読んだら寝る

好きな作家、本、マンガについて紹介

ロケットを飛ばして死体と宝を探したい夏休み


 夏休み、いい響きの言葉ですね。私も小さい頃はカブトムシを乱獲してはひと夏の命である昆虫の儚さに思いを馳せたり、本領発揮して逃げ出したカブトムシ達のせいで親にめちゃくちゃ怒られたりしたものです。

 さて、誰しも経験したことのある夏休み。少年の頃何をしてどんな気持ちだったか、歳を取ると段々とおぼろげになってくるものです。しかし、なんとなく素敵な日々があったことは覚えているので、創作物の「ひと夏の〜な物語」はそれが突拍子もないストーリーであってもノスタルジックな気持ちになりますね。

 そんな夏を題材とした作品を数作紹介できたらと思います。

 まず、夏休みに我々がしたかったことはなんでしょうか?憧れの夏休みを凄まじく大雑把に分けると2種類に集約される気がします。即ち「宇宙を目指す」か「宝・死体・殺人犯を探す」かの2種類です。前者は探求、後者はミステリー要素を含むこともありますが基本的には冒険です。いま寝床でこの文章を考えながら適当に分類しましたが夏休み+ジュブナイルってだいたいこの辺に集約されてませんか?トム・ソーヤーの冒険も殺人犯探し+宝探しですし子どもたちが(大人も含めて)ワクワクするのはやはりこのあたりなんですよきっと。ほかになにかあるかな?家出とかかな?

 

昔から子供の憧れはひと夏の冒険。

 

中学生の洋君がロケットを宇宙に飛ばそうと頑張っていたぼくのなつやすみ2。実はお宝も隠れていたり。

 

元祖夏休み。死体探そうぜ!

 

なんとはなしに夏の物語を列挙するだけでも、古典の冒険小説、懐かしのゲーム、名作映画までだいたい少年たちは宇宙を目指し死体を探してますね。今回は6月末にもかかわらずやけに暑くなってきたためそんな夏休みのジュブナイルに絞って紹介していきたいと思います。

 

 まずはロケットから。

 今井哲也作、ぼくらのよあけ(全2巻)

 この作品は西暦2038年、団地で暮らす少年たちと宇宙からやってきた衛星の人工知能とのファーストコンタクトのお話です。なんと人工知能があるのは団地の屋上。この人工知能をなんとか宇宙に返してやれないかと子どもたちは奮闘するのでこの物語の魅力は2つ。1つはこれは子どもたちの物語であると同時にかつての子どもたち、即ち大人たちの物語でもあるという点です。子どもたちは純真な気持ちで人工知能を宇宙に返したいと行動するわけですが、大人からみると危なっかしい点も多々あります。
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親からすると無鉄砲すぎて危なっかしい。
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それでも協力してくれる親の頼もしさ。

 

 

親からすると危ないことには関わってほしくないという気持ちとかつての子供として人工知能を助けてあげたいという2つの気持ちがある訳です。子供目線で読むもよし大人の気持ちになって読むもよしということで、なんとなくジュブナイル向けな雰囲気ではありますが練り込まれたSF設定など子供から大人まで幅広く楽しめる作品だと思います。個人的には小学生くらいのときにSFの設定とかよくわからなくてもワクワクして高校くらいで読み直して「これ、こういう設定だったんだー」とか思いたい作品です。各話の合間には設定が細かく書き込まれてたりするのでそういうのが好きな方もぜひ。

もうひとつの魅力はなんといっても未来のインターフェースのデザインです。

物語に大きく関わってくるオートボットというAIとロボットとスマートスピーカーを合わせたような存在のえがき方、また、未来のチャットツールやおもちゃなどかなり綿密に設定がねられているのを感じさせるデザインが素敵なのです。


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オートボット。作中でも複数デザインが登場しているが全体的に可愛らしい。
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ラインの発展型みたいなチャットツール。

 

生活の中に溶け込んでいる未来設定、それも数十年先の近未来のデザインがこちらをわくわくさせてくれます。SFが好きな方、夏休みに少年少女が頑張って成長する物語が好きな方にはおすすめです。

 

 一方未来ではなく現代を取り扱ったロケットものといえばあさりよしとおさんのなつのロケットです。

 

 なつのロケット(全1巻)

この物語は主人公の泰斗率いる友人たちでお世話になったエキセントリックな担任の先生への恩返しとして世間をあっと言わせるようなこと=ロケットを宇宙に飛ばそうと画策するというお話です。


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エキセントリックな担任。

 


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ガキ大将+メガネというレアな組み合わせの主人公。

 

先程のぼくらのよあけが大人と子供の両面を描いていたのとは異なり徹底して子供達のストーリーです。学研の漫画やコロコロコミックに載っていそうな話になります。


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コロコロコミックに出てきそうなライバルキャラ。

 

基本的にはロケットを飛ばすために主人公達が試行錯誤し、時にはライバルと協力しつつロケットを宇宙まで到達させるのを目指すという展開になります。ひたすら衝動に突き動かされて頑張る子供達の姿が魅力的です。こういう少年時代を送れていたら素敵だっただろうなと思わせてくれる作品です。ただ大人からすると少し子供向けな雰囲気が強すぎる面はあります。

 

 さてロケットものの最後に紹介するのは日常に疲れた大人に是非読んでいただきたい、森田るいさんの我らコンタクティです。

 

我らコンタクティ(全1巻)

この物語は、セクハラ社長のもとで疲れきった生活をしていたカナエのもとにかつて同級生であったカズキが声をかけてくるシーンから始まります。カズキは兄が経営する鉄工所の片隅でロケットを作っており、その燃焼実験をカナエに見せるのでした。カナエにそれを見せたかった理由はかつてともにUFOを目撃したから。カズキはUFOとコンタクトしたくて(=宇宙で映画を上映したくて)ロケットを飛ばそうとしていたのです。


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仕事で疲れて深夜帰るときのテンション非常にわかる。


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社会人として疲れてる時に昔の同級生に会うとテンションあがるやつ。

