読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

ENEOS ON THE WAY COMEDY 道草と木皿泉さん達の「すいか」の話

 夏が来ると思い出すのは、中学の頃に買ってもらったCDラジカセです。当時ドラゴン桜が流行っていて、ビートルズを聴いて意味を理解できれば英語の点が伸びるとかで、CDラジカセと一緒にビートルズのアルバムを親に買ってもらいました。ビートルズ自体は良く解らないと思っていたのですが、初めて自分の机の上にラジオがあると、田舎町にいる自分が広い世界と繋がったようで何となく嬉しく思ったものです。今考えるとFM大分だったので特に世界と繋がってる感じは無かったような気がします。当時好きだったのは音楽番組よりはラジオドラマで、日産の「あっ、安部礼司」やNHKの「青春アドベンチャー」をよく聴いていました。青春アドベンチャーは好きな小説がラジオドラマ化してたりするとめちゃくちゃテンションが上りましたね。

 あっ、安部礼司や青春アドベンチャーは日曜の夕方や平日の深夜などどうしてもやや狙って聞きにいかないと聴けない存在でした。一方で、塾や中学の宿題をしながらラジオを流していると自然と耳に入ってくるのが平日の17時30分に始まるENEOS ON THE WAY COMEDY 道草でした。

道草の脚本集。今はKindleで読めます。

 道草は、俳優の西村雅彦さんが楽しげに自己紹介をしつつ、物語の簡単な紹介をしてスタート。大体は西村雅彦さんともう一人のゲスト演者さんが登場人物のシンプルな物語です。二人のキャラクターが車の中で様々な掛け合いをするといったラジオドラマです。途中から車内縛りは消えていきましたが。登場人物は皆変わっていて、当時は「普通の人出てこないな。」なんて思っていましたが、途中から「変わって見えても、これもみんな普通の人達で、こんな人は意外とどこにでもいるのでは?」「自分も人から見たら十分変に見えるのでは無いか?」と思うようになりました。私自身も、当時既にインターネットもCDもある中わざわざカセットでラジオを録音したりしていたので、同級からは十分変な奴に思われていたことでしょう。現在は音源がニコニコくらいにしか残っておらず、公式がアップしたものでもないのでリンクは貼りませんが、私のオススメは「岩戸弁二郎はここにいる」です。落ち目のアナウンサーと彼に憧れて付き人になった若い男性の切なくも楽しい掛け合いです。

 このラジオドラマは平日1日5分、計4回で物語が終わるようになっていて、様々な方が脚本を務められていたのですが、その内の1人(2人、ご夫婦でやられているので。)が木皿泉さんでした。

 今回紹介するのはそんな木皿泉さんが脚本を務められていたドラマ「すいか」の脚本です。ドラマも是非見ていただきたいのですが、脚本自体にも力があって小説とも違う読書体験が得られるのでオススメです。

すいか合本版。

ドラマ、すいか

 私自身もなんでこの本を手を取ったのか覚えていないのですが、大学の夏休みに行った北海道の有名っぽい本屋で平積みされていたとかそんな感じだったような気がします。

 すいかの物語は普通の34歳独身女性、信用金庫で働いている基子さんが一風変わった寮、ハピネス三茶で一人暮らしを始める話です。基子さんは普通の人です。普通に仕事の愚痴を同僚と話していましたし、親とも仲が良かったり折り合いが悪かったりします。そんな彼女に転機が訪れたのは同い年で仲のいい同僚、馬場ちゃんが職場の銀行で三億円を横領して逃亡したことでした。身の回りで三億円が盗まれたことが無いので想像がつきませんが思ったよりあっさりとしてました。そういうものかもしれません。このすいかではドラマティックなことも度々起きているのですが、なんて言えばいいんでしょうか、現実でドラマティックな事が起こっても意外と物事は淡々と処理されていくんじゃないか?みたいな空気感で物語は進行していきます。奇妙なのにリアリティがある、独特な空気感が癖になります。

 基子さんが入居するハピネス三茶は、優秀な大学教授の夏子さん、双子の姉妹を亡くした漫画家結さん、食事を提供してくれる寮のオーナーゆかさんと総じて、日頃身の回りにいなそうなメンツが揃っています。しかし、その設定云々というよりかは、どの登場人物もおかしみのある言動を取る辺りにこの物語の肝があります。

 煎餅の粉が散らばらない様に口で吸いながら食べる人、夫婦で揉め事が生じた際に夫の足の指にペディキュアを塗って無言の抗議をする妻など、どこかに居そうなラインの変わった言動を取るキャラクターが多数登場します。すいかを読んでいるとそれを見ながら、こいつら変わってるなーとクスクス笑うことになるのですが、やはり翻って果てして自分は?と考えることになります。

