読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

何がなんだかわからない〜小川洋子さんのフェチズムの世界

 基本的に疲れているか疲れる前かの2択みたいな生活をしています。今は少し落ち着いていて、疲れるためのアップみたいな状態です。少しは読書をする余裕も出てきました。こういうちょっと前まで戦場にいました、みたいなメンタルのときには断食後のおかゆみたいに徐々に娯楽に体を慣らす必要があります。娯楽に時間を割けなかったあといきなり大作ゲームとか始めると一気に時間が消えていきますからね。私はこういった慣らし時期に、既に精神と肉体が超元気な時は更にリラックスするために石動あゆまさんのコーセルテルの竜術士を読みます。

コミックZERO-SUMの御長寿連載。善良な人々とかわいい子どもたちがファンタジーな世界観で楽しく生活する話。癒やししか無い。

 

逆に疲れまくっているときはちょっと厭な気分を味わいたくて平山夢明さんの本を手に取ったりします。

嫌な奴、嫌なことへの解像度が高い平山夢明さん。作者御本人がアメリカの殺人鬼を紹介するラジオでは殺人鬼の心理を非常に楽しそうに解説していてある意味痛快。

 今はどちらかというとちょっとダークな本が読みたい気分です。そんなときに、いいシーンがいっぱいあったなぁ。ん?あれ?よく考えるとストーリー的にはそんなにいい話ではない?となる不思議な作家、小川洋子さんの小説を紹介します。

 小川洋子さんといえば、博士の愛した数式がまっさきに浮かぶベストセラー作家ですね。

家政婦の主人公、息子のルート、記憶が8時間しか保たない博士の交流譚、博士の愛した数式

 この感動的な話を捕まえて胸糞悪いと言いたい訳では無いのです。無いのですが、単純な交流譚かと言われるとそれは少し違うのではないかと思うのです。

 主人公と息子のルートは博士から完全数友愛数などちょっとした数学の知識を教わることになります。それが切っ掛けとなり彼との交流を楽しみとし、彼になにか恩返しができないか考えるようになります。一方の博士は、前向性健忘を患い8時間しか記憶が保たないため、いくら話してもすべての記憶は失われてしまいます。残るのは体の至る所に貼られたメモのみ。メモは更新されることもありますが、極めてシンプルな情報のみ。

 博士との交流では素敵なシーンも多々あるのですが、作者の描写の巧みさも相まって、一人の人間を相手にしているのにまるで分かり易い数学の本を読んでいる気分にさせられます。実は家政婦は命じられた仕事の合間に、書斎の奥にある数学の本を読み耽っていた。なんなら息子にも布教した。みたいな話を読んでいる気分になります。博士は人間味のあるキャラクターながらも、一つの映画、一種の舞台装置の様に感じられます。本を相手にしているように人間関係が一方通行に見えるんですね。何故なんでしょうか?自分から言っておいてなんなんですがさっぱりわからないのにそう感じるんです。

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喧嘩稼業よりシラットの櫻井。彼も記憶は保たないが闘技場にいたら殴ってくる。あんまり一方通行感がない。

50回目のファーストキスも一日しか記憶が保たない女性との恋愛。一日しか記憶が保たない彼女を毎日幸せにしようとする姿勢と徐々に周りの人間も巻き込んで物語が動き始める様が良い。

 小川洋子さんは、書きたい物語があるというよりは書きたいシーンがあり、それを中心に小説を書いているそうなので、そのあたりが綺羅びやかな舞台装置や博物館の展示品を見て廻っているような気分になれる根源なのでしょうか?

 さて、美しいというのは必ずしも綺麗なものだけを指すものではありません。小川洋子さんの作品の中では美しくかつ残酷な物語が多数あります。残酷な、という流れで紹介すると怖いタイトル「妊娠カレンダー」や

ヘビイチゴ、傲慢な姉、妊娠、何も起きないはずがなく」な妊娠カレンダー。

 そして、なんといっても代表作。ある女性が勤務中、サイダー工場で薬指の先端が機械に巻き込まれて裁断され、瓶に血が垂れていく様が綺麗な「薬指の標本

表紙も美しい。

 何を言ってるかわからないと思いますが、どっからどう考えてもグロいはずのワンシーン、本当にワンシーンしか描写されないその刹那が美しいんですよ!

 そして、何でも標本にするお店で働くことになった女性は店主に美しい靴を貰います。その靴は徐々に足に馴染みピッタリとなっていき…。欠けた薬指、標本屋、贈られた靴、正直に言うとなにがなんだかわからなくなるんですが、作者の小川さんがこれを描きたいというのはビシバシ伝わってきます。


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何を言ってるかわからねーと思うが、兎に角フェチズムがヤバイんだよ。

 

ちなみにこの薬指の標本は遠く離れたフランスに流れ着き、向こうで文学チックな映画になってます。日本のフェチズムが世界を動かしている。

キャッチフレーズは「この靴をはいたまま、彼に封じ込められていたいんです。」

 

 

 怒涛の展開、魅力的なキャラクターと物語にあってほしい要素は色々とありますが、何が何だかわからないが兎に角引き込まれるワンシーン、そんな本があってもいいんじゃないかと思います。


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うるせぇ読もう!