カナエは燃焼実験の規模から、「これは成功しそうだ、金になる」=「仕事を辞められる」と判断しカズキのもとに押しかけ、無理矢理協力者になり、このふたりの凸凹コンビは無人ロケットを宇宙に飛ばそうとするです。

 この物語の魅力はなんといってもストーリーの組み立ての巧さ。こんなにも起承転結がはっきりとした物語はなかなか無いです。当初は無理矢理押しかけたカナエを鬱陶しく感じていたカズキでしたが徐々にカナエのことを認めはじめます。このあたりはバディものの王道展開を綺麗になぞっています。


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段々と互いを認め合う展開いいよね。

 

また、メインの登場人物達は何かしら問題を抱えています。カナエはブラック企業に参っていますし、カズキは実家の鉄工所の社長である兄と没交渉でロケットだけに心血を注いでいます。そんな兄は兄でスナックのママさんを愛人としていたり、カズキにいまいち踏み込めないでいたりします。スナックのママさんは自分以外の周りの人たちばかり楽しそうなのが辛くて仕方ないと思っています。そんな物語を読み進めていくうえでフラストレーションにしかならなそうな悩みが、常にロケット開発間のトラブルとして潜んでいるのですが、物語が進むにつれて綺麗に解決に向かっていくことから読者としても非常にスッキリとした読み口?となっています。たとえるならばささくれが綺麗に剥けてまったく痛くないみたいな感覚でしょうか?このスッキリ感は癖になりますよ!

 また、なんといってもこのマンガ全体に漂う良い意味での邦画感です。よく読後感を喩えるのに「一本の映画を観たような」などと言ったりしますが喩えるならば本作は「めちゃくちゃ面白い邦画を観たような」気分が味わえます。全体としてコメディっぽい雰囲気と脱力した絵、しかし起承転結ははっきりしているという邦画の名作にありがちなパターンです。ひとつひとつの地味なコメディ演出が刺さってくるのです。面白くない邦画だとしょうもないギャグシーンが不快に感じますよね?しかし、面白い邦画だと同じようなレベルのギャグシーンでもかなり好意的に捉えませんか?大丈夫です。本作はそもそも本筋がめちゃくちゃ面白いので細かいギャグシーンがストンと腑に落ちます。


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カズキがブラック企業に潜入するシーン。こういうガスの点検たまに来るよね。


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教授をポケモンみたいに使役するな。

 

こんなギャグシーンをはさみつつもロケット開発は佳境へ向かいます。そして細部は述べませんが、ロケット開発が佳境に向かう頃にはそれぞれの登場人物たちの心境も変わり、ただロケットの成功を一心に目指すことになります。

この我らコンタクティ。計3作挙げたロケットものの中では一番好きな作品です。特に現状何かしら問題を抱えている人に読んでいただきたいですね。きっと私と同じように心の深いところまで杭がぶっ刺さることになると思います。

 

さて、長くなりましたが後半戦。

ロケットを上げないタイプの夏休みといえば冒険です。

冒険ものとしてのおすすめはこれ。

はやみねかおるさんのぼくと未来屋の夏

小説は全1巻、漫画版は全2巻

 

 

この作品は小説家≒名探偵に憧れている主人公風太と通学路に急に現れた未来屋と名乗る風変わりなおじさんとのひと夏のミステリーです。
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夏休みの始まりがこれなのめちゃくちゃ羨ましい。

 

 元々は講談社ミステリーランドというレーベルで、パスワードシリーズや怪盗クイーンシリーズ、近年では街のトムソーヤなどを手掛けてきた有名ジュブナイル作家はやみねかおるさんが書いた作品です。このミステリーランドは多数の有名ミステリー作家が「かつてこどもだったあなたと少年少女のためのーー」というコンセプトで子供でも読める平易な文章で重厚なミステリーを描くという、大人にも子供にも刺さるミステリー好きに得しかないレーベルでした。はやみねかおるさんは少年少女向けの小説を書きつつ、一方で黒はやみねと言われるダークな世界観の作品もあります。

黒はやみね代表作。名前を変えてるのは子供が間違って手を取らないためかな?不条理にも思えるダークな展開。

 

ぼくと未来屋の夏は、日常のちょっとした謎から肝試しで起こった事件まで夏休みに起こった様々な出来事を描いています。風太は小説が好きで名探偵に憧れを抱いているので、なんとか謎を自分の手で解決しようと努力します。
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日常であった謎を自分を主人公の小説で推理する風太。未来屋の猫柳さんをモチーフにした助手のネコイラズ君がかわいい。


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 しかし中々推理が当たらず、未来屋から回答を聞くことになるのもしばしば。

 愉快な日常の謎を解決しつつも物語は町に隠された人魚の宝の在り処を巡る話へとシフトしていきます。首無しの亡霊、神隠しの森、かつてあった盗難事件などこれぞ夏の事件と思う要素がふんだんに盛り込まれており、冒険小説としてもわくわくすること間違いなしです。

 そんな中、常に冗談半分、子供と同じ目線で時には大人げない、底の見えない未来屋は大人として事件の本質に迫っていきます。

 はやみね作品の探偵はパスワードシリーズの夢水清志郎もそうですが、子供から見ると生活感が無さそうで全体的に頼りない昼行灯な人物が多いです。しかし、共通しているのは、非凡な才能を有しており、子供に見せている顔とは別の面を有している点です。子供から見た大人を描きつつ、実は最初から最後まで大人として行動している猫柳さん。のんべんだらりと過ごしていた猫柳さんが、急にマジになるサスペンス展開、そのジェットコースターぶりも本作の見所です。また「かつてこどもだったあなたと少年少女のーー」というレーベルのコンセプト通り、大人向け要素≒はやみねさんのダークな一面もこの小説の中にはふんだんに隠されています。大人だからこそ楽しめる要素を含んだ上質なジュブナイル、ミステリーだと思います。

