせた人物が不可解な気持ちになっているところその視界の端にやけに特徴的な猫丸先輩がはしゃいでいて、首を突っ込んでくる。または、猫丸先輩の知り合いが変な事件に巻き込まれて酒の席で相談する。というような経緯でなんとなく目の前の変な男に相談し、結果、煙に巻かれたようなそれでいて理にかなっているような推測を聞かされるという流れになります。この辺りはタイトル通りで、あくまで推測、空論なんです、解決ではなくて。猫丸先輩は謎に対して「こういうことなんじゃないのかい?まぁ知ったこっちゃないけどさ」というスタンスです。猫丸先輩の煙に巻かれるだけでも楽しいですが、じゃあ他にも解釈できるんじゃないか?などと考えさせられるのが本作の面白いところです。

 猫丸先輩は神出鬼没で、よくわからない田舎の船頭になっていることもあれば、寄生虫博物館ではしゃいでいたり、全日本スイカ割り愛好会主催のスイカ割り大会に乱入しようとしていたりします。三十路に見えない童顔のおっさんのはしゃぎっぷりもさることながら、日常にギリギリ存在しそうな謎が魅力的ですね。具体的には様々な人に届く不吉な電報の謎や、数々の大食いチャレンジをクリアしてきた女性が遁走して理由、クリスマスに複数人のサンタクロースが疾走する理由など。ある意味探偵脳を持つ人間に予行演習とばかりに問題集が示されているようなものです。当然読みながら「なぜだ?」ということばが頭を駆け巡るのですが、そこは流石にプロの仕事。中々真相が浮かぶようなものではありません。猫丸先輩にやや呆れられながらも種明かしをされる後輩の気分を味わうことができます。

 しかし、ミステリといえば殺人事件という方の気持ちもわかります。フィクションだからこそ非日常を味わいたいというのも当然の欲求です。そんなときは同じく猫丸先輩シリーズの日曜の夜は出たくないがいいでしょう。

明らかにビルより高い位置から落下して死んだ男、演劇中に毒殺された男など不可解な事件に野次馬よろしく居合わせた(またはあとから話を聞きつけた)猫丸先輩が殺人事件を解決する連作短編集です。詳しくは言えませんが、最後の2篇まで順番に読んでいただきたい作品です。

 また猫丸先輩シリーズ以外ではいわゆる陸の孤島、雪の山荘ものとして、UFO研究科、星占いを仕事にする男性アイドル、小説家が参加したイベントで殺人事件に巻き込まれる星降り山荘の殺人や

やる気のない占い師が安楽椅子探偵として占いという体で日常の事件を解決する占い師はお昼寝中、

ブラジャー愛好家の男たちのオフ会で、ブラジャーのお披露目中に、着用しているブラジャーのカギが行方不明になった謎を描いた短編、Aカップの男たちなど、コメディタッチな短編を多く含んだこめぐらとなぎなた

など多数のミステリがあります。

 元々倉知淳さんといえば、ミステリ小説の審査員となった際には「猫を殺すな、猫を」などと発言された猫好きのユニークな方です。ただ、それ以上に、ご自身で「米びつの米が無くなるまで書かない」などとおっしゃられているほど寡作な作家でした。しかし、最近はコンスタントに新作が出ているので嬉しい限りです。ミステリを読み慣れていない方には入門として、ミステリ好きな方には今更おすすめされなくてもご存知の方が多そうですが、ユニークな日常の謎として倉知淳さん猫丸先輩シリーズはいかがでしょうか?