 基子さんは、普通に生きる圧力に晒されて埋没して生きている印象のある方です。しかし、それで個性が無いかというそんなことはなく、やはりどこか変わっているのです。そんな基子さんは日常が少し変化するきっかけとなった馬場ちゃんに思いを馳せながら、自分と向き合うことになります。基子さんにとって馬場ちゃんは自分にもあり得た未来を体現している存在の様に感じている気がします。人はもっと良い選択肢があったのではないか?とぐるぐる考えるものだと勝手に思っているのですが、そういった方はかなり基子さんに感情移入できる様な気がします。

 この本は、普通に見える基子と変わって見える周囲の変人達を見ながら、自分の理想の姿とは別に、個性を潰す必要は無い、多少変わっていても良いんだと思わせてくれる素敵な作品です。「友が皆我より偉く見ゆる日よ」等と考えてしまう日に是非ダラダラしながら読むことをおすすめします。

弾、服、飯、酒、金、大事なものは全て兵站〜速水螺旋人さんの「大砲とスタンプ」

 つい先日3年ぶりくらいに、平野耕太先生の「ドリフターズ」の新刊が出ました。

何年ぶりに出ても楽しく読めるのは流石の一言ではあるのですが、その中でも特にキャラが立ち始めたスキピオが格好良い巻でした。

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ドリフターズ7巻より、現代戦術を学び始めたスキピオ

 シンプルにスキピオかっけぇなぁと思いつつ、大軍の兵糧と考えたところで、ふと少し前に読んだナポレオンの漫画を思い出しました。

漢しかいないナポレオンのマンガ。

 周りがビジネス書とか読んでいるとなんとなく跳ね返って敢えてこういう本から学ぼうとしてしまうのは私の癖ですが、結果としてかなり良い経験となりました。特に晩年のナポレオンを悩ませた兵站とついでにほぼ全ての人物が備えている男気は今後のビジネスに良い影響を及ぼしそうな気がしなくもないです。
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戦力の逐次投入はダメとは素人でもよく聞く話ですが、一括で投入する規模がさすが皇帝。凄まじいです。この軍隊が3食取るとして180万食/日って考えただけでも気が遠くなりそうです。で、そしてこのあとどうなるかというとまぁ悲惨なことになっていく訳ですよ。

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戦略的撤退?

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悲惨な状況。

 ナポレオンってなんとなく冬になったからやられた位のイメージでいましたが相手が撤退に撤退を重ねて、やっつけることができないだけでアホみたいな金が飛んでいく訳でそりゃキツイですよね。営業のためのサンプルを作りまくって接待しまくって契約に至らない…みたいな悲哀を感じますね。

しかもナポレオンの場合、冬までに終わらせられなかったので新たに飯のみでなく服まで必要になってくるという。

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服どころか飯の輸送手段すら足りない。

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靴、大事。

 ヨーロッパの地図を塗り替えたナポレオンですら色々大変だった兵站、そんな兵站がメインとなるマンガといえばそう、速水螺旋人(はやみらせんじん)さんの「大砲とスタンプ」ですね。

大砲とスタンプ、全9巻(完結)

 この漫画はソ連っぽい国、大公国の新人将校を中心とした群像劇で主に兵站に焦点を当てたものとなっています。ソ連っぽい国大公国とドイツっぽい国帝国が同盟を組んで中央アジアっぽい国共和国の一部アゲゾコを占領しており、そこの兵站軍に主人公マルチナ少尉は配属になります。

 ちなみに弊社では事務や総務、技術系ってなんとなくメインを張ってる営業だのと比べると軽視されがちな感じなんですが軍隊でもやっぱりそんな感じみたいで、主人公マルチナ少尉も苦労しています。バリバリの裏方仕事をやっている私は彼女にガッツリ感情移入できます。

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兵站職の扱いが雑。

 軍隊だと前線で戦わない人の扱いなんてこんなものかと思いつつも、他の漫画では描かれない軍隊の事務方の仕事を丁寧に描いているのが魅力です。

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ある意味激戦。

 飯、弾、服、酒、はたまた金に至るまですべての物が仕事になっているため戦記物というよりさほとんどお仕事マンガの様相なのですが、そんなお仕事の様子も軍事やソ連に対してかなり造詣が深い速水螺旋人先生が描くと、こんなワンシーンが本当に歴史の何処かにあったのかも、と思わせるリアリティが素晴らしく読んでいてワクワクします。

 更に物語が進むに連れ、徐々に主人公の同僚達も掘り下げられていきます。SF好きの事なかれ主義のキリール大尉や歴戦の猛者、不死身のボイコ曹長とスラム生まれのアーネスカ兵長、占領地の解放のために活動するゲリラ、「監督」、暗躍する憲兵カライブラヒム中尉など魅力的なキャラクターが多数いるのですが、それらの人物が掘り下げられつつも徐々に終幕に向かっていく間が観劇をしているようで素晴らしいです。f:id:sannzannsannzann:20230818200048j:image