 そして今回、青い鳥文庫の小説版とコミカライズされた作品の2つをリンクとして貼っていますがこれには理由があります。コミカライズが巧み過ぎるのです。

 メディアミックスというのは難しく、名作なのに全然面白くない映画になったり、逆に原作はいまいちでもメディアミックスとしては大成功した作品など種々あると思います。そんな中、小説としても完成されていた本作の魅力を余すところなく漫画化しているのが武本糸会さんの漫画版ぼくと未来屋の夏です。原作小説にあった地の文そのままに物語の舞台を綺麗に画像化しています。


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鉄塔から望む町。

 元々はシンプルなイラストの小説だった本作が青い鳥文庫に移るに当たってコミカライズされた武本さんのイラストが使われるようになったのも登場人物たちや町の雰囲気をよく表現されているからだと思います。

 
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ミステリーランド版のぼくと未来屋の夏。このシンプルさも学校図書っぽくて好き。

 

 漫画からでも小説から読むのでもどちらからでもおすすめできます。大人が読んでも面白いジュブナイル小説、よければお子様と一緒に読んで感想を言い合ったりしても良いかもしれません。

 

 適当ぶっこいて夏のジュブナイル≒ロケットか死体か宝探しだ!と言ったは良いものの意外と続きが思いつかない。たとえば、文学枠として夏の庭や

夏の庭、死にそうな老人を観察しようぜ!っていう無邪気な少年達の夏。新潮文庫夏の100冊の永遠のレギュラー感。

 

ライトノベルとかだとイリヤの空UFOの夏

元祖セカイ系。UFOと女の子を巡る夏の思い出。

 

このあたりは大好きなんですが鉄板過ぎてどこでもおすすめされているので今更な気も。とか考えながらKindleの蔵書をスクロールしてたら目に止まった田島列島さんの子供はわかってあげない。そういえばこの作品めちゃくちゃ夏の話だった!

 

子供はわかってあげない(全2巻)

 

 水泳部期待の星サクタさんは、習字部の門司(もじ)君と出会ったことで、実の父親から誕生日に送られてきた御札が新興宗教のものであることを知ります。それをきっかけに探偵である門司君の兄に実の父親を探してもらおうと依頼します。


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依頼を決意するシーン。ゆるい。

 

 ところが新興宗教側からも門司君の兄に対して、活動資金を持ち逃げした男を探してほしいと依頼がなされます。その男こそサクタさんの実の父親なのでした。

 
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仕事でたまに発生する板挟み。

 

全体としてゆるい雰囲気ながらも妙にリアルなのでお父さんはすぐに見つかります。しかし本当に教団の資金を持ち逃げしたのか?一体何が起こっているのかは謎でその謎に迫る物語になります。

 
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依頼主を下請けにする斬新なパターン。

 

新興宗教と実の父親の謎を物語の軸に据えつつ、サクタさんが夏の間に成長していく姿を描いています。男子別れて3日刮目して〜などといいますが、男子だろうと女子だろうと大人だろうと老人だろうと、夏を過ごして成長する物語ってやはりいいものです。誰しも心の中に忘れられない夏の思い出を持っていたい(しかしそんなものは多分無いので創作で補完したい。)という欲がどこかにあるんじゃないでしょうか?私はあります。そうなると大事になってくるのが物語のリアリティです。ギリギリ自分の日常にも存在し得た思い出の夏がこの本、子供はわかってあげないにぎっしり詰まっています。是非手にとって見てください。夏の暑い日、クーラーの効いた部屋でシャワー浴びた後に読むのがおすすめです。

作家がこんなに体を張る必要ある?意外と考えさせられるギャグエッセイ〜菅野彰さん

 どんなジャンルでも初めて読んだ本は記憶に残るものです。それがちょっとレアなシチュエーションを描いた作品だと尚更記憶に残ります。初めての叙述トリック、ボーイ・ミーツ・ガール、セカイ系タイムリープもの、バトル物etc.そんな中、作者の日常生活を描いたエッセイは合う合わないが強い一方、一度感覚が噛み合うと本格的にはまってしまうジャンルではないかと思います。

 私が初めて本格的にハマったエッセイは菅野彰さんの「海馬が耳から駆けていく」です。

 

世の中に爆笑を謳うエッセイは多数あり、笑いのツボも人によって異なるため自分に合うエッセイを見つけられるのは非常に幸せなことです。

 私がこの海馬が耳から駆けていくと出会ったのは地元商店街の古本屋の文庫コーナーでした。(新品じゃなくて申し訳無い。その後は新作を書店で買いました。)元々、久世番子先生のエッセイ漫画、暴れん坊本屋さんの中でさらっとタイトルのみ登場していたのとその独特なタイトルから記憶の片隅に残っていたのでしょう。

 

暴れん坊本屋さん、お仕事エッセイ漫画のはしりのイメージ。気弱な営業マンが本屋に海馬が耳から駆けてゆくの文庫本を営業するシーンがある。

 

 あ、これどこかでタイトルを見かけたことあるな、あまり見かけない珍しいレーベルだしまとめて買って読もう、と思ったその日の帰宅途中の電車でどハマリし、全巻を読み通すことになりました。

 私はあまり客観的に分析ができないタイプの人間なのでこのエッセイのどこに惹かれているのか、魅力はどこにあるのか、十分に伝えられるのか不安ではありますが説明します。

 一番の魅力は作者の菅野彰さんに感情移入できる点です。普段生きていると何かしらのトラブルに巻き込まれることがあると思います。どんなトラブルも終わってしまえばある程度彼方に記憶は追いやられて行くことでしょう。しかし、本作ではよくそんなに詳細に思い出せるなというレベルで作者の体験の記憶が掘り起こされています。

 例を挙げるとマラソン大会が無いという理由で進学した高校での荒んだ青春時代(名前が違うだけでむしろフルマラソンの大会があった)。なんとはなしに旅行先で川に入ったら川から上がれなくなった遭難話。旅行に行った先が宗教施設のようなかなり神がかった村だった話などなど。まさに今体験しているのではないかと思わせるような筆致でみずみずしく綴られています。

 また長期連載であるため、歳を重ねて徐々に落ち着いた雰囲気にはなっていくのですが、それでも「40歳まで未婚だったら振り袖着てパーティー開いてやる」と言っていた友人の40歳の誕生日振り袖パーティーを開いたりと変わらぬ愉快な日常が続いていて飽きが来ません。こんなふうに歳を重ねたいようなそうでもないような不思議な塩梅が癖になります。

 

 更に、メインのエッセイ?である海馬が耳から駆けてゆく以外のエッセイはなぜかほぼ全て体を張った企画物です。

 有り体に言うと開店してるのかが謎な店を回るエッセイ。文庫版は追加ページが有る。

 

 可愛らしいイラストとともに生きていたお店(普通に営業していて美味しかったお店、巻末に連絡先有り)と死んでいたお店(めちゃくちゃ不味い、仮名)のレポートをするあなたの町の生きているか死んているかわからない店探訪しますや

 

 ある意味一番体を張っている生ビール?シリーズ。飲酒旅行記ではなくマラソン体験記。

晴れ時々、生ビール

晴れ時々、生ビール

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雨が降っても、生ビール

不健康を自覚し始めた作者が離島でフルマラソンに挑戦するまでが描かれている。

 タイトルにもある通り運動とともに常に飲酒描写がある。マラソン前日も飲んでた気がする。運動の前後に酒を飲んで走るつらさが伝わってくるリアルな描写。そんなリアリティは要らない。

 

29歳崖っぷち作家婚活への道と題した企画。一巻の早々で30歳となり、崖の下からお送りしますとの自虐を経て吹き矢、断食などなど様々な体験記になる。

 総じて本業は作家なのにエッセイのために体を張りすぎているのです。停滞したYou Tubeチャンネルのテコ入れかネタ系ブログの体験記かと見紛うばかりの体当たり企画を長年培った文章力で綴られたエッセイが面白くないわけがないのです。

 そんな菅野彰さんの作品で個人的に一番のおすすめがこちら。

 

作者の菅野彰さんが触れなば落ちん女を目指して担当編集とふたりで女磨きをしていく体験記、女に生まれてみたものの。

 このエッセイは主に2つのテーマに分かれています。一つは先にも挙げた女磨き。これは団鬼六先生に高級なクラブでアドバイスをいただく、海女体験、紙芝居屋、夜職向けの認可外保育施設の1日体験などなど、女磨きと関係するかはともかく中々その裏側を知ることのできない職に密着して取材、体験しており、ある意味貴重な体験記となっています。

 もう一つは話の随所で取り沙汰されている担当編集との確執。菅野彰さんは会津出身、担当編集は山口(長州出身)、それぞれ明治維新で新政府の中心となった藩と旧幕府側で最後まで戦い犠牲を出した藩の出身で、当初はネタ全開で「維新の恨みを晴らしてやる!」「うちらは基本的に、明治維新、やったね!としか思ってない。」などとやり取りをしていました。そんな中、ネタ半分で、菅野彰さんが寛容を学ぶ旅行(山口旅行)と会津旅行をすることになります。

 しかし、今は昔の明治維新といえど内乱であることには違いがありません。会津戦争は有名な白虎隊に始まり藩士以外にも多数の犠牲者を出しています。山口では、明治維新に関する史跡や資料等多数残っており、両県の歴史家の方々の話を通して、ご自分の考えがどう変わっていったか、歴史をどう捉えていくべきなのかが描かれています。ネタでしかなかった旅行がお二人と同様に、読者も考えさせられる旅行になります。急に真面目になる落差は凄いですが、その落差故に作者に感情移入してしまうのです。そしてお二人の体験を元に、あなたはどう思いますか?と読者にも考えさせるきっかけとなる本作品は紛れもなく良書であると思います。

 

その他のエッセイとして

東日本大震災前後の福島での日記、「居酒屋に半カレー」

 基本的にどの著作からも福島県、東北に対する郷土愛を強く感じるのですが、気負いすぎず現地で被災時にどう感じていたのかを書き留められた本作は災害について考えさせられる作品です。

 そのうえで、ある程度復興が進んだ後連載された「おうちご飯は適宜でおいしい」

この作品は東北の美味しい素材が月イチでおすすめの料理法とともに届くサブスクリプションサービスを利用しつつ東北各県の美味しいものを食べ、お酒を飲み、美味しさを語るというエッセイです。震災の後、街の復興が進んでも中々回復がしなかったのは福島を中心とした風評被害です。科学的根拠のない批判は見るに堪えないものでしたが、反論するのではなく、こんなに美味しいものがあるんだよと気負わず紹介される本作は東北の魅力を再発見できる素敵な本だと思います。あと酒がめちゃくちゃ飲みたくなる。昔から飲兵衛の書くエッセイは信用できると相場が決まっています。

 小説はBL作家が本業?なので基本的にはBLが多いのですが、自死遺族問題について扱った「僕は穴の空いた服を着て。」

 我が家での愛称は襤褸(らんる)

 

菅野彰さんは三浦哲郎さんの「忍ぶ川」についてエッセイの中で度々言及されています。三浦哲郎さんといえば本人を支援していた兄を始め家族の複数が行方不明や自死を選んでいる作家で、「忍ぶ川」はその自伝的な側面もあります。死を選ぶということは本人に取っての悲劇ではあるのですが、それ以上に残された家族にも負担を強いることになります。救えなかったのか、自分のせいではないのかと自責の念に苛まれることもあるでしょう。そんな自死遺族にフォーカスした今作。おそらくメインに描きたかったのはご家族の死はあなたのせいではないと誰かに届けるためである気がします。誰しも辛いときがあると思いますがそんなときに是非読んでいただきたい作品です。

 

またその他コメディ要素のある時代小説など小説の著作が多数あります。

モダン・タイムスシリーズ。江戸時代、暑い日の物売りの売る白玉入りの砂糖水(冷っこい)の描写が美味そう。

 

 レーベルの関係上電子化していない作品もあるのですが、絶版となってはいないので、最近笑える話を読んでないなと思われる方は是非お手にとってみてはどうでしょうか。

 