中隊の先任キリール大尉f:id:sannzannsannzann:20230818200132j:image

不死身のボイコ曹長と狂犬アーネスカ兵長

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ゲリラの「監督」

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大公国と共和国の間で暗躍するカライブラヒム中尉


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そしてソ連といえばウォトカ(ウオッカ

 基本的には魅力的なキャラクター達のドタバタお仕事コメディではあるのですが、時折、「そうだ、こいつら戦争してたんだった。」と思わせる、息を呑むと言いますか、水を打ったように静まり返ると言いますか、そういった緩急が素晴らしい作品となっています。主役だったマルチナだけでなく、兵站軍がメインとなるラストの展開は日頃報われない裏方業務に就いている方におすすめなので、是非数巻で終わらず全て読み通して頂きたいです。

 どうせすぐ忘れるビジネス書を読むより、漢になりたい方はナポレオンを、そして裏方としての魂を燃やしたい方、「大砲とスタンプ」おすすめです。

 

 

 

何がなんだかわからない〜小川洋子さんのフェチズムの世界

 基本的に疲れているか疲れる前かの2択みたいな生活をしています。今は少し落ち着いていて、疲れるためのアップみたいな状態です。少しは読書をする余裕も出てきました。こういうちょっと前まで戦場にいました、みたいなメンタルのときには断食後のおかゆみたいに徐々に娯楽に体を慣らす必要があります。娯楽に時間を割けなかったあといきなり大作ゲームとか始めると一気に時間が消えていきますからね。私はこういった慣らし時期に、既に精神と肉体が超元気な時は更にリラックスするために石動あゆまさんのコーセルテルの竜術士を読みます。

コミックZERO-SUMの御長寿連載。善良な人々とかわいい子どもたちがファンタジーな世界観で楽しく生活する話。癒やししか無い。

 

逆に疲れまくっているときはちょっと厭な気分を味わいたくて平山夢明さんの本を手に取ったりします。

嫌な奴、嫌なことへの解像度が高い平山夢明さん。作者御本人がアメリカの殺人鬼を紹介するラジオでは殺人鬼の心理を非常に楽しそうに解説していてある意味痛快。

 今はどちらかというとちょっとダークな本が読みたい気分です。そんなときに、いいシーンがいっぱいあったなぁ。ん?あれ?よく考えるとストーリー的にはそんなにいい話ではない?となる不思議な作家、小川洋子さんの小説を紹介します。

 小川洋子さんといえば、博士の愛した数式がまっさきに浮かぶベストセラー作家ですね。

家政婦の主人公、息子のルート、記憶が8時間しか保たない博士の交流譚、博士の愛した数式

 この感動的な話を捕まえて胸糞悪いと言いたい訳では無いのです。無いのですが、単純な交流譚かと言われるとそれは少し違うのではないかと思うのです。

 主人公と息子のルートは博士から完全数友愛数などちょっとした数学の知識を教わることになります。それが切っ掛けとなり彼との交流を楽しみとし、彼になにか恩返しができないか考えるようになります。一方の博士は、前向性健忘を患い8時間しか記憶が保たないため、いくら話してもすべての記憶は失われてしまいます。残るのは体の至る所に貼られたメモのみ。メモは更新されることもありますが、極めてシンプルな情報のみ。

 博士との交流では素敵なシーンも多々あるのですが、作者の描写の巧みさも相まって、一人の人間を相手にしているのにまるで分かり易い数学の本を読んでいる気分にさせられます。実は家政婦は命じられた仕事の合間に、書斎の奥にある数学の本を読み耽っていた。なんなら息子にも布教した。みたいな話を読んでいる気分になります。博士は人間味のあるキャラクターながらも、一つの映画、一種の舞台装置の様に感じられます。本を相手にしているように人間関係が一方通行に見えるんですね。何故なんでしょうか?自分から言っておいてなんなんですがさっぱりわからないのにそう感じるんです。

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喧嘩稼業よりシラットの櫻井。彼も記憶は保たないが闘技場にいたら殴ってくる。あんまり一方通行感がない。

50回目のファーストキスも一日しか記憶が保たない女性との恋愛。一日しか記憶が保たない彼女を毎日幸せにしようとする姿勢と徐々に周りの人間も巻き込んで物語が動き始める様が良い。

 小川洋子さんは、書きたい物語があるというよりは書きたいシーンがあり、それを中心に小説を書いているそうなので、そのあたりが綺羅びやかな舞台装置や博物館の展示品を見て廻っているような気分になれる根源なのでしょうか?