あの頃の女子って何考えてたんだろう?〜豊島ミホさん

 私は田舎の観光地で生まれ、小学生の頃はとりあえず鉄馬(竹馬の鉄バージョン)に乗っていれば満足で、落ちてる枝を彫刻刀で削って槍を作ったりと蛮族の様な生活をしていました。中学に上がると仲の良い男友達とつるみ延々とマンガ、小説を読みプレステ2三國無双をする毎日でした。おかげで高校に上がる頃にはクラスの2/3が女子であったのに女子とどう接すればいいのかわからず、おそらく同性との自然なやり取りと比較してかなり不自然な対応をしていたことと思います。恋愛小説や恋愛マンガは好んでいましたが、そこは物語、デフォルメされた女性像はクラスにいる女子たちと乖離が著しく、異性はよくわからんと思いつつ高校生活を送りました。結局3年間、まぁ勉強に部活に忙しいからいいやと問題を棚上げにし続けました。大学に進学したあとは、高校とは逆にほぼ9割が男の工学部に身を置き、気楽な生活を送っていました。そんなとき、なんとはなしに手に取ったのが豊島ミホさんの本でした。

豊島ミホ、底辺女子高生

 この底辺女子校生は秋田の進学校で寮生活をし、早稲田大学に進学して小説家となった豊島ミホさんの高校時代を描いたエッセイです。この本の中で作者の豊島さんは一人称が「オラ」なのは女子としてどうなのかと悩んだり、なんとなく2年生のクラスで自分が底辺に感じて東北から大阪まで家出したり(そして結局両親に捕まったり)、電車の中で話す先輩高校生ふたりのちょっと面白い会話に耳を澄ませたりしています。これが一般的な女子なのかは横に置いておいて、あぁ女子も大して男子と変わらないんだなと強く感じました。また、ちょっと変わったエピソードに加えて豊島さんご自身で描かれたイラストが挿絵として多数収録されています。もちろん豊島さんは小説家としてデビューされた方でプロのイラストレーターではないのですが、「こういうイラスト、クラスの女子が手紙に描いて回してたわー」となるような雰囲気のイラストがこのエッセイに彩りを与えています。もしかしたらこの本は私がイケてない高校生活を送っていたからこそ感情移入してしまうのかもしれません。イケてなかった方にオススメですし、イケてた方もイケてない下々の人々が何を考えていたのか知れて面白いかもしれません。

 エッセイ以外だとどんな小説があるかと言いますと、少し長いですがリテイク・シックスティーンは高校生の内心描写が卓越していて素敵です。

 この本は、高校のクラスの中に一人、精神のみタイムリープしたと言い張る女子がいて、当然のように痛い子が居る…という扱いを受けます。しかし嘘にしてはややディティールが細かく、そういう設定で高校デビューしたかったのか?それとも他に目的でもあるのだろうか?と中々に気になる展開の高校生活の話です。

 個人的に良いなと思った点は、この本を読むと、こういう変なことを言う、する人間が中学高校だとクラスに1人くらい居た気がして昔に想いを馳せてしまう点です。仮に居なかったとしても、変なやつが居たifとしての高校時代が巧く描写されていて、ある意味変なやつの居る教室を疑似体験できると思います。また逆に、成人した今の記憶を持ったまま高校に戻ったら何をしたいか?という良くあるような妄想としてタイムリープしたと言い張るちょっと変な奴に着目して読んでみても面白いです。

 豊島ミホさんは先に述べたように、少女から大学生くらいの女性の内心描写が非常にリアルに感じられる作家だと思います。そんな豊島ミホさんの小説の中で特に好きな本がこの日傘のお兄さんです。

 この本は表題の日傘のお兄さんを含む短編集です。この表題作は昔遊んでくれていた日傘を差していたお兄さんが平たく言うとロリコンで、ネットに書き込みされていたり危険人物として話題になっており、それを知った主人公の女の子がお兄さんと再会して…というお話です。軽くお兄さんとの逃避行めいたお話となります。

 お兄さんと主人公に感情移入しながら読むと息苦しい生活の中でのほんの少しの美しい時間のように感じられます。特に主人公の内面が細かく描写されているのでそういう風に感じながら読むことでしょう。しかし現実には中学3年生の女の子を連れ回す危険人物として逮捕されてもおかしくないような状況です。子供の頃正しいと信じて疑わなかったことが歳を経ると正しく無かったのだと気づいた経験はいままでありませんでしたか? 

 私が中学生の頃にこの本を読んだ時は、お兄さんとのやり取りやロリコンの描写が可笑しく描かれていた点と、結ばれない恋愛のような面にばかり惹かれていました。しかし、大人になったと実感した今読み返すと全く別の面が見えてきます。そういったいつ読むか、どういう目線で読むかという楽しみ方のできるのは稀有な本だと思います。

 創作物であるので殺人鬼の内面を描こうが、詐欺師を描こうが全く構わないのですが、未成年を巡る犯罪めいた行為に一切意識がいかず、主人公達に感情移入して読んでしまうというのも筆力の為せる業ではないでしょうか。

 ただし、作者の豊島ミホさんが読者への影響等を考慮し現在電子書籍ストアでの取り扱いは無いため興味を持たれた方は紙での購入をご検討下さい。

 他にも様々な大学生の日常を描いた短編集である神田川デイズや、

 神田川デイズ、童貞3人のゲリラ漫才が好き。

 オリコンチャートのミュージシャンの悲喜こもごもを描いたカウントダウンノベルズなど全体的に若年層を描いた作品が多いです。

カウントダウンノベルズ、アイドルから中堅のバンドまでオリコンに関する想いを描いた作品

 高校生のとき何を考えていたかなんてとうに忘れてしまった方も、是非豊島ミホさんの本を読んでなんとなく昔に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

民俗学と酒とカレーと美術品〜北森鴻さん

 田舎が好きです。私が田舎出身であるということもありますが、廃墟やひなびた温泉街の昭和から変わらない町並みみたいなやつが大好きです。田舎に行くとちょっとタイムスリップしたみたいで楽しくなりませんか?令和なのに昭和の風景を見られるというだけでちょっとお得感があります。令和になって昭和は二世代跨いでるみたいなイメージとなりましたね、平成じゃこうはいきません。令和バンザイですね。