 さて、美しいというのは必ずしも綺麗なものだけを指すものではありません。小川洋子さんの作品の中では美しくかつ残酷な物語が多数あります。残酷な、という流れで紹介すると怖いタイトル「妊娠カレンダー」や

ヘビイチゴ、傲慢な姉、妊娠、何も起きないはずがなく」な妊娠カレンダー。

 そして、なんといっても代表作。ある女性が勤務中、サイダー工場で薬指の先端が機械に巻き込まれて裁断され、瓶に血が垂れていく様が綺麗な「薬指の標本

表紙も美しい。

 何を言ってるかわからないと思いますが、どっからどう考えてもグロいはずのワンシーン、本当にワンシーンしか描写されないその刹那が美しいんですよ!

 そして、何でも標本にするお店で働くことになった女性は店主に美しい靴を貰います。その靴は徐々に足に馴染みピッタリとなっていき…。欠けた薬指、標本屋、贈られた靴、正直に言うとなにがなんだかわからなくなるんですが、作者の小川さんがこれを描きたいというのはビシバシ伝わってきます。


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何を言ってるかわからねーと思うが、兎に角フェチズムがヤバイんだよ。

 

ちなみにこの薬指の標本は遠く離れたフランスに流れ着き、向こうで文学チックな映画になってます。日本のフェチズムが世界を動かしている。

キャッチフレーズは「この靴をはいたまま、彼に封じ込められていたいんです。」

 

 

 怒涛の展開、魅力的なキャラクターと物語にあってほしい要素は色々とありますが、何が何だかわからないが兎に角引き込まれるワンシーン、そんな本があってもいいんじゃないかと思います。


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うるせぇ読もう!

 

非日常の中の日常〜宮野優さんの「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」

 最近忙しくていまいちダラダラできていません。半年くらい会社の中で割りと専門的な研修を受ける機会に恵まれた代わりに多忙な毎日を送っているためです。ただそろそろ1ヶ月くらい経とうとしていて、慣れてきた感じはあります。何が言いたいかと言いますと、人間は慣れる生き物だということです。体育会系な部活の理不尽さに巻き込まれた時も、泥に塗れる研究をしていたときも、独特な社風の会社に入ったときも、なんやかんや早ければ1週間、遅くとも1月経てば生活が板についてくるものです。


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銀と金より慣れきった人。

 

 さて、多忙と言いつつ流行りの作品くらいは抑えていきたいです。読書にも旬がありますからね。5年遅れくらいで昔流行ったビジネス書読むのも楽しいですが。

 そんな感じで流行に乗るべく、先々月は流行りかどうかは別としてゴリラ裁判の日を読み、先月はアトラス5を買ったものの翻訳物が少し苦手で他の作品と継続して読み進めています。そんな中、完璧にジャケ買いしたのが、この本、トゥモロー・ネヴァー・ノウズです。

この本は、突然ある1日がループし始めたという世界観を同じくする連作短編集です。冒頭の短編は、娘が未成年に理不尽に殺された母親がその殺意を鈍らせないままに成人した犯人を殺す話です。

 さて、母親は首尾よく憎い相手を殺し、警察に自首し、様々な供述をしたのはよかったものの、1日が終わり留置所で眠りにつき、目が覚めるとそこは知らぬ天井ではなく、慣れ親しんだ自宅でした。テレビは殺しを企んだあの日と同じニュースを放送しています。殺しは夢だったのかと思いながらも再び荷物を持って復讐に赴く主人公、首尾よく殺し、自首し、眠って起きるとまたも慣れた天井。さて、どうやら世界はこの日をずっとループしているようです。

 

Q自分がループしたと気づいた主人公はどうするのでしょうか?

Aループが急に終わったら殺人が完遂されないので毎日殺しに行く。

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ジョジョ五部より死に続ける人。

言われてみるとそういう結論に至るのかもしれないですね。憎くて仕方のない相手が生き延びられる可能性がある限り殺し続けるという、ある意味ループに縛られた生き方をすることになる訳ですが、それも自分以外にも次々とループに気づく相手が出てきて若干様相が変わってきます。

 他にも世界が1日をループすることが当たり前になった結果、スポーツ選手は自らの体を鍛えることができなくなり、技術の向上を目標にシフトしたり、学校はループするならと青少年を襲撃しにくる犯罪者から守るために武装をしたり、警察はメモも残せない世界で記憶を頼りに犯罪者を無力化しようと努力します。非日常が日常と化した際の日常の切り取りが秀逸な作品です。あくまでループする世界の話なのでなぜループが起きたのか?ループは終了するのかという世界の設定にはあまり深く切り込まれません。しかし、それが理不尽な世界の変革に対応する一般の人々という感じがして非常に良いです。こんな世界になったらというifがきれいに描かれていて好感が持てます。