 現代の田舎で、排他的な村(島)で謎の儀式やってたり、よくわからない地蔵飾られてたり、変なわらべうたあったりとかそういうのってもうどこにも無いじゃないですか?どこもネット繋がってるし、どんな田舎にでもパチンコやコンビニはあるし。でもこういうあるあるが考えられるくらいには共通認識でヤバい田舎像って固まってるの面白いですよね。だからこそそういうのをパロディにしたドラマ「トリック」とか楽しめるわけで。

 

こんな田舎ねぇよ!の代名詞、トリック。田舎描写と謎の宗教描写がたのしい。

 

 現実には無い、田舎の在りし日の姿をちょっと垣間見れるのって言い伝えだったり、土地のちょっとしたほこらや行事だったりするじゃないですか?昨年、祖母に息子の夜泣きについて相談したとき「逆さに描いた鳥の絵を台所に飾れ」って言われたとき育児のコツとかじゃなくてまじない出てきたよとちょっと嬉しくなりました。

 そんな地方のシュールな一面ではなく、皆さんのイメージするヤバい田舎っぽいのを対象とした民俗学の一端を垣間見れる素敵な作家といえば、北森鴻先生です。

 北森鴻先生の代表作といえば蓮丈那智フィールドファイルシリーズ。異端の民俗学者蓮丈那智(美人)とその講座の助手内藤三國が様々な村でフィールドワークを行いつつついでに殺人事件を解決するという、2時間ドラマにぴったりな雰囲気の短編集です。

歴史+ミステリーと比べて意外と無い民俗学+ミステリー。

 

民俗学なので、ここの村にはこういう伝承が、とかこんな儀式が、みたいなのを調査して行くわけですが、その解釈は実在の資料に基づいていたりします。もちろん架空の県の架空の儀式です。このシリーズの白眉としてはミステリーなので様々な言い伝えなんかを再解釈したあと結論付ける点です。

 実際の言い伝えなんかは謎なままの物も多いわけです。そこには解決編が無いのでどうしてもスッキリしない。

(うちの地元にあった瓜生島伝説、いまいち定まってないからもやもやが残る。)

 

 つまり気軽に村の因習の雰囲気を味わえてスッキリできるわけです!ついでにおまけのように、そんなに美人なキャラにする必要ある?というくらい美人な設定の助教授とドキドキする展開(犯人に襲撃されたり)も挟んで飽きずに読めるのです。ありそうだけど無いものをリアルに描く作品って素敵ですよね。北森鴻さんの作品の面白いところはそれに尽きると思います。

 

 他にも、旗師宇佐見陶子が美術品や骨董品を巡るトラブルに巻き込まれつつ真実を明らかにしたり、自分を嵌めた相手に復讐をしたりする旗師冬狐堂シリーズ。

 

 

 

 美味しそうな料理とその料理の間に起こる様々な事件の謎を解き明かす連作短編、メインディッシュ

ワンコインで作られるめちゃくちゃ旨いカレーの謎や、とあるお大尽の家での出張演劇公演での謎、駅に近いほど弁当が保存食寄りになり美味しくなくなる説など料理を題材にしたミステリー。総じて謎の居候ミケさんの料理が旨そう。

 

 ビアバー主人工藤の安楽椅子探偵ぶりが冴えわたる香菜里屋シリーズ。正直ミステリーとしての完成度もさることながら、「今日はちょっと変わった食べ方を〜」と提供される料理、酒がすべて美味しそう。

 

 ちょっとアンダーグラウンドな主人公と京都の謎に迫る裏京都ミステリーシリーズ。

 

 

 デパートの屋上にある安いのにほかじゃ食べられないような美味しいうどんを出す店主とそれを見守る物達の連作ミステリー、屋上物語。

 

 安くて美味そうなうどんの描写がいい。

 

 歴史物もハードな物から

 

 コメディタッチのものまで、

 

 多数の著作がありよりどりみどりです。

 

 1冊完結が多くて手に取りやすいという点と、個性的で漫画やドラマになっても向いてそうなキャラクターが多数おり、気軽に楽しめるかと思います。惜しむらくは、作者の北森鴻さんが10年ほど前に夭逝され、様々なシリーズの続きが読めないことでしょうか。

 紹介した中で私のおすすめは、メインディッシュです。ミステリーとコメディと料理のバランスが絶妙で、内容も相まってなんとなく出張での移動中に良く読んでしまいます。

 今回の紹介はこのあたりで失礼します。

SFってどんなの?肋骨凹介さんの宙に参る

 私はSFが好きです。SFというとなんとなくとっつきづらそうな気もしてきますが、作家達が想像力の限界を突破して産み出した「未来の話、未来の技術」「将来、こんなことが起こったら面白いよね」という内容が面白くないわけないじゃないですか。良く藤子・F・不二雄はSFを「少し不思議」と訳したとかいいますが、誰しもドラえもんの道具があったら何をするか友人と妄想を語り合った時代があったかと思います。その延長線上に大人が真剣に考える未来があるというのがSF一番の魅力ではないでしょうか?