 ループものが好きな方、非日常の中の日常が好きな方にはおすすめの作品です。

嘘を吐くならこんな風に〜田中現兔さんの「嘘つきユリコの栄光」

 人の顔色を伺って咄嗟に嘘が出るタイプです。バレたとき一番信用を無くすやつです。嘘も方便だと思っていて、誰も不幸になってないならいいやと考えたりします。ただ良くない癖だとは思っているのでちゃんと意識して直していきたい所存です。一番最近ついた嘘は、自分に対する慰労会でお店の名物である巨大かつプリップリのエビフライを前に「エビめちゃくちゃ好きなんですよ〜♪」って言ったことです。大嫌いな海老はお店の調理が良いのか、ビールのアシストがあったからなのか嘘がバレない程度には食べられました。

 さて、嘘をついてそしてバレてのっぴきならないことになったこと、ありますか?冷や汗が垂れるような瞬間、味あわずに済むのならそれに越したことはありません。しかし、そんな窮地を見事にくぐり抜ける様も傍から見る分には悪くないです。仕事でもたまにあります。こいつ嘘八百並べてるのに良くやってんな〜となる瞬間。こっそり目配せで上手いことやってんなって伝えると下の方でサムズアップしてくる感じのやり取り、痛快ですよね。

 そんな痛快に嘘を吐く漫画といえば最近完結した田中現兔さんの「嘘つきユリコの栄光」です。

(全4巻、完結済み)

 

 この物語は超一般人な中学生、小石川ユリコさんが持ち前の負けん気を発揮して嘘に嘘を重ねて中学生活の中心、常に衆目のトップに立とうとする話です。彼女は自らを脇役と自覚しつつも脇役として主役を食い、トップに立ちたいと常々考えていました。といっても、思いだけが先行していた彼女は小学生の頃に嘘をつきすぎてだれにも相手にされなくなるという過去が有りました。


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ここから挽回して、中学では普通に勉強や運動で頑張るぞ!っと志を新たにしたところ、何故か「ふーんおもしれぇ女」とか言いそうなイケメンがぽっと出で登場しました。

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ぽっと出のイケメン、満月院家康君

 こんな奴居たら勉強や運動頑張ったところで目立つことなんかできねぇじゃねぇか!と絕望したユリコさんはあろうことかクラスの前で自身がイケメン御曹司満月院君の婚約者であるとのたまいます。
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もちろん周囲は真に受けませんが、自己紹介終了後、イケメン本人含めクラス全員から問い詰められます。「これ謝っても滅茶苦茶痛い奴として3年間終わるやん」と気づいたユリコさんは覚醒します。
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覚醒シーン。
 ユリコさんは嘘をつき通して平穏な、そしてスクールカーストのテッペンを捕れるのか?という訳ではあるんですが、それとは別にイケメンにも目的があります。彼は大グループの御曹司ということで身内に火種を抱えており、「おもしれぇ女」よりはむしろ味方になってくれる有能な「おもしれぇ」奴を欲していたのでした。


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嘘を起点にしたバディと信頼。

 そんな利害が一致した彼女らが如何にして栄光を掴むのか是非読んでいただきたいです。

 個人的に好きなのは、ユリコさんは嘘をついている、というよりは演技で切り抜けているという点ですね。どういうことかと言いますと吐いた嘘自体は違和感の塊なのです。違和感の無い綺麗な嘘をつくこともあれば、冒頭の婚約者宣言を皮切りに、ここぞというところで誤魔化すために変な嘘をついてしまうことが多々あります。


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中学生でも騙されない感じの嘘。

 そこをカバーしているのが、覚醒した彼女の頭の回転の良さと日頃からの綿密な準備、そして演技力です。あくまでも嘘はどこから聴いても嘘でしかなく、それを真実たらしめているのは彼女の演技です。

 
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ベクトルが違えば大詐欺師になりそう。
 
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負けたくないという思いがすぐ攻撃に向く。

特に作中で、「パチッ」という音ともに入る彼女の嘘・演技・覚醒スイッチは、「おっ、今から渾身の演技やってくれるんだな」という合図みたいで良い演出です。

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覚醒スイッチ。
 日常で絶対につかないタイプの嘘を彼女の演技がどうごまかすのかは見ものです。

 作中では、クラスメート、家康君の義理の兄やその息子、果ては自分の母親までが敵として立ち塞がることになります。自らの進退に関わるような嘘ばかりついているので避けられないことではあるのですが。

 
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様々な敵。

 そんな敵相手には連戦連勝とはいかず、流石に苦戦するシーンもあるのですが、嘘を吐かれた相手がことごとく「ふーんおもしれぇ女」状態になっているのはちょっと愉快ですね。

 
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おもしれぇ女状態。

 彼女が吐く嘘は嘘でありながらも魅力があり、それ故に他人を惹きつけていきます。世が世なら天下を取れる才です。退路として始まった彼女の嘘がどこまで突き抜けていくのか、確かめてみるのもいいかもしれません。





 

 

 

 

「正義は人間に支配されている」とゴリラは言った〜須藤古都離さんの「ゴリラ裁判の日」

 3月、出会いと別れの季節ですね。異動の為の引っ越し準備も自分の業務の引き継ぎ作成も次の業務の準備も全て終わってなくていい加減気が狂いそう。田舎に戻って高崎山のサル達と露天風呂に入っていたいと感じる今日このごろです。田舎で温泉にでも浸かりたい、というのは疲れた社会人共通の願いであると思いますが、これは森で暮らしていた先祖返りみたいなものですかね?コンクリートジャングルよりもど田舎の鄙びた温泉宿に癒やされる野生がまだ我々の中にも残っているのかもしれません。

 さて、私の中の野生が楽しみにしてやまなかったのが本日発売した「ゴリラ裁判の日」です。出版が決まったときから私の中のゴリラの群れは皆ドラミングをしていました。せっかくなので紹介させていただきます。

 

 ゴリラ裁判の日は第64回メフィスト賞受賞作。ミステリーでも純文学でも異能力バトルでも面白ければ即出版というバリトゥードな文学賞であるメフィスト賞の最新作は人語を解するゴリラが夫ゴリラ殺しの裁判に挑むというエキセントリックな内容です。

 大まかなあらすじを説明します。カメルーンのジャングルで生まれたゴリラ、ローズは母ゴリラ共々自然公園に所在する研究所によって教育を施され、手話によって会話をすることが可能になりました。更に、最新の技術によって手話を音声として発する手袋を用いることで手話を理解していない人間とも問題なくコミュニケーションが可能です。

 人間の生活に興味を持ったローズは紆余曲折あり、アメリカのクリフトン動物園に移住し、オマリというゴリラと夫婦になり、共に幸せな生活を送っていました。ある日、動物園のゴリラの柵の中に4歳の少年が落ちてしまったことから彼女の「人生」は一変します。夫のオマリは少年を抱きかかえ、引き摺るように保護しました。敵意が無くともゴリラの腕力を考えれば非常に危うい状況です。動物園も少年の保護を第一に考え、オマリは事故の発生から10分後に射殺され、少年は保護されました。その時、たまたま友人と面会をしていてその場を離れていたローズは、事件の現場を見て、与えられていたデバイスを用いて警察に通報しました。曰く「夫が動物園で射殺された。」と。

 物語の冒頭では、彼女が動物園を相手取った裁判で負けるシーンから始まります。そこから回想と現代の時系列を行ったり来たりしながら、彼女が如何にして自我を得ていったのか、彼女はどのように夫の死を乗り越えていくのか描写されていきます。

 さて、物語の中ではなく、現実の話をすると手話を用いることのできるゴリラは実在しました。約2000の単語を操り、子猫を飼ったり、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーと面会したりしたそうです。子猫が交通事故で亡くなったときには悲しみに暮れるとともに死の概念について「苦しみのない穴にさようなら」と説明したことで知られています。ちなみに2000語というとだいたい5歳くらいの知能のようです。

 一方で、ゴリラの柵に少年が落ちて、結果としてゴリラが射殺された事件も実在します。2016年にアメリカで起こったハランベ射殺事件です。この事件のあらましは先程のオマリの事件とほぼ同じです。この事件は動物園の責任や母親の監督責任など全米で大論争を巻き起こしました。

 ローズは作中で高校生くらいの知能を持ち会話が可能とされています。つまり、ハランベ射殺事件について、人間に近い知能を持ったゴリラが居た場合のifが本作であると言えます。また、いつか知能が高い動物が生まれた場合に十分起こりうる未来の話でもあると思います。そして、作中では比較的権利が保障されているローズの目線で、人間とはいったい何なのか?と人間の定義を考えざるを得ない不思議な作品です。

 ゴリラの裁判というシュールな内容を扱っていながら、ここまでの説明ですと少しお固い内容に聞こえてしまいますがそんなことはありません。作中に散りばめられたゴリラジョークやゴリラにまつわるパワーワード、そしてネタバレになるため詳細は省きますがゴリラのエンタメ上での可能性も描かれており退屈しません。