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バーナード嬢曰く。(1)より

分かんなくても面白ければいいんだよ。

 

 しかし、SFは舞台設定の性質上どうしても物騒な展開に転がりがちです。ドンパチは好きだけどドンパチ以外も見たい、セワシくんが普段どんな生活をしてるとかそういうのがみたい!そう思っていた私の目にとまって一瞬でここ5年間くらいの私的ベストシリーズになったのが、肋骨凹介先生の宙に参るです。

 

 あらすじとしては、宇宙旅行がセスナ機と同じくらい身近になった時代に夫を亡くした鵯ソラが息子(AI)とともに義母の元へ遺骨を届けに行くというお話です。

 AIとの戦争で荒廃してとか、限りある資源を奪い合い争いを…みたいな未来ではなく、技術は進歩していながらも人の営みはそんなに劇的に変わったりはしていないそんな未来の日常の話です。

 夫を亡くしたソラさんはリモート葬儀を開き、市役所でもろもろの手続きを息子と済ませて旅行用の宇宙船に乗り込み地球へと向います。その旅を通して未来の生活がどうなっているのか垣間見えることになります。

 技術の進歩がもたらすのは生活の快適さだと思います。どうせなら、「あんなこといいな、できたらいいな♪」が全部できていた方が嬉しくないですか?この本では、そんなあんなこといいながふんだんに描かれています。

たとえば将棋を解くためのスーパーコンピュータを搭載した衛星
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気さくな衛星


ロボットが店主を務める宇宙を股にかけたおでん屋チェーン店
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通うと会員ランクに応じた裏メニューとか食べられる。

 

死してなお曲をリリースする伝説のロックバンド
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ちょいちょい気になる感じの未来の資格

 

個人の味覚に対して最適化した料理を提供する高級レストラン等など
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AIが3Dプリンターで出力した高級謎料理


掘り下げるだけで本が一冊できそうな設定の数々。それが1話、時には数ページで描かれる贅沢さがたまらない。これって実はこういうこと?と思う瞬間が多数あって何度も何度も繰り返し読んでしまいます。


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非破壊検査が元ネタなのかな?


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AIが作る新作落語めっちゃ聴きたい。

 

 また、そういったワクワクする細かいネタ以外に、物語を通して描かれているのがAIと人間の関わりです。この漫画ではリンジンと呼ばれているAIがあります。その名の通り、召使いではなく互いに支え合うような関係性となっています。主人公、鵯ソラの息子、宙二郎もこのリンジンです。
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父親似らしい、かわいい。

 

・リンジンは周りの人間の幸福度が高くなるように行動する。 

・リンジンは、記憶が増えていくと行動する際の判断が遅くなり、この判断時間がある一定を超えると判断摩擦限界として死を迎える。

などといった特性があります。現代でも機械は忘れることができない(記録の重要度の軽重の判断が難しい)とされていますが、人間と深く関わるようになった未来ではより顕著にその特性が現れているのでしょうか?


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リンジンの死、記憶の一部は受け継がれるが人格は変わる。

 

過去であれ、未来であれ生活に違いはあれど人の思いはそう変わるものではないと思います。様々な楽しみがあり、出会いがあり別れがある。AIの発達に伴い、AIが道具から我々のリンジンとなった未来。その設定や描き方が秀逸な漫画です。

 といってもノリは軽く、さらっと読めるのと既刊も2巻でリーズナブルなお値段です。

 現在はトーチWEBで連載中で1話からの数話と最新話付近の複数の話を読むことができます。

http://to-ti.in/product/sora_ni

 興味が出たら是非手に取っていただきたいです。

また、作者であります肋骨凹介さんは元々WEBでも多数の漫画を描いてアップしていました。

https://togetter.com/li/746063

知らないタイプの人、1枚完結

http://hekosuke.blog.shinobi.jp/%E6%BC%AB%E7%94%BB%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8/%E6%8F%8F%E3%81%84%E3%81%9F%E6%BC%AB%E7%94%BB%E7%AD%89

その他多数の漫画

宙に参るを買う前に雰囲気が掴めるかもしれません。全体的に脱力系な雰囲気が好きです。

 

苦労人による苦労人のライトノベル〜浅田次郎

 最近のライトノベルといえば異世界転生、ゲームのキャラクターに生まれ変わった、他の創作物からやってきた舞台装置をそっくりそのまま持ち込んだものが流行っているようです。優秀な人や努力している人でも実力の発揮できない理不尽な環境を時に強制的に去り、大活躍する。いわゆるなろう系ですね。

 「なろう」はもちろん大手小説投稿サイト小説家になろうから来たワードですが、私にはあのなろう系小説が「あなたも主人公になろう」と言っているように聞こえて仕方ない。

 報われていない、侮られている、努力が認められていないキャラクター達が能力や成果が正当に評価される世界で活躍する話は自分にもこんな風に今と違う場所でよく評価されて楽しくやっていけないものだろうかと憧れますよね。

 そんな感じに自分では頑張ってると思いながらもどこかうまくいかない現状をはねのけて活躍するキャラクターに自己を投影してしまうのが楽しいのかな?などと思っているのですがどうでしょう。

 しかし、中年まっさかりの私にはファンタジー世界やゲーム世界で繰り広げられるジャンキーな若者文化なろう系がバーガーキングハンバーガーがごとく胃に重くのしかかるものです。バーガーキング大好きなんで重くても食っちゃうんですが。

 そういう意味で胃に優しくサラッと楽しめる社会人にとってのかけそばといえば課長島耕作あたりがあります。私生(性)活に家庭に出世とサラリーマンかくあるべしでいきたいものです。あとはドラマで盛大に「倍返しだ!」ってやってた池井戸潤さんの小説も「いつか俺も倍返ししてやりてぇなぁ」としみじみしますね。消化のし易さは違えどもあれもあれでリーマンにとってのなろう系感がありますね。

 しかしどうでしょう。島耕作にバブル入行組だのは身の程を知り始めた我々にはあれはあれでチートと同じくらい身近ではない。なかなかあそこまで活躍できないですからね人生。自己を投影するより観客として眺めていたい。

 前置きが長くなりましたがそういう我々は何を読めばいいのか、苦労人がそれなりに報われる話を観客として楽しみたい。そんなときこそ浅田次郎です。

 浅田次郎というのはどういう作家かと言いますと自伝なりエッセイなりを読むと元自衛官でその後はアパレル業界等様々な(時にはややダーティな)職を転々としていたようです。そんな浅田次郎の代表作といえば高倉健主演の映画にもなった鉄道員(ぽっぽや)でしょうか。

 

 

 

 なんとなく純文学の雰囲気が漂うようで手に取りづらいと思いそうな表紙ですが、そんなことはありません。鉄道員にしても基本的には登場人物目線、語りを聴いているような文体でありさらっと頭に入ってくる。この語り調と舞台装置について簡易な説明をしてくれる地の文が特徴の作家なのです。

 例えばややこしい物理現象の教科書を読むというのは興味を持っていても専門用語が多く中々苦痛です。しかしどうでしょう、専門家が誰にでもわかりやすく講義してくれるというのであれば一転楽しく聴けるのではないでしょうか?