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クロマティ高校よりゴリラ。ダメ、ゴリラ差別。

 この世界に「いずれ神があのゴリラを裁くだろう。」「ゴリラ側の弁護士」「私は男の気を引けない初心な女(ゴリラ)ではなかった。」(括弧内は勝手に当ててますが)などとパワーワードが連発されるゴリラ小説はこの作品以外に寡聞にして知りません。ゴリラ的には当たり前ですが、人前で脱糞していたことに途中で気づいておむつを履くようになったローズもちょっと面白かったです。大統領の前で脱糞する小説もレアですし、知能を持ちながらも「弱い男(オス)は価値がない、魅力がない。」とゴリラの本能も同時に描かれているため、ゴリラ視点での人類の様子を楽しむことができます。言ってて意味がわかりませんが、何でしょうゴリラ視点って。

 それにしても最近、知能を持った動物の作品が増えている気がします。

チンパンジーと人間のハーフであるヒューマンジーを中心とした事件を描いたダーウィン事変や


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ダーウィン事変の主人公チャーリー。ヒューマンジーだからというより彼は単純に性格に難がある気がする。

ジャンプルーキーで連載中の知能を持った動物がテストをクリアすることで人間になることができる世界を描いた人間テストf:id:sannzannsannzann:20230314204627j:image

動物が知能を持った背景や人間テストの裏側に切り込んでいく意欲作。人間って何だろうと考えさせられる。

 そんな中、知能を持った動物を描いた作品の中でもゴリラと人間の定義とゴリラのエンタメ性を巧みに混ぜた本作はまさに霊長類のパイオニア的作品です。

 

 お家のわんちゃんが話し始めたり、急に猫ちゃんの尻尾が割れて長生きし始めたとき、そのまま飼うのではなく人として扱うべきなのかもしれません。そんないつかを見据えた準備にピッタリの作品です。

 

言祝ぐSF〜鶴淵けんじさんの「峠鬼」

 新年になって色々な神社を詣でると様々な祭神の解説があったりと楽しいですね。多神教というとギリシャ神話や北欧神話が浮かびますが、日本の八百万の神々もそれに負けず劣らず魅力的です。日本においては仏教の伝来とともに一時期は勢力が弱まったり、逆に明治の世には廃仏毀釈運動が起こったりと仏教との勢力のせめぎあいみたいなイメージがあります。あんまり詳しくないですが。

仏教伝来と土着の神々を描いた(側面もある)火の鳥太陽編。

 多神教の良いところは色んな神々のキャラクターが立っていて面白い点ですね。ただ日本の神を描いた話ってちょっと少なめな気がします。古事記とか読むと思ったより色んな神様が居て楽しいんですがね。古事記はシンプルに面白いからか新旧問わず色んな本が出ているので割ととっつきやすいです。

昔話みたいな語り口の読みやすい古事記

古事記を題材にしたウェブ漫画

 ただ古事記日本書紀に沿った解説みたいな本やコミカライズは多いんですが、オリジナル作品は少ないんですよね。そんな中、古代日本の有名人を主人公に抜擢し、史実に沿いつつも完全オリジナルストーリーを炸裂させた作品があります。鶴淵けんじさんの「峠鬼」です。

峠鬼(既刊5巻)

 メインの登場人物となるのは行者の役小角(えんのおづの)とその弟子である善(ぜん)と妙(みよ)です。役小角はその少年時代に葛城山におわす神、一言主(ひとことぬし)の元で修行をしていました。ひとことぬしというとアトラスのゲームをしているとなんとも言えない姿で、ウォーウォー言うタイプの仲魔のイメージが強いですが、本作のヒトコトヌシは龍であり、見目麗しい女性神です。

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デビルサバイバー2よりヒトコトヌシ。

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本作のヒトコトヌシ。

 役小角は、ある理由から一言主のいる葛城山を出禁になります。それでも旅をして様々な土地におわす神々の縁故を頼りに一言主に会いに行くというのが大筋になります。役小角には弟子が2人おり、善という鬼の少年と旅の途中で出会い、縁がありともに旅をすることになった妙という女の子です。

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善(前鬼)と妙

 この3人が行く先々で神、神の持つ神秘な力を宿す道具、神器を由来とする事件に巻き込まれることになります。また、神と人とが密接に結びついており、神が土地におわすことが当たり前の時代として描かれているのもなんかいいですね。私も推し神がほしいです。そして、その神々のモチーフが千差万別で非常に魅力的に描かれています。


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様々な神。モチーフも様々。この話を聞いてくれそうな聞いてくれなさそうな感じがイイ。

 基本的には事件に巻き込まれては解決し、旅を続けるというロードムービーみたいな展開が続くのですが、その合間合間に役小角一言主の間に何があったのか?神と会うという浮世離れした体験の合間に世相はどうなっているのか?などが徐々に明らかになっていき、巻を追うごとにストーリーが加速していく感覚を味わうことができます。

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世相は飛鳥時代天智天皇が病に伏し大海人皇子は仏門に入り…などという時代。この辺はやや火の鳥太陽編と時代がかぶる。

 そして神のもつ神器や神自身は時間や空間を超越しているという世界観からタイムスリップや並行世界、はたまたブラックホールなどSFチックな展開にも事欠きません。神話とSFを合体させる発想が凄い。

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ガンガン入ってくるSF要素。

 そしてその合間合間にいい感じになってくる弟子2人。
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師匠の前でイチャイチャすんな。いいぞもっとやれ。

そして私の敬愛する肋骨凹介先生曰くf:id:sannzannsannzann:20230120215120j:image

と仰られているように各話の扉絵は全て現代パロディでそれが素敵なんですよ、!

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扉絵の例。作品にハマってるだけかもしれない。

 日本神話、SF、恋愛、旅、様々な要素をふんだんに盛り込んでいるのに一切破綻しない上質のロードムービーみたいなマンガを読みたい方にはオススメです。

 

 

 以下は元々メインに据えたかった紹介なのですが、壊滅的なネタバレは無くとも既刊5巻中4巻くらいまでの内容に触れているので追記としました。ネタバレ気にする方はスルーしてください。あとネタバレ気にする方は、ヒトコトヌシと役小角wikiを読まないほうがいいです。あんまりネタバレとか気にしない方はぜひ読んでやって下さい。基本的には一言主(ヒトコトヌシ)に関する史実を交えた本作での役小角との関わりです。

 

 役小角は師に連れられ、仙人になる修行のため葛城山にやってきます。このあたりは史実でも葛城山で修行していた伝承があるみたいです。そこで、葛城山の大神であるヒトノトヌシと邂逅します。


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師の元で修行する役小角一言主の初邂逅。

 一言主古事記に登場しています。雄略天皇葛城山に鹿狩りに訪れた際に、向かいの尾根に天皇一行とまったく同じ格好をしていた人々がおり、天皇がその名を問うと「吾は悪事(まごと)も一言、善事(よごと)も一言、言い離つ神。葛城の一言主の大神なり」と言い放ったとされています(wikiより)。本作ではこのセリフを、口にしたことは全て事実になり、険しい葛城山を登りつめ見事参詣を果たした嘆願者に対し一言で願いを叶える神として君臨しています。


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願いを叶えてくれる系アイドル(崇拝対象)

 ただし、願いが必ず叶うなど当然人の身には重すぎるということで、様々な嘆願者が幸せを望み願いを叶えてもらいつつも、結果として不遇になり山を降りることになったりします。
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全部いい感じにしてくれたらいいのにって俺も思う。

それでも願いを叶える神として一言主は信仰を集め概ね幸せに君臨していました。
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一言主のファンサは神。

 さて、思春期にめっちゃカッコいい龍が神レベルの容姿のお姉さんで親しく付き合ってくれたら当然性癖がしっちゃかめっちゃかになりそうですが、役小角も例に漏れず畏敬と恋慕をないまぜにしたような憧れを一言主に抱きます。しかし、役小角も嘆願の権利があるとはいえ、夫婦になって欲しいなどと言うわけにもいきません。そこで、「西から陽を登らせてほしい。」と無理難題を願います。それに対し一言主は天文の講義がてら太陽を西から登らせるとどうなるか教えてくれます。f:id:sannzannsannzann:20230120194534j:imagef:id:sannzannsannzann:20230120194709j:imagef:id:sannzannsannzann:20230120194630j:image

好きなお姉さんに抱きしめられながら龍の姿で脅されるという性癖が歪みそうな講義。

 結局、役小角は陽を西から登らせるなど冗談でしたと謝るのですが、その内心で「ほんとに願っていたらどうなっていたんだろう」と畏敬を募らせます。役小角がどんどんニッチな趣味になってそうな反面、こういった天文の話などは先にも述べたように非常にSFチックです。

 さて、その後はある理由から役小角葛城山を出禁になり、冒頭に続く訳です。何やらかしたんだ役小角って気になる方は峠鬼を読みましょう。

役小角の事情が明らかになると一気に水戸黄門から遍歴のラブストーリーに姿を変えます。好きな神を追いかける行者!熱いラブストーリーですよ。そして、この作品は史実にある点を巧みに物語に取り込みオリジナルストーリーを組み立てている点が非常に素晴らしいので思わず史実(wiki)を覗き見てしまうのですが、wikiではなにやら不穏な展開も示唆されています。
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天皇に讒言するヒトコトヌシは見たくない。

また、前鬼についてもwikiを紐解くと、
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善と妙がくっつくことが約束されている!こんなに安心して読めるラブコメないですよ?

 峠鬼は神話をモチーフにした人が神に恋い焦がれるSFラブストーリーなんですよ!まだ既刊5冊ですよ!是非読んでいただきたい!