 そういう意味で浅田次郎が専門として描く物語は「苦労」の物語です。

 例えば、組織に使い潰されたノンキャリ官僚と冷や飯食いだった自衛官が退職後に天下り先で活躍する話。

 

 

 

 江戸時代、参勤交代を司る供頭(ともがしら)の役目を何一つ申し送られないまま父を亡くした若い優秀な侍が何とか参勤交代を成功させようと頑張る話。

 

 

 清朝末期、父を早くに亡くし、肥料集めである糞拾いで生計を立てる春雲(チュンル)が家族を食わせるために宦官としてのし上がろうとする話。

 

 

 剣技が免許皆伝でも、藩校の教授方を勤めるほど学問に精通していても、時間がなくなるばかりで禄が増えるわけでもない。そんな侍、吉村貫一郎新選組に入り、銭に汚い男として蔑まれながらも郷土に残した家族のために懸命に生きる姿を描いた話。

 

 すべての著作で全力を尽くして生きる人々の苦労を瑞々しく描いています。「苦労」の解像度がほかの作家と段違いなんです。多分浅田先生御本人はかなり苦労をされていて、かつ苦労をされた方を多く見てきたのではないでしょうか?浅田先生のエッセイを紐解くと笑える話とともに、御本人の苦労話も垣間見えます。作品を通して語られるテーマの中で「辛くても苦労してもそれを他人に見せびらかしてはならない」というものが感じられますが根底は浅田先生御本人の体験や見聞きした人々に依るのではないかと思います。

 そんな苦労人が書いた人生に対する解像度の高い小説は、落ち込んで疲れたとき、何かがうまくいかないとき、読むと「こいつらはすごく頑張っている。自分はまだ苦労というものを知らないのではないか。頑張れ!自分も頑張らないと!」そう思わせ、元気付けてくれるのです。

 浅田作品の魅力はそれだけではありません。苦労だけを描いてそれを読ませるなんて言うのは人生の辛いところだけ追体験するようなものです。人生は浮き沈みがある、小説ではどうでしょうか?おしんよろしく苦労パートだけではなくもっと楽しい要素も人生には詰まっているはずです。そう、実は浅田次郎の作品は人々の苦労を描きつつコメディ要素がかなり強い。

 ハッピーリタイアメントでは、貧乏ぐらしからマダムたちのオピニオンリーダーに上り詰めた婦人や1日数リットルの天然水を飲んでから起床するステーキ屋の経営者など一癖も二癖もある社長達からかつての債権をなんとかして回収しようとするコメディタッチで話が進んでいきます。

 一路は役者の出待ちをして譴責されたお殿様や、馬を売れない代わりに力士のように精悍なおつむの足らない馬喰、目立ちたがりの武骨者、殿様の叔父でお家転覆を図る後見人など、様々な人物を引き連れて、川は増水するわ、かつての老中の行列に出くわして道を譲れ譲らぬのと悶着を起こすわ、文字通り山あり谷ありの参勤道中。

 他にもヤクザが経営するホテルでのドタバタ劇を描いたプリズンホテル。

 

 一人クーデターを起こした自衛官、時代遅れの鉄砲玉ヤクザ、末は大臣と呼ばれた大蔵省の汚職(冤罪)役人が手に手を取り合って世直しをするきんぴか。

 

 

 などなど読み進めながらも思わず笑ってしまう展開の多さも浅田作品の魅力です。しかも笑わせるだけではなく、コメディであっても泣かせるシーンが必ずと言っていいほど入ります。感情をシェイカーの様に激しく揺さぶる作家と言えるでしょう。

 最後に、浅田次郎の文体はキャラクターがそれぞれの内心や独白、他人の語りを聴く、といった文章が多く存在します。この文体と相性のいい作品とはなんでしょうか?

 

 

 

 

 芥川龍之介が書いた「藪の中」は平安時代の強盗事件の犯人、被害者、目撃者等がそれぞれ事件について述べるも誰しもが自分の都合のいいように語り、全員の意見が食い違っているという作品です。真相は藪の中、とちょっとした、慣用句にもなっています。映画では、俗に羅生門と呼ばれるタイプのストーリー(黒田明の羅生門は藪の中をモチーフにしているため。映画は素人であり伝聞ですが。)

 壬生義士伝は様々な人物から見た吉村貫一郎像を語った作品であり、銭に汚い吉村貫一郎がなぜ敗戦の後、藩邸で切腹することになったのか、周りの人々の証言と吉村貫一郎の独白で徐々に明らかになっていきます。

 珍妃の井戸はまさに藪の中へのオマージュとも言える作品で、清朝末期の宮廷で誰が皇帝の妃、珍妃を殺したのか容疑者たちへの聴き取りを行うというストーリーです。

 

 

 

 長く高い壁は日中戦争当時、長城で毒死した1個分隊がいかにして死んだのか。これまた容疑者たちへの聴き取りから真相へと至る物語です。歴史物はなんとなく苦手感があり、読む際には事前に大まかな流れをウィキペディア等で抑えてから読むということを良くやっているのですが、浅田先生の作品はたとえ話を多く含むことで実際の歴史を噛み砕いて説明してくれるので、事前知識無しに思いの外すんなりと頭に入ってきてくれるのも嬉しいです。

 

 珍妃の井戸も長く高い壁も、ひとりひとりの証言はその都度もっともらしく聞こえ、では誰が怪しいかその渦中の人物を尋問するとまた別のやつが怪しく見えてきて、一体真相は?とページを捲る手が止まりません。

 私の文章では浅田次郎の魅力を全くもって表現できていませんが、疲れた時、落ち込んだとき。浅田次郎の本を読んでみるのはどうでしょう?最後の気力が湧いてくる。そんな素敵な作